第14話《先の一手》
「レスター様! シュヴァリア軍が工業都市へと動き始めました!」
グラシオス軍は工業都市から離れた場所にある森の中に陣を取っていた。
自陣のレスターの作戦を練るテントへ偵察の命を受けた兵士が入って来た。それに対しレスターは、シュヴァリア王国全土の地形図を見ながら返事をした。
「そうですか。それで、シュヴァリアは騎兵隊を先頭にしていますか?」
「レスター様の仰ったとおり、先頭にダリア皇子、その後ろには騎兵隊が続いております!」
「ふふふ。ダリア殿、貴方は自身の戦は恐ろしくお強い。しかしお一人で倒せる兵士の数はたかが知れている。シュヴァリアに必要なのは戦況を客観的に見ることの出来る策略家ですよ」
そう言ってレスターは地形図に置かれた白と黒の駒を動かした。レスターは古典的な作戦を愛し、作戦を練る時にもこうして古くからの考え方を取り入れているのだ。
レスターは次の一手を打ち、テントを出た。そして待機中の兵士達に告げる。
「……それでは作戦の第二段階に入ります。指定された兵士の方々は準備を開始してください。期待していますよ」
『はっ!!』
物腰の低いレスターを兵士達はえらく慕っていた。その実力も信じている。
「さて、これをダリア殿はどう切り抜けますかね……」
更に次の一手を考えるべく、レスターは再びテントへと戻って行った。
「見えましたよ! あれがグラシオス軍か。手強そうだな」
「兵士達は特に目立つ実力はないのよ。だけど、あの国には【頂の五将】の【妙略】のレスターがいる。グラシオスがあそこまで大きくなれたのは彼のおかげね」
「兄上と同じ……」
余程の実力者なのだとセトは顔も知らないレスターに恐怖心を抱いた。
空高くから工業都市の様子が見えた。まだそこまで被害を受けている様には見えない。兵士達は工場などにはあまり攻撃をする意思が無さそうだ。
「あの兵士達は一体何をしているのでしょう? 僕はてっきり工業都市の建造物は大破されているものだと思っていました」
「さあね。レスターの考えは私達には到底見抜けないわよ。考えるだけ無駄だわ」
グラシオスの兵士達にばれない様に、セト達は工業都市の遥か上空を旋回している。
「セト、一体いつになったら奴らを襲うのじゃ? 妾は空中遊泳をしに来たのではないぞ?」
「もうちょっと耐えてよフィリア。ここは僕達が先走るよりも、戦闘に慣れているミーファ様達に任せた方が良いと思うんだ」
「そうよおチビちゃん。貴方はせいぜいセトの足を引っ張らない様に気をつけなさい」
ミーファはフィリアを揶揄った。対するフィリアは相当ミーファのことが気に入らない様だ。
「何じゃと!? お主こそ色目を使ってセトを侍らしているのではないか!? この淫乱皇女め!」
「な、何ですってぇ!?」
フィリアの暴言にはさすがのミーファもお怒りの様子。二人は火花を散らし、睨み合っている。これにシャッテは溜息をついた。そして口数の少ないシャッテが自ら言葉を発する。
「敵は味方にあらず、自らの真下に存在する。……同じ仲間なんだから、睨み合っている場合ではないよ、二人とも」
「ん? ……うむ」
「そ、そうね。ありがとうシャッテ」
そう感謝されると、再びシャッテは口を閉ざした。やはり話すのは恥ずかしい様だ。
すると、ミーファが何かに気付いた。グラシオス軍の方を指差す。
「グラシオスの軍勢って、こんなに少なかったかしら? 確かな情報は無いけれど、総勢三万の兵がいるって聞いたわ。だけどここにいるのは約一万程。これでシュヴァリアに侵略するなんて、さすがのレスターでも無理ではないかしら?」
確かに確認できるのは一万程の軍勢。しかし他に兵がいる場所は見当たらない。
(一体レスターという男は何を考えているんだ? 本当に兄上にたった一万の軍勢で勝てると思っているのか?)
