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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『災厄』のお話

災厄の足音

作者: 有寄之蟻

それは、デセイト王国200年の歴史の中で、最も大きな『災厄』だった。


なぜその召喚が行われたのか、知る者はもういない。


全ての関係者が殺されたか、口を堅く閉ざして逝ったからだ。


『災厄』は人の形をしていた。


デセイト王国の国王含め王族のほとんどを殺害し、民の信仰を集めていた大神殿と神官をことごとく虐殺した、災厄。


――伝承では、闇のごとき髪と()を持っていたという。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






謁見の間に連れられて来たのは、一人の少女だった。


年の頃は15、6歳くらいか。


デセイト王国では見ない、南方国家の民のような黒い髪と瞳。


身長は女にしては高く、ほっそりした身体に奇妙な服を身につけていた。


近衛4人に前後を囲まれ、手は後ろ手に縄で縛られている。


壇下へ近づき、近衛の一人肩を押されて跪く。


後ろの二人はすぐに剣を抜けるよう、柄に手を置いていた。


少女はそれだけ警戒すべき存在なのだ。


デセイト国王は、壇高い玉座からその少女を興味深く眺めた。


側室や王子・王女もヒソヒソと声をかわし、この広間にいる者全てが好奇の視線を向けていた。




少女の方も、同じ目線で彼らを見ていた。


キラキラと無駄に豪華な修飾。


コスプレのような服装の人々。


鎧に帯剣した騎士らしき男達に雑に扱われたのは少々イラっとしたが、玉座の王様らしき人物を見て、そのいかにもな姿に噴き出すのをとっさに耐えた。




貴族なら礼儀作法として相手の目を不躾に見たりはせず、平民なら畏れ慄く自分をまっすぐに見据えてきた少女に、デセイト王国は感心した。


その瞳に怒りや恐れなどは見えず、丸く澄んで彼を見上げている。


「ようこそ、"客人"よ」


国王が重々しく言うと、広間のざわめきがピタリと止まる。


「余はデセイトが国王。余はそなたを歓迎するぞ。――条件付きでだが」


国王の口は嘲りにつり上がる。


何も知らず、選択肢もない哀れな少女と、これから叶うであろう彼の野望を思って。


少女はわずかに首を傾けたままで、表情も変えず見つめ続けている。


もっとも、彼女に発言権はなく、もし口を開いたなら、近衛兵がすぐさま黙らせただろう。


「そなたは余の手となり、足となるのだ。余の奴隷となって仕える事を誓うなら、そなたの生を保障してやろう」


今や満面に傲慢さを現した国王の言葉に、周囲からも嘲笑の忍び笑いが広間に響く。


少女はぐるりと周りを見渡して、ただそっと目を伏せた。


今の状況を簡潔に言うならば、野望を抱いたデセイト国王と唯一神信仰のオニリ教の神官長が、デセイト王城地下深くで唯一神の秘儀を行い、異界の"客人"を召喚したのだ。


少女は日常から引き離され、近衛兵に連行され、現在へ至る。


つまり、全く現状を理解できるはずがないのだ。


"客人"とは、神の力によって異界から訪れる存在であり、強大な力と異能を持ち、過去には世界を統べたなどという伝説もある。


デセイト国王と神官長は"客人"を利用して、国の拡大と信仰の強化を目論んだのだ。


それは最終的に富へと繋がる。


ようはそれを目的としていた。


少女を囲む4人は近衛の中でも優秀な隊長達で、いかに"客人"が異能を持っていようと、制圧するに足ると言えた。


実際の所、デセイト国王は伝説をあまり信じていなかったのだ。


遥か1500年も前の出来事など、神話と変わらぬ眉唾もの。


しかも、その"客人"は見るからにか弱い少女だ。


何を恐れる事がある。


国王は、すでに世界を手中におさめたかのような優越感を感じていた。


衆人環視の中、少女はやがて目を上げた。


が、何も言わない。


「どうした、発言を許す」


それを待っているのかと思い、国王が促すも、少女はすいっと視線を左の近衛兵に流した。




――瞬間、少女を後ろ手に縛っていた縄が燃え上がった。




反射で縄を持っていた左の近衛兵が飛び退き、他3人も少女から距離をとって抜剣する。


少女はそっと立ち上がり、両手首を確認するようにさすった。


なぜか、その手首にも服にも燃えた後はなく、彼女の足元で縄はあっという間に灰になった。


