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第八話  帝国王女の来訪

 帝国王女がやってきた。その名をナスタラーン姫。

 あくまでも調査団の一人としてなので、出迎えたのは大使館の人間と、エラン王国国軍の人間ばかりだ。港湾課の面々も多少はいるけど、口を利く予定はなし。特筆するメンバーとしては国王の代理としてやってきたサンジャル様がいる。

 アラム先輩はいない。『東のカシム』一味は現在のところ10人以上捕縛されたけど、それは街中で盗みを働こうとした者ばかり。まだ残党がいるからだ。騎馬隊に復讐心があるという話なので、国軍を狙ってくる可能性を考慮して、そっちとの連携を進めている。

 私はといえば、通常業務である。つまり、港での荷物チェック。王女が例の建物へと移動するのに合わせてそちらに向かