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無冠の皇子と煉獄の龍姫  作者: 樟 秀人
第1章【東の軍国サラディア戦】
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第3話《第一皇子》

翌朝、セトは朝から裏庭で一人剣を振るっていた。これはセトの日課の一つだった。木の枝に掛けてあるタオルで汗を拭う。

「ふぅ〜。やっぱり朝から流す汗は気持ち良いな〜!」

 そう言って身体を目一杯伸ばした。するとそこへ、眠そうに目を擦りながらパジャマ姿のフィリアがやって来た。

「あ、おはようフィリア!」

「ん〜、お主は朝から元気じゃの〜。妾は眠くてたまらん」

「えへへ。これは日課だからね。こうしないと兄上や隊長達に追いつけないから。フィリアも一緒にどうだい?」

「……妾は龍姫じゃ。剣など振るわん」

 フィリアはそう言って近くの芝生に腰を下ろし、セトの訓練を見守る。




 剣を振るい続けること一時間。ようやくセトは訓練を終えた。

「これを毎日やって飽きないものなのか?」

「……飽きるとかじゃ無いんだ。僕はこうしていなければ、いつまで経っても弱いままだから……」

 タオルで汗を拭い、フィリアへそう答えた。

 すると、宮殿の中からクスクスと複数の笑い声が聞こえた。

「またやってるよ【無冠の皇子】」

「どんなに練習したって、これっぽっちも上手くなりゃしねえのにな」

 陰口まで聞こえている。フィリアはセトが馬鹿にされたことを瞬時に悟り、文句の一つでも言ってやろうとした。

 しかし、

「良いんだフィリア。皆も僕を笑うのは当然なんだ。僕は剣術が皆よりも下手だから。

 ……だから怒らないでやってくれ」

「お主は悔しく無いのか!? 片や皇子であるお主がただの兵士ごときに馬鹿にされておるのだぞ!?

 ……お主を馬鹿にされて、妾は黙ってはおれぬ!」

 そう言ってフィリアは宮殿内の兵士の元に行こうとしたが、セトはフィリアの腕を掴み止めた。俯き、肩を震わせてセトは涙を零す。

「悔しいさ……。だけど僕は戦にも出たことの無い、言わば王家の恥晒しなんだ!皆が僕を馬鹿にするのも無理は無いんだよ……」

 フィリアはこの時どうして良いか、何と言葉を掛ければ良いか分からず、ただただ憂んでいた……




「ダリア皇子、ただいま帰国ー!!」

『ダリア皇子ー!!』

 正午になると、多くの軍勢を率いシュヴァリア王国第一皇子ダリア・シュヴァリアが帰国した。

 白馬に乗り、鋼鉄の鎧と太刀を身に付けて優雅に町を通ると、忽ち国民はダリアの帰国に歓喜の声を上げる。

「いやー、こうして国民に温かく迎い入れられるとやっぱり気持ちが良いものだな」

 そう言ってダリアは国民に笑顔で手を振る。無理やりにでも笑っていなければ耐えられなかった。此度の戦は惨敗を喫したのだから……




 ダリアが宮殿に戻ると、直ぐ様エルマスが自ら出迎えた。ダリアはエルマスの前に跪く。

「ただいま戻りました父上」

「おおー! 待っていたぞダリア! 今日はお前の好きな羊の肉をたんまりと用意してあるからな!」

「ありがとうございます。それで戦果なのですが……」

「良い良い! その話は後ほど聞かせてもらうからな! 長旅で疲れているであろう! 浴場で休息を取ると良いぞ!」




 ダリアが大浴場にゆっくりと浸かると、そこにセトも笑顔で入って来た。

「おおセト! 元気だったか?」

「お陰様で兄上! 兄上もお元気そうで何よりです!」

 セトはダリアのことを慕っている。対するダリアも可愛い弟だと思っている。

「元気そう……か」

 何やら俯き、見た目とは裏腹に元気の無いダリア。常に明るく、華麗な剣捌きを誇るダリアではない。

「どうしたのですか? 兄上?」

「……俺は三万の大軍を率いて北東の軍国サラディアに向かった。相手は軍国で簡単に勝利することは容易じゃない。そんなことは俺も、もちろん父上だって分かっていた。だから三万もの大軍を引き連れたんだ。

 しかしな、それに対しサラディアの兵は……僅か五千だった……」

「た、たった五千で兄上に勝ったのですか!? サラディアは一体どんな手を使ったというのですか!?」

 ダリアはシュヴァリア王国の中ではもちろん、テトラス大陸の数ある国々の中でも五本の指に数えられる将軍であり、その者達は【頂の五将】と呼ばれていた。それ程の男が、三万対五千という圧倒的有利な状況で敗北を喫したのだ。セトが驚くのは無理もない。

「俺も油断はしていなかったが、まさか敗北し、撤退するとは思っていなかったよ。……しかし俺は負けた。奴らがいなければ勝てたのに!」

 ダリアは苦い敗北を思い出し、珍しく浴場のお湯を叩くという苛立ちを見せた。それにビクリとなるセトだったが、今はそれ以上にどうしても気になることがあった。

「兄上。その……【奴ら】というのは?」

「噂でしか耳にしたことがなかったが、俺はその真実を見た。美しく水色に輝き、自在に水を操る超人、いや超獣とでも言うべきか。俺の言う【奴ら】とは……龍姫のことだ」

 (りゅ、龍姫だって!?)

 思わず声に出そうになったが我慢した。フィリアが龍姫であることは、例え親愛なる兄ダリアにでさえも話すわけにはいかない。況して、今ダリアは龍姫によって敗北したことに苛立っている。フィリアが龍姫だと知れば何をするか分からない。

「……すまない。こんな話をお前にするつもりは無かったんだけどな。……さあ、今日は父上が羊の肉をたんまり用意してくれているらしい! 大広間に向かうぞ!」

「あ、はい!」

 とにかくダリアの明るい返事が聞けた。今はそれだけでセトは十分だった。




 赤い絨毯が広々と広がり、豪華なシャンデリアが数多く天井から下げられ、中央には白く大きなテーブルが置かれた大広間。数多くの使用人がその席に座る王国の権力者達の前に両荷を並べていく。

 その席にはシュヴァリア一族だけでなく、王国きっての商人や貴族の者達も座っている。

「本日はこのような席にお招き戴き、誠に光栄でございます国王様!」

「ダリア皇子の大好物の羊の肉。やはり美味そうにございますなぁ!」

 貴族達は揃いも揃ってエルマスに媚びを売っていく。その場にいる誰もが苦笑いでその様子を見ていた。

 エルマスはご機嫌そうに笑みを浮かべ、赤ワインの入ったグラスを手にし、持ち上げる。

「良い良い。……さあ、今日は我が息子ダリアの帰国を祝って宴を行う! 皆も遠慮なく食べて飲んで歌ってくれ! 乾杯!」

『乾杯!』

 皆がグラスのワインを飲んでいく。それに続く様にセトもブドウのジュースを飲んだ。

 すると、エルマスの傍らにいるゲドがいやらしい笑みを浮かべ、口を開いた。

「ダリア皇子、大好きな羊の肉が冷めてしまいますぞ」

「おお、それは大変だ! さて、戴くとしようかな!」

 ダリアは羊の肉のステーキをナイフで器用に切り分け、フォークで刺し、そしてゆっくりと口に運んで行った。


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