第11話《暗黒の龍姫》
「へえ。あれから六年も経っているけれど、あまり変わっていないわねぇ」
ミーファは宮殿内を隈なく見て回っている。以前この場所に来た記憶も少しは覚えている。長い歴史を感じさせる古惚けた外観、寸分のズレもなく敷かれた赤絨毯。以前とは変わらぬ風景が見えている。
「ミーファ様! ここにおられましたか」
「あらセト! 私を探しに来てくれて来たの? まるで白馬に乗る皇子様ね!」
「一応僕も皇子なのですが……」
セトはミーファの行動が気掛かりになり、追いかけて来たのだ。フィリアは一足先に自室へ戻ってしまったが。
「あのねセト、六年前私が貴方に言ったこと覚えてる?」
「六年前にですか? ……うーん、あまり覚えていないです。申し訳ありません」
(やっぱりそうかぁ。私は何一つ忘れていないんだけどなぁ)
期待していた答えとは違う返答に少し落ち込むミーファ。ミーファには大事にしている思い出があった。
セトはミーファの背後に隠れている一人の少女に気が付いた。その少女は妙に存在感が無く、着ている服も黒いため凝視しなければ気付けない程に影に溶け込んでいた。何故セトが気付けたのか自分自身でも不思議だった。
「あのミーファ様……あの子は?」
「えっ!? セト、シャッテの姿が見えるの!?」
ミーファが驚きの表情を見せる。ミーファにしか見えていなかったのだろうか。すると、驚きの表情から一変して、ミーファはセトの顔を少し強張った表情で覗き込んだ。
「ど、どうかしましたかミーファ様?」
「セト。何処か誰にも話を聞かれない場所に案内してくれないかしら? ここでは誰に聞かれるか分からないわ」
密談ということだろうか。そのような重要な会話を誰かとしたことがないセト。しかし、とにかくミーファの表情からその話の重要さが伝わって来た。
(誰にも話を聞かれない場所……仕方が無い。他にアテが無いか)
セトは宮殿内やシュヴァリア王国内の様々な場所を脳内で探してみるが、一番安全そうなのがある場所だと感じた。自らは少し言いにくいが仕方が無い。渋々セトは口を開き、こう言った。
「……僕の部屋なら誰にも聞かれないと思います……」
セトはあたふたしながら自室のドアを開け、ミーファとシャッテを招き入れた。こうして他所の客人を自室に招き入れるのはフィリアを除けば初めてである。シャッテは警戒心が強いのか、ミーファの背に隠れながら辺りをきょろきょろと見渡している。
こうしてみるとシャッテは存在感とは裏腹に、美しい顔付きをしていた。小柄ではあるが、漆黒のドレスが見事に似合っている。それは綺麗な程に艶を帯びた漆黒の髪の色に噛み合っているからだろう。
「ど、どうぞこちらに」
「セトって見かけに寄らず、結構大胆なのね!」
セトには何のことかさっぱり分かってはいないが。
「ミネルヴァ」
「はい。何でしょうセト様?」
ミネルヴァはミーファ達の御持て成しをとセトの部屋にお茶菓子を持って来ていた。
「今からミーファ様方と大事な話をする。これは他の人間にも聞かれたくは無い話なんだ。だからミネルヴァには誰かがここを訪ねて来ないか見張っていて欲しい。もし誰かが来たら、直ぐに僕に知らせてくれ。良いね?」
「はい。セト様のご命令とあらば何なりと」
ミネルヴァはセトの言う通りに部屋から出て、廊下の見張りを始めた。
椅子に座りミーファの話を聞き始めるセト。
「あの方は信用出来るの?」
「はい? ……ああ、ミネルヴァですか。あの人は大丈夫。僕が兄上の次に信頼している人ですから。……それで、話というのは?」
セトの言葉を信じ、ミーファは話を始める。
「……さっきこの子を見えたことが何故不思議なのかってことだったわよね? シャッテ、この子は龍姫。闇の力を自在に操る能力を持った【闇龍】の龍姫なの」
驚きはしない。何せフィリアという最も身近に龍姫がいるのだから、何処に龍姫がいても不思議ではない。ミーファの許もとにいるとは思いも寄らなかったが。
ミーファは話を続ける。
「シャッテはこの国に入ってからずっと、闇の力を使い、自身の存在感をほぼ皆無にしていた。これは常人ならば目の前にシャッテが立っていても気配すら感じることが出来ないわ。この国では誰一人としてシャッテの姿を見た者はいない。……セト、貴方を除けばね」
セトは緊張のあまり唾を飲み込んだ。喉が渇き、唇も乾燥してしまっている。その内に自分の秘密を暴かれてしまうのではないかと心配になる。その瞬間に対面することが怖かった。一体どうなることか、全く想像もつかないからである。
しかし、ミーファは容赦しない。悪気は無いつもりだが。
「……セト、貴方も龍戦士ドラグライダーなのでしょう? 私には見えるもの。貴方とさっきの乱暴少女の繋がりがね」
セトの悪い予感が的中してしまった。ついつい返答に困ってしまう。
(何と答えたら正解なのだろう? これは隠し通さなければならない問題だ。たとえ相手が誰であろうと、このことを打ち明けて良いはずがない!)
セトは誤魔化す決断をした。どんなことになっても自分とフィリアの秘密を打ち明けてはならない。そう感じた。
言葉を発しようとしたその瞬間、ミーファが先に言い放った。それはセトにではなく、セトの背後に向けてだった。
「そこで話を聞いていないで、こちらにいらっしゃい。乱暴娘さん?」
「だ、誰が乱暴娘じゃ!」
セトの背後はフィリアの部屋だった。その壁の向こう側では、フィリアがセト達の会話が気になり聞き耳を立てていたのである。
フィリアは自室から姿を現し、堂々とセトの隣に座った。
「率直に聞くわ。……貴方は龍姫ね?」
「聞かずとも分かっているのであろう。妾は【炎龍】の龍姫、フィリアじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよフィリア! そんなにあっさり答えちゃっても良いの!?」
セトは必死に隠そうとした。最早手遅れでしかないが。
「何を焦っておる? 此奴らも龍姫と龍戦士ドラグライダー。相手が自ら名乗り出ておるのにこちらは誤魔化すのは筋が通らぬであろう?」
「それはそうかも知れないけど……」
すると、ミーファが笑い出した。高らかに声を上げて。
「な、何が可笑しい!?」
「あはははは! ……ああ、ごめんなさいね! 何だか私とシャッテを見ているみたいで!」
普段、シャッテはミーファだけには強気を見せていた。仲が悪いわけではない。信頼しているからこその強気なのだ。その光景を目の前で他人が再現していることに、ついつい笑いが込み上げてしまったのである。
「……でも私達が【相手】というのはちょっと違うわね。私達は敵同士じゃない。私達は今日……貴方達と【龍心同盟】を結ぶわ!」