絨毯も焼けた様子はない。


この意味に気がつく者はまだいない。


国王ら貴族は現象の理解ができず、近衛兵はただ少女を警戒しているのみ。




少女はわずかに顔をしかめて、溜め息を吐く。


それにさえびくりと反応する騎士に恐いなーと思いつつ、顔を上げてゆっくりと広間を見渡した。


体も動かして、その場で360°回転する。


正面に玉座の王様、左周りに壇上の貴族っぽい人、壁沿いにも貴族っぽいのがたくさん。


その手前に剣を持った恐い騎士が2人。


扉の方にも騎士が2人、また壁沿いに貴族っぽいの。


抜剣した騎士2人、壇上の貴族っぽいの。


また王様。


ざっと見渡しただけだが、彼女はその人数を正確に把握した。


全部で56人。


扉の外にも4人。


玉座の後ろの部屋にも8人。




――さて、どうしようか。




少女はかくりと首を傾ける。


そして、すいっと右の騎士に目をやる。


目が合った騎士は、30代程で、褐色の髪に碧の目、彫りの深い顔は険しく、彼女を睨みつけていた。


しかし、その視線の中に怯えが隠れていることが少女には分かる。











次に彼女がしたことを止められた者は、誰もいなかった。












さっと騎士に近寄り、その剣を奪うと、少女は何の躊躇いもなく首を(・・)刎ねた(・・・)


続けて他3人も同様にして、今度は扉の前の騎士の首も飛ばす。


それは1秒にも満たない出来事で、未だ騎士の首は地面に(・・・)落ちて(・・・)いない(・・・)


少女は玉座から見て右の壁にいる貴族たちの首を、まるでケーキに塗ったクリームを平らにするように切り飛ばし、後には頭のないドレスをまとったマネキンの群れが残る。


玉座の階段まで来たら、次は左の壁沿いの貴族達を撫で斬りして、玉座前まで戻った。


わずか5秒の出来事。


少女が足を止めた瞬間、止まった時間が流れ出したように、切断された首から鮮血が噴き上がる。


それはまるで噴水のように、少女の背景を彩った。


謁見の間に、濃厚な鉄錆の臭いが漂う。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「・・・・・・ん?」


デセイト国王は、目に映る光景の不可解さに首を傾げた。


さっきまで縛られていたはずの少女がすっくと立ち上がってこちらを見ている。


"客人"を抑えられると期待されていた近衛の姿が見えない。


広間にいたはずの臣下達の姿も見えない。


なんだか強い不快な臭いが鼻を刺激して、咳き込んでしまう。


床が真っ赤だ。


いや、元から絨毯は真紅だったではないか。


しかし、白い大理石の床石まで赤黒く光っているのはなぜだろうか。


それに、頭部のない体が倒れている。


近衛の鎧を着たモノ。


ドレスを着たモノ。


たくさん。


そして、虚ろな目を開いた首も、たくさん。


そう、首――。


・・・・・・く、び?


「う、わああぁああぁああぁ、ぁ、あ・・・・・・!!」


そこでようやく国王は広間の惨状を理解した。


バラバラだった一つ一つのモノが統合され、首なし死体と転がる頭、血に溢れた床を踏みしめる少女の姿に息を呑んだ。


少女?


いや、少女などというかわいいモノではない。











強大な力と異能で世界をも征する異界の存在――"客人"だ。











恐怖を浮かべた国王の表情に、"客人(・・)"は初めてわずかに笑みを見せた。


そして、さらなる惨劇を生み出すために動く。




少女は壇上に登り、玉座を背に左端にいた青年に近づく。


面影に国王と似た所がある事、服装、玉座の後ろにいた事などから、王子なのではと推測した。


ごめんなさい。


小さく心で謝ると、その後ろ衿を掴み、広間の天井へと叩き(・・)つけた(・・・)


10mはあろうかという高い天井に、吊り下がるシャンデリアも通り過ぎて、べシャリとはりついた。


一瞬で骨が砕け、血管が破裂し、肉が弾け、それらが雨のように降り落ちた。


彼女はそれを見届ける事もなく、青年の隣にいた少女も同様にする。


きっと王女だろう。


青年のすぐ横に叩きつけられた王女は、ドレスが重かったのか、すぐにバサバサと羽ばたくように落ちていった。


少女は玉座の後ろを通り、国王のすぐ右後ろにいた女性を天井へと送る。


この人はたぶん妃かな。


そう考えたが、女性はあと2人いる。


王妃とか、正室ってやつ?


