3話目
次の日、昼食時にわざわざ先輩が僕の元にやって来た。あれこれと僕を質問責めにして、楽しそうに笑う。
先輩と彼らの付き合いは長いと言っていた。月夜の舞を偶然に見かけた事はあるが、招かれた事は無いそうだ。
綺麗だったろう、と先輩が自慢気に言うから、思わず僕は吹き出してしまった。
その日から時々、彼らは僕の前に現れるようになった。大抵はどちらか一人が現れる。二人揃うことは滅多にない。
それが僕の日常になって、彼らとよく話すようになった。彼らは自分の事はあまり話さないが、この施設の事には詳しくて、いろいろと仕事のことも教えてくれた。
やがて春になって、僕にも後輩ができた。
その頃は、僕が忙しくしていたので、きっと気を使ってくれたのだろう。彼らが僕の前に現れる回数が減っていた。
新人研修も終わって一息つけるようになった頃のことだ。
夜勤の休憩で、食堂に夜食を食べに行った時、白い着物の彼が僕の前に現れた。ちょうど人の居なくなった瞬間に、僕の目の前に座っていたのだ。
「やあ、こんばんわ」
「……」
「あ、驚かせた? ゴメン」
いきなりの事で言葉を失った僕に、彼はほわんと笑う。
「…お久しぶりです」
かろうじて応えると、久しぶりだね、と返ってくる。
「今日は、クロさんは?」
「寝てる。当分、起きないと思うよ。あ、気にしないで食事続けてね」
はあ、と相槌を打ったが、食べるところをまじまじと見られると、何だか恥ずかしい。
それに気付いて、彼は苦笑を浮かべる。
「ゴメン、俺ね、人が美味しそうに食事してるの、見るの好きなんだ」
昔からの癖で、と頭を掻いた。
「…食べます? 美味しいですよ」
僕がフォークでチキンのトマト煮を差し出すと、彼はキョトンと瞬きをして。
可笑しそうに大笑いした。
「あはは、クロさんの言う通りだ、君、面白い」
一頻り笑って、彼は、遠慮しとく、と答えた。
「君って不思議だね。他の人はこんな反応しないよ」
「…どんな反応ですか」
「んー、もうちょっと、こう、何て言うかなぁ…」
彼は、いい言葉が見つからなくて言いあぐねる。
僕は少し不機嫌な表情を作って言った。
「僕にしてみれば、二人の方が不思議ですよ。急に現れたと思うと急に消えるし、幽霊かと思ったけど、実体あるし。だいたい、あの影、何なんですか?」
今まで聞けなかった疑問を一気にぶつけると、彼は目を点にして僕を見た。それこそ、そんな事を質問されるとは思ってなかった、という顔だ。
数秒、彼は黙って、小首を傾げる。
「…言える事と、言えない事が有る…かな? まぁいいや。教えてあげる」
彼はテーブルに頬杖を付く。
「あの影はね、ここの地下に棲んでるモノだよ」
「…地下階?」
「もっと下。あれは悪いモノじゃないよ。普段は大人しく眠ってるけど、時々寝ぼけて起き出して、上に出てくるんだ。ただね、起き出す時は不機嫌だから、騒ぎを起こす」
「あの満月の夜みたいに?」
思い当たって僕が聞くと、彼は頷いた。
「あれくらい一気に起き出して騒ぐのは珍しいけどね。で、地下から上まで出てくるのにタイムラグがあるから、待ってる間に、君らに話し相手になってもらうんだ」
暇つぶしの相手ですか、と僕がぼやくと、そうなるね、と苦笑いが返ってくる。
「俺らは、起き出してきたアレを騒がないように宥めて、地下に連れて帰るのがお仕事。子守と一緒だよ」
なるほど、と納得した。
「それで、2人は何者?」
そう尋ねると、彼は目をまん丸にして僕を見た。そして、そろりと視線を逸らして、複雑な表情をする。
「…もしかして、聞いちゃいけない事…?」
「…んー、そうじゃないけど…」
彼は少し言い淀んで、
「俺らね、幽霊じゃないのは確かだね。でも、生きてるとも言えないし、死んでる訳でもない」
ちょっと微妙なんだ、と苦笑いする。
それ以上は聞かない方がいいと思って、僕は、そっか、と答えて話を終わらせた。彼は僕の意図に気付いて、ほわりと笑う。
「…さ、そろそろ行かなきゃね」
彼はそう言って席を立つと、食堂の中央の、少し開けた場所に佇んだ。
ゆらり、と影が現れる。
彼は舞いながら、じゃれつく影を素足で払う。
影が消え、裾が地面についたと同時に、彼の姿が忽然と消えた。
ありがとうございました。
このお話の主人公、微妙に思考がズレてます。本人、無自覚です。
「いやいや、驚くところはそこじゃないだろ…」
と、普段からよく先輩にツッコミ入れられてます。