アナト
1年半。
18ヶ月もの間、俺は栗島シュリという女と付き合っていた。
高校2年になってクラスが一緒になり、それとなく仲良くなって、いつの間にかカップルになってた。
季節のイベントがあれば世のカップルに習い、下校も一緒にした。
これほどまでに続いたカップルは少ないらしい。だがそれが、破局の原因になったのである。
長く一緒にいると、それが当たり前のように感じてくる。
隣を見ればシュリがいて、シュリの隣は俺がいる。
そんな日常が「普通」で「当然」
だが俺たちはそれに飽きつつあった。
決して嫌いになったんじゃない。でも、胸が苦しくなるほどの恋をしているわけでもない。
こんな曖昧な気持ちで恋人を続けてもいいのか。
そういう考えが浮かんでいた頃、シュリから別れを告げられた。
特にショックも受けなかったし、拒否することもなく。
「うん」と頷いて、終わった。
これがフラレたって事か。なんかいつもと変わらないなぁ。
その日の夜は、こんな感じだった。
***************
フラレたあの日から2週間。
俺は新しい恋をした。
お相手はアンナ・アルスキーと言う。
なぜ外国名なのかと言うと、祖母がロシア人らしい。
今日も俺は自分の席から、アンナさんを見ていた。
毛先が少しカールしている長い金髪。碧眼の目は大きくクリクリとしている。
アンナさんは2人の友達と話をしていた。
流暢な日本語を透き通った高い声で喋り、楽しそうに笑顔を振りまくアンナさんうっとり見とれていると、頭を本でつつかれた。
「!?」
すぐさま前を向くと、呆れた顔をした男子生徒がこちらを見ていた。
ちなみにつついた本は国語の教科書だ。
男子生徒の名前は松本一樹。中学の頃から仲が良い友達だ。
眼鏡をかけているが、ものすごくアホっぽい顔をしていて、ていうか本当にアホだ。
「お前ちょっと見すぎだぞw
気持ち悪いからやめろw」
「いやぁ・・・だってしょうがねぇじゃん・・・
すっげぇ美人じゃん。」
「まぁそれは分かるけどさー
・・・あ、来たぞ。」
カズキが教室のドアを見た。
俺もカズキの向いている方を向くと、小さい女子生徒が入ってきた。
学年でも一番ではないかと思うほどの低い背丈。所属しているバスケ部のルールでショートカットにしている茶髪。
彼女こそが、俺を2週間前にフッた、栗島シュリだ。
シュリはすまし顔で俺の斜め前の席、つまりはカズキの隣の席にカバンを置いた。
「おはよう。」
シュリはこちらをくるりと向いて言った。
「おう~!おっはよー!」
カズキはノリノリで答える。
「朝練?」
「もうちょっとで試合だしね。」
別れたと言うのに普通に会話をしてしまう。
お互いそれは不快に感じず、これまでどおり過ごしている。
ただ「恋人」でなくなっただけで、基本俺たちは仲が良い。
「友達」と称すれば良いのだ。
シュリは圧倒的に不利である「低身長」というハンデを持っているにも関わらず、持ち前の足の速さとすばしっこい動きで、バスケ部のレギュラーになっている。
レギュラーに任命されるまで、どれだけの努力をしてきたか。
それは俺が一番よく知っている。
「そっちはまだ入る気ないの?」
カバンの中から教科書を取り出して、机に入れる作業をしながら、シュリが訪ねてきた。
俺は部活に所属していない。
元々どこかの部活に入っていて、退部した・・・ということでもない。
高校だけでなく、俺は中学の時も部活に入っていなかった。
理由は面倒だからとでも言っておこうか。
運動は人並みにはあるし、コミュ障でもない。
ただ、スポーツのルールとか、大会とか、そういうのが嫌いだった。
シュリは部活の話になるといつも俺に「入らないのか。」と聞いてくる。
どっちにしろ入る気はないし、シュリもそれはわかっている。
「入るわけないだろ、もう2年だぞ」
適当に流しながら、シュリの小さな背中を眺めた。
中学の頃からずっと変わっていない背中。
・・・少し、惜しいな。
内心そう思った。
でもやっぱり俺はアンナさんが好きだ。
これは変えられないし、変えるつもりもない。
まぁ、いいんだ。あっちがフって、俺がOKを出した。
これで、終わりだ。
俺は新しい恋をした。今はこれを頑張らなければ。
気持ちを改めるように息を少しはいて、もう一度アンナさんを見た。
ちょっとだけ頬が上がって、目を細めた。
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今俺は下校中である。
木曜の学校ほど辛いものなどあるか。
いや、どちらにしろ学校は嫌だが。
それでもアンナさんを眺められるだけで俺は幸せだ・・・。
アンナさんの顔を思い出していると、どうしてもにやけてしまう。
隣を通り過ぎた女子小学生2人が顔を蒼白にして逃げ去ったような気もしたがまぁ良い。
車道と歩道を別けるために植えてある木は、夏らしく青々を茂っている。
反対側には色々な店が立ち並び、橙色の夕日の光を浴びてキラキラを輝く。
進んでいくと小さなカフェがあった。透明なガラスが張ってあり、店内がよく見える。とてもおしゃれな雰囲気で、こんなとこでアンナさんとデートできたらなぁ・・・と変な妄想が膨らむ。
あぁ、会いたいなぁ。ここでお茶でもしてみたいなあ。
もう一回店内をぐるりと見渡した。
カップルが何組も座って、席は結構埋まっていた。
と。
俺は奥のある席に、見覚えがある人物がいるような気がした。
知り合いかな?目を凝らして奥を見る。
そして、それが誰か、確認が出来た。
「・・・え・・・?」
嘘だろ、そんなわけない。
そんな思考が回り回って、冷や汗が体中から吹き出る。
「アンナ・・・さん?」
つい、口に出た。
そう。その奥にいた見覚えのある人物とは、アンナさんだった。
普段の俺ならすぐさまカフェに入り込んで、あちらから見えないような席で、アンナさんを眺めているだろう。
だが、今は違う。本当はできることなら飛び込みたいが、今はできないのだ。
アンナさんは、男の人と楽しそうに話していた。
見たこともないような笑顔で、いつもより明るく。
俺は確信した。こいつは彼氏で、アンナさんは彼女だ。
誰がどう見たってそう思う。
あいにく男は後頭部しか見えない。だが、アンナさんはその男を見て顔を赤らめている。
付き合っている人がいたんだ。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、失望と怒りがこみ上げてきた。
なぜ俺はこんなイライラしてるんだ。アンナさんは楽しそうじゃないか。
嫉妬だ。俺は嫉妬してるんだ。
震える手をギュッと結んで、カフェに入った。
店員の声が聞こえて、連れて行かれて、微妙にアンナさんたちが見える席に座った。
「えへへ・・・でしょう?おかしくて笑いが止まらなかったの!」
学校であったことについて話しているようだ。
俺は立ち上がって話に割り込みたい衝動を押さえ込んで、コーヒーを飲んだ。
カップは震えて、それをもつ手はかなりの力が入っている。
そうだ。男が誰なのか見ないと。
俺はゆっくり体を反らして、男の顔を確かめようとした。
そして、見えたのはものすごく予想外のものだった。
「・・・あいつ・・・!!!」