あとの2人は側室かな。


概ね真実に近い推測をしつつ、その2人も天井の染みに変え、落ちたドレスが偶然、少女を連行した騎士4人の屍体を覆った。


あ、女装してるみたい。


クスリと笑った少女は、最後に国王の目の前で動きを止めた。


それらも5秒に満たない時間で起こった。




デセイト国王に分かった事は、連続して鳴った何かが破裂する音と、目の前で天井から落ちてきたドレスの事だけだった。


他に分かる事はなかった。


・・・・・・何も分かりたくはなかった。


落ちてきたドレスが、今日謁見の間に入る前に見た側室のドレスであるはずがない。


知らず体は震え、冷や汗に濡れ、喉はカラカラに渇いている。


水が欲しい。


国王は場違いに思った。


水だ。


水が欲しい。


誰か水を――。




「王様?」


「ひぃっ!?」


虚ろに目を泳がせていた王様に声をかけると、わずかに飛び上がって悲鳴をあげたため、ついに少女は噴き出してしまう。


未だ手にしていた騎士の剣をザン!と玉座に突き刺した。


その刃は、王様の首数ミリ横に接している。




国王はもう声も出ず、溢れる涙にも気がつかず、ぴたりと動きを止めた。


何が"客人"を動かすのか分からなかったからだ。


次は自分の番だという事だけは理解していた。




少女は王様の顔をのぞき込んだ。


「ねぇ、王様」


声音は明るく、にこやかな表情だ。


「あ、陛下って呼んだほうがいい?」


国王はわずかに首を震わせた。


それを了承ととったのか、


「じゃ、陛下って呼ぶけど。――陛下はさ、アタシに奴隷になれって言ったよね?」


国王はまた、首を震わせる。


筋肉が強張り、頷く事さえできないのだ。


そして、少女にはそれが分かっていた。


いや、そもそも陛下(・・)の返答など求めていない。


「もし陛下がさ、いきなり知らない所に呼び出されて雑に扱われて奴隷になれって言われたら、うんって言う?」


"客人"は国王の反応も待たず、


「言わないよねー。言うわけないと思う。でさ、しかも自分にはなんでもできちゃうくらい強い力があんの。あきらかに自分にそんなこと言ってきたやつなんて捻り潰せちゃう力がさ。――それでもうんって、言う?」


がしりと国王の前髪を掴み、目と目を合わせる。


その瞳には、遥かな弱者を嘲る色とその弱者に侮辱された怒りが見えた。


デセイト国王は、その瞬間自身の勘違いに気がついた。


"客人"の事を強大な力を持つ存在だと国王は考えていた。


だが――と、目の前にいる少女を見る。


ただの少女にしか見えなかった。


ただの少女がこの広間を一瞬で血の海に変えた。


世界を征する力を持つだと?


それは。


それはただの――。











「――化け物ではないか」











◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「・・・・・・・・・・・・」


かすれた言葉に、少女は笑みを引っ込めた。


ここにきて、まさかの化け物呼ばわり。


確かに化け物だ。


少女にはもう、自分の持つ力が把握できていた。


そう、確かに化け物だ。


・・・・・・でも。


「化け物にしたのはアンタ達だ」


突き刺した剣を抜き、横にはらった。


なんの抵抗もなく国王(・・)の首は飛び去り、鮮血がこぼれ出す。


が、血が体を避けるように【設定】して、じとりと力の抜けた屍体を見下ろした。


たった数時間前の彼女は、ただの少女だった。


不思議な光を通って気がつけば、化け物になっていた。


彼女を召喚したのは国王とあと一人。


なら、少女を化け物に変えたのはコイツらなのだ。


広間にいたものを殺したのは、能力の確認のためだった。


特に恨みはないが、その場にいたのが悪いと少女は思う。


それに、彼らも嗤っていたではないか。




国王の屍体の心臓の位置に剣を通し、玉座の背もたれに(はりつけ)にした。


その首は剣の柄に、無駄に長い髪の毛で吊るしてやった。


ふと、檀上の隅に、国王がかぶっていたいかにもな王冠が転がっているのが目に入る。


純金と緑・赤・青の宝石で造られた王冠は、そうとうな重量がありそうだ。


あんなの四六時中かぶっていたら、首痛そう。


そう思うと同時に、


王冠は王権の象徴だっけ?


と少し考えて、少女は王冠を拾った。


手を縛っていた縄を燃やすと同時に、広間を防音に【設定】していた。


それを【解除】して、少女は自分の姿が他人に見えず、その音も分からないように【設定】すると、玉座後方の扉から広間を後にした。


次の目的地はもう決まっている。


少女の足取りに迷いはない。




――さて、どうしてやろうか。




かくりと首を傾げて、ニヤリと笑う。




















『災厄』の足音に気づくものは、まだ、誰もいない。











※作中で、視点によって同じ人物を違う名称で呼称しています。

分かりにくかった方は、こちらをどうぞ。


●デセイト国王視点⇔少女視点●


デセイト国王・国王⇔王様・陛下・(後半には国王)

"客人"・少女⇔少女

臣下⇔貴族っぽいの

近衛兵⇔騎士


デセイト=deceit[欺瞞・偽り・欺く]

デセイト王国=偽りの国

デセイト国王=欺瞞の王

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