考えれば考えるほどレスターの腹の内が分からなくなる。陣が見当たらないのを見ると本当に一万の軍勢しかいないのだと考えてしまう。
そんなことを考えているうちに、シュヴァリアの軍勢が工業都市に近付いているのが見えた。もの凄い覇気と速さで走っている。
「さあ、私達が先に攻撃を仕掛けるわよ! 準備は良いわね、二人とも?」
「は、はい!」
「妾に指図するでない! 準備など疾うに出来ておる!」
ミーファがシャッテの背中を二度軽く叩くと、シャッテは凄まじい勢いで下降していった。
「僕達も行こうフィリア! 僕達でシュヴァリアを護るんだ!」
「うむ! あの淫乱女共よりも戦果をあげてやるわ!」
フィリアはその瞬間翼を閉じ、頭から降下を始めた。まるでその姿は撃ち上げられた巨大な弓矢の様だ。その勢いによって凄まじい風圧がセトを襲う。今にも上空へ吹き飛ばされてしまいそうだ。
「上体を起こすな! 前屈みに妾の背に強くしがみつくのじゃ!」
「う……うん!」
風圧にやられ、上手く声を出すことが出来ない。フィリアの言う通りに必死に背中にしがみついた。戦に上空から乗り込むなど、龍戦士でなければ一生経験することは無かっただろう。
シャッテはグラシオス軍の僅か二十メートル先で下降を止めた。漆黒の翼を広げるとピタリと宙に停止した。
「闇の吸収!!」
ミーファがそう叫ぶと、シャッテの右翼から漆黒の気体が広がり、その気体はグラシオス軍の兵士達が持つあらゆる武器を次々と吸い込んでいった。
「あ、あれは……【暗黒の龍姫】!! 一体何故シュヴァリアに!?」
「隊長!! 武器が奴の翼に飲み込まれていきます!!」
約十分の一程の兵士から武器を吸収すると、右翼の気体が消え去り、今度は左翼に気体が広がった。
「闇の放出!!」
すると、先程吸収したグラシオス軍の武器がグラシオス軍目掛けて飛んで行った。雨の様に兵士達を貫いていく。バタバタとグラシオス軍の兵士達は大量の血を流し、倒れていく。
「す、凄いですねミーファ様。……うっ」
ミーファ達のもとへ追いついたセト達は、その悲惨な光景を目にした。フィリアにとっては何ともない光景も、セトにとってはかなりの苦痛である。思わず目を逸らしてしまうセト。
「目を逸らしては駄目よ。私達はこの光景を忘れてはいけないわ。それが戦乱の世を終わらせるための大きな力になるから」
「は、はい……」
ミーファにそう言われ戦場を見るセトだったが、ジッと見続けることは今のセトには不可能だった。
「龍姫が二体もいるのか!? ……弓隊!! あの紅色の龍姫の龍戦士を狙え!! 【暗黒の龍姫】は後回しだ!!」
恐らくこの場の指揮官だろう男の声が聞こえた。弓隊の兵士達は射る構えをし、その狙いをセトに定めた。
「セト、どうやら甘いことを言ってはいられないわよ?」
「分かりましたよ! 僕も死にたくはありませんから。……行くよフィリア?」
「うむ。待ちくたびれたぞ」
フィリアは思い切り息を吸い込む。同時に弓隊の兵士達が弓矢を放った。
「炎の咆哮!!」
フィリアは自身の顔の僅か先で弓矢を焼き消した。と同時に何百かの兵士をも焼き殺してしまった様だ。
「やるわねおチビちゃん」
「お主もな、淫乱皇女」
再びフィリアとミーファが睨み合った。
この二人の互いを嫌う理由を全く知らないセトである。
「あ、ミーファ、シュヴァリア軍が来たよ」
シャッテがその様子に気付いた。シュヴァリア軍はもうすぐグラシオス軍と接触することになる。
「さてと。私達はここらでのんびり、少しだけダリア様の戦いぶりでも見せていただこうかしらね」
(ミーファ様……本当に大丈夫なのかな?)
戦の最中、思いも寄らない考えをするミーファに少しだけ不安を感じるセトだった。