異世界は突然に
さて、俺こと『大河普之』は何をしているかと言うとパンツ一丁で布団の上に正座させられている。
そう、我が可愛い妹の『大河雨音』によって。
こんな布団の上でパンツ一丁正座するなんて中学生の時に初めて見た大人の教育ビデオ以来じゃないのか。
雨音は所々に宝石らしい石が散りばめられ作りに凝った棒を不乱に振り回している。
(何気に高そうな棒だな、あんなの何処に売ってるんだ? 兄より金持ちだなんて実にけしからん妹だ)
(密室でほぼ全裸の俺とコスプレをした妹、このシュチエーションはやばいんじゃないか? 何がやばいってそりゃ今から行われる行為を想像したら何か凄く興奮……い、いや、怖くなってきた)
「空蝉の世界より我願う――
東から出る暁色の神よ、西から出る黄金色の神よ――」
「おぉ、何か本格的だな。心なしか気持ちも良くなってきたし、それに体も薄くなってき……」
「現世において自堕落に生活を送り救いようの無い愚か者、人生の底辺を歩み自己中な癖にプライドだけは一人前で甲斐性がまったく無い愚か者に――」
「って、おい!? ストップ! ストップ! タイム! 何かおかしくないか!? 体が消えてきたぞ!?」
「一筋の光が訪れん事を、そして清楚で可憐な美少女の願いを聞き届け――」
部屋の一面が真っ白な光に埋め尽くされる、俺の体は淡い光に包まれた。
「ちょ、なにこれ怖い! 雨音ちゃん本気でギブキブ!」
「虚空より現れし門よ、このまま一生モテなくて老後は孤独死する男の願いもついでに叶え給えっ!」
「あぁ、気持ち良く……じゃなくて! しっかりしろ大河普之! このまま大人しく成仏してたまるかッ! 神様仏様御釈迦様アミバ様ッ、この世に未練を煩悩全開ッ!!」
(あれ、良く考えると未練ってあまりないな? それなりに好きな事やってきたし、唯一の未練は彼女が出来なかったのと童貞だった位で……)
そんな浅はかな煩悩で俺は見事に抵抗? して見せた、体が消える進行を止めたのだ。
「我が生涯に一片の悔い有り! フハハ、甘いぞ我が妹よ! これしきの事で我が昇天する思ったのか? 無駄無駄無駄!」
「本当に無駄な所でゴキブリ並みの生命力発揮してるんじゃないわよ! 早く逝けバカあにき! えいっ!」
ドカッ……!
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「――いつっ、痛てぇ……何なんだよ一体」
理由は分からないが後頭部に激しい痛みを感じる。
《あーテステス。聞こえますか、ドーゾ》
「あん? 何言ってるんだ雨音、ちゃんと聞こえてるに決まって――!?」
目を見開いた俺の眼前に広がるのは緑豊かな草原であった。
「なんだこりゃ!? 俺は確かに部屋にいて、それでそれで――って雨音どこにいるんだ?」
《さっきから話掛けてるじゃない、ドーゾ》
「ドーゾじゃねぇよ! 近くにいないのに声が頭に直接響いてくるんだが、一体全体どうなってるんだ!?」
明らかにここは先程までいた俺の部屋ではなかった。辺りを見回しても草や木ばかり、ん? 遠くに建物が見えるな。
(と、取り合えず落ち着こう、冷静になるんだ大河一騎。理由は分からないがどうやらここは俺の部屋でないのは間違いない、先ずはここに至る記憶を呼び戻すんだ……。
えっと、俺は部屋で世界情勢について議論を行っていた、そこに突然現れたテロリストによりその場で身包みを剥がされた、そしてあられもない姿になった俺の体に欲情したテロリストは先ず目で俺を犯し、そして鞭のように振り回す棒を見せつけた、それに恐怖した俺は哀願したが結局は最後まで陵辱されて――なんか違うような気がするが記憶が飛んでいるんだしょうがない、大体あってると思う)
状況を飲み込めた俺は一つの結論に至った。
「よし、要求はなんだ? だが我々は絶対に貴様等に屈しない、この残された貞操帯を脱げと言うのならその要求だけは飲んでやろう。さぁ、貞操帯を脱げと言うんだ、言わないなら自分で脱ぐぞ? いいのか? 本当にいいんだな? 早く言って下さい、お願いします」
《……なに変な妄想に浸ってるのこのバカあにき》
緑黄の草木の匂い、土を踏む感触、間違いなく現実である。
頬に冷たい風を感じながら今度こそハッキリと思い出した。
「一体何が起きた? それにここはどこなんだ?」
《お兄ちゃんが望んだ世界だよ、こちらとは違う異世界ってやつ》
「俺が望んだって? あれはお前との話の流れであってな―― って今こちらって言ったよな? お前はそっちにいるって事だよな?」
《うん、お兄ちゃんの部屋にいるよ》
……本当で俺は異世界ってやつに飛ばされたのかよ。
《転位魔法成功っと、私の魔法も中々のもんでしょ》
「おまっ! 何が転位魔法だ! ほとんど俺の悪口を言ってただけじゃないか!? しかもそれで成功するって、どんだけだよ!? それに自分の事を美少女って……最後の方なんて俺の事をついでと言いながら自分の願いになってたし」
《ふむふむ、転位魔法による記憶障害は無しと。あれは転位によって記憶の改変が行われてしまわないかわざと言ったんだよ? 最初おかしな妄想をしていたようだけどあれは平常運転って事で予想の範囲内っと》
「絶対本心で言っただろ……それに然もあれが普段の俺みたいな言い方するなよ」
《呪文とは深心にある真言を唱える事によって初めて効果を発揮するものなのだ》
「お前誰だよ! ってそれ本心だって意味にしか聞こえないから!? 流石に妹にそこまで思われていたなんてショックだぞ」
《いやいや、呪文は勢いが大切だって意味》
「全然フォローになってないから」
未だに痛みが残る後頭部を押さえながら俺は立ち上がる、転位魔法ってやらの後遺症なのか、いや……。
「なあ、雨音? お前さっきの棒切れ見たいので殴らなかったか?」
《棒切れって失礼なっ、魔法少女のステッキって言ったでしょ》
「やっぱり、殴ったんかよ……」
「まぁ良いか、それよりこのテレパシーみたいなのどうなってるんだ? 直接頭に響いてくるんだが」
《んー、天のお告げみたいなものかな?》
「お前なぁ、天のお告げってこう頻繁に話かけて良いもんじゃないぞ」
《そう言われると確かにそうよねー……汝迷える子羊よ我が神言に有り難味を持って耳を傾けるが良い》
「だから誰だよって! そういう意味じゃないから! それにずっと気になってたんだが俺の体ってそっちじゃどうなってる?」
《ん? 消えちゃった》
「ぶっ、消えたってどういう意味だよ!?」
《精神体だけ送る予定だったんだけど、何故か体ごと消えちゃったのよ》
「――……」
《ねぇ? お兄ちゃん?》
「なんだよ?」
《死なないでね》
「……な、何言ってんだよ? お前の願いも叶った事だしもう良いだろ、そろそろ帰らせてくれよな?」
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(まてまて、何だこの沈黙は? こちらからでは直接顔が見えないがきっと俺をからかってんだろ?)
《……体が無くなっちゃったから無理かな、えへっ》
「はい? 体が無いってさっき言ってた消えたって事だよな? じゃ、その体はどこに行ったんだ」
《お兄ちゃんの所、だからそっちで傷を負ったり死亡するって事は現実と一緒だって意味、だから死なないでって》
「えへっ、じゃねぇよ!? それにサクっと無理って言うなよ!? 頼りはお前だけなんだから諦めないでくれ! 頑張れは出来る子だからさ! 気合だ、気合! もっと熱くなれよッ!」
《今の台詞もう一回言って》
「おう、任せろ! 気合だ、気合! 諦めんなよ、もっと熱くなれよッ!」
《そこじゃないっ、頼りにって所》
「あ? あぁ、俺が頼れるのはお前だけだ! だから少しとは言わない、もっと凄く頑張ってくれ!」
《えへへ、そ、そうかな……? 私だけかぁ》
(こいつ何照れてるんだ? 取り合えずどうにか頑張ってくれそうな雰囲気になって良かったが)
その後、雨音の話によって分かった事が幾つかあった。
先ず、この異世界は星や宇宙という概念から掛け離れた次元の狭間にあり完全に孤立した世界空間になっているという事。
次に知る人ぞ知る、人間とは別に亜人やら精霊種族であるエルフやドワーフがいると言う事、もちろん対となる魔族を含め君臨する魔王もいるらしい、そして肝心な元の世界に戻る方法は現在雨音が思索中である。
そこで俺はふと思った、異世界に転位したと言う事は良く見るあれだ、普通の人間とは違って色々と秘められた加護とかチート技とかあるんじゃないのか? そして俺無双的な感じで魔王を倒したりしちゃうとか。
だけど俺の場合は転生ではなく転位なんだけど大した違いは無いよな、その辺りはきっと誰かが何とかしてくれるだろう、そうと決まれば早速――
「能力値確認」
(……あれ? 何も起こらないな。こういう異世界ものって声に出したり念じると自分の能力値が分かったり、手に持った物の詳細が見えるんじゃ)
《何してるの?》
「いや、どんな力があるのか確認しようと思って」
《そんな特別な力なんてある分ないじゃん? ただの人間だよ、お兄ちゃん漫画とかアニメに影響され過ぎなんだから》
「魔法少女とか言ってるお前に言われたくないわ! ってそれじゃ本当に異世界に飛ばされただけじゃないか」
《私は本物の魔法少女だからね、お兄ちゃんと一緒にしないでくれる? そもそも魔法少女って言うのはね、昔から伝わる聖守者の秘術によって願いを叶えた少女達が――》
この手の討論になると雨音の話は長くなる、だから俺は早々に話を切り替える事にした。
「分かったよ、魔法少女さま。じゃ俺はこっちでもただの人間同様の力しかないって事だな」
《んー、何とか今の私の力でも能力値位は弄れるかな? 私が送り出した分けだし、だけど元々の合計値を振り直すって程度だよ?》
「おぉ! やっぱ出来るんじゃないか! それで良いからやってくれよ」
《良いけど一度振り直すと元に戻せないからね?》
「あ、でも今流行りの極振りとかはやめてくれよ? バランス良くて尚且つ普通よりは上な感じで宜しく頼む」
《アモーレ、アモーレ――汝異世界に飛ばされた不幸な者にせめてもの神の慈悲を彼の童貞引篭もりニートに寛大な加護を与え給え――テレパスラミアス、トルゥルルゥ――》
「魔法の趣向変わってますけど? そ、それに童貞だけど、お兄ちゃんは引篭もりニートじゃないからね? 雨音ちゃん絶対勘違いしてるよね!?」
《ふぅ、調整完了。 ん? いつも家にいるしお金ないじゃん》
ぐっ……確かにそうだけど、否定出来ない自分が悲しい。
「そ、それにだな、毎回俺の悪口挟む意味ないんじゃないか!? そもそもその魔法ってやつ必要なのかよ」
《だから、呪文とは深心にある真言を唱える事によって初めて効果を発揮するものなのだ》
「もういいや……それで俺の能力値はどうなった? さっきと一緒で何も感じないのだが」
《ご希望通りにバランス良く上から3・3・3・3・1だよ》
「まてまて、低すぎるだろ!? しかも何で通知表見たいな言い方してるんだよ!?」
《だから合計値を割っただけだって》
「それにしても最後の1って余りにも低すぎるんじゃないか?! いや全部低いとは思うが……」
その配列は若干だが心当たりがある。俺の最大苦手科目である、もしかして音楽か? いや、そもそも流石に通知表って事は無いよな。
《んー、"ガサガサ"道と、じゃなくて運でした》
「いま道徳って言おうとしたでしょ!? 絶対に通知表見てるよね!?」
そんな何年前の物か分からない通知表を参考に作られた俺の能力値は勿論こちらの異世界でも通用する分けが無い事を知ったのは僅か数時間後の事であった。
――その僅か数時間後の俺は何処にいるかと言うと。
――逮捕されてました。