第13話《グラシオスの襲来》
ゴーンゴーンと重く力強い大鐘の音がシュヴァリア王国全土に響き渡る。その音に気付き、その意味を悟った宮殿内の者達は大騒ぎだ。宮殿内がこの様子ならば、恐らく街中はもっと騒ぎ立てているに違いない。
「セト様! 敵は北国のグラシオス! 北西から攻めて来た模様です!」
ミネルヴァが普段見せない慌てた様子で部屋のドアを開けた。余程の事態なのだろうか。
「……グラシオスだって!? 確かに、あそこは以前から国家間の仲があまり良く無かったな。だけど、最近はピタリと争いを起こしていなかったのに、何故このタイミングなんだ!?」
セトの言う通り、代々シュヴァリア国王とグラシオスの国王は仲が悪かった。大した利益も出ない戦であっても、お互いの国との戦だけは絶えず起こっていた。しかし、近年軍事力を高め続けているシュヴァリアに対し、グラシオスは戦に負けが混んでおり、その力は衰退しつつあった。そのため、ここ三年程グラシオスと戦をするようなことは無かった。常に戦のきっかけはグラシオスから。攻める気配が無い様ならば戦をする必要が無く、エルマスもグラシオスを責めようとはしなかった。
「グラシオス……あの国は領土も広く、他国との貿易も多いから経済力には困っていないはずよね。あの髭オヤジ、一体どういうつもりなのかしら?」
第六十二代グラシオス国王オルソワール・グラシオス。隣接し、ジュオーラを大変気に入っていることで、度々ロマールに来ることが多かったのだ。ジュオーラとミーファは各国の王達から媚びを売られていたが、一番苦手としているのがオルソワールだった。でっぷりとした腹、無精な髭、ジュオーラを嘗め回す様に見る厭らしい目つきに常に嫌悪感を抱いている。
「とにかく今はこうしてはいられない。兵士達が戦場に向かったらすぐに僕達も向かおう! 良いねフィリア? あくまでもこっそりだからね!?」
「分かっておる! そんなに心配するでない!」
セト達は戦の準備を始める。すると、ミーファもそれに賛同し立ち上がった。
「私達も行くわ!」
「えっ!? 大丈夫ですミーファ様。この戦は我が国の問題。ミーファ様が危険な場に出る必要などないです!」
「いいえ、行くわ! 私達は簡単にやられはしないし、第一、セトが敵にやられてしまったら、一体私達の理想郷はどうなるの?」
それを言われてしまうとぐうの音も出なかった。ミーファは頭脳がかなり良い。セトが納得せざる答えなど簡単に思い付くことが出来た。
「それで良いわよね、シャッテ?」
「……ミーファが命じるのなら、僕は何だってするよ」
静かにシャッテは消えるような声でそう答えた。
「……ミーファ様は僕が守ります。危険を感じたらすぐにお逃げ下さいね?」
「あら、私、恐らく貴方よりも強いわよ? でも……今の言葉、皇子様みたいで格好良い!」
「ですから、僕は一応皇子なんですって!」
そう言葉を発すると、戦の緊張感が解れた。手汗を大量に掻いていたことを冷静になり、ようやく気付いた。先程のまま戦場に立ち入れば思う様に身体が動かなかっただろう。それを見越してミーファはセトを揶揄ったのだろうか。
(うふふっ! セトったら、本当に可愛いんだからぁ!)
どうやら違っていた様だ……
「……よし! それじゃあ準備をしましょう! いつでも戦場に向かえるように!」
シュヴァリアの西部は工業都市だった。最も西の方は廃工場となった場所が多く、以前のサラディアとの戦に比べれば多大な被害が出ることは無い。あくまでその場所で食い止めることが出来れば、の話だが。
宮殿の前には大軍の兵士が隊列を乱すことなく待機している。
「今回の戦は奇襲ではなく、全面交戦といく。奴らには【頂の五将】の一人、【妙略】の異名を持つ参謀長レスターがいる。この男に奇襲を掛けたところで戦略を見破られることは間違いない。だから俺達が出来ることはただ一つ、シュヴァリアの総力をもって奴らを叩きのめす!」
宮殿前に集められた各隊長達にダリアはそう告げた。言い切ったものの、ダリアはこの戦に不安を感じていた。
(レスターが考えも無しに攻撃を仕掛けるとは思えない。あの国王の命令でか? いや、それとも……)
考えれば考えるほど分からなくなる。ダリアは頭を横に振り、邪念を捨てるようにした。
すると、エルマスが戦の指示を出しにダリア達のもとへ現れた。咄嗟に跪くダリア達。
「父上! 奴らにはレスターがいます。安易な戦略では簡単に見破られてしまうことでしょう」
「うむ。戦略はお前に全て任せる。……だが、何としても工業都市の範囲で食い止めるのだ。あそこを突破されると国民の多く住む居住地帯が攻撃を受けることになってしまう。私はこれ以上国民のために税金など使いたくはないのだ」
そう言うと、エルマスは再び宮殿の中へと戻って行った。
(父上……貴方は国民を一体何だとお考えになっているのですか!?)
これまで以上に実の父に嫌気が差し、怒りすら覚えた。これまでもエルマスの口からは一国の王らしからぬ問題発言が飛び出していた。最高権力者の前に言い返すことなど到底できないが。エルマスが税金を使わないと言うのならばダリアがやれることはただ一つ。グラシオス軍を工業都市で食い止めることである。
ダリアは意を決した様にして立ち上がり、兵士達に喝を入れる。
「良いか!? この戦は絶対に負けることは許されない! 気合を入れろ! 無礼なグラシオスの軍勢など一掃してやれ!!」
『おおー!!』
ダリアは階段を駆け下り、待機させていた茶色の馬に跨った。愛馬である白馬は未だ怪我が治らず、この戦では仕方なしに一般兵士用の馬を使うことになった。
「行くぞ!! シュヴァリアの民を護るために!!」
「……行ったね」
セト達は宮殿から少し離れた森の陰からダリア達の様子を見ていた。宮殿前の大軍が大声をあげ工業都市を目指し走っていく姿が見えた。
「私達は先回りしてグラシオス軍と戦うわよ」
「えっ? 交戦中に行くのではなくてですか?」
ミーファの提案にセトが質問をする。策略を知らないセトにとっては以前の戦と同じようにして戦うという他に選択肢が無かった。
それに対し、ミーファは呆れた様子で返答する。
「それだと正体を明かさない限り、敵か味方か分からないでしょ? むしろ、味方に龍姫がいないことを自覚しているシュヴァリア軍には敵だと思われてしまうわ。……それよりも、先にグラシオス軍と戦っていた方が、私達を見たときに(少なくとも敵ではない)と思われやすいのよ」
「……確かにそうだ! 凄い! 凄いですよミーファ様!」
「お主の頭の悪さに妾は驚きじゃ……」
周りを見ればミーファだけでなくフィリアやシャッテも呆れた目でセトを見ていた。
「あ、あれ?」
「さ、のんびりはしていられないわ。龍武装をしてすぐに工業都市へ向かうわよ!」
二人の龍戦士の龍章が輝き出し、龍姫は龍の姿に、龍戦士は鎧と兜を纏った。
ミーファの鎧と兜はほとんどが漆黒く、目と腕や脚に刻まれた線だけが紫色に光っている。
そして二人は龍姫の背に乗り、工業都市を目指して飛び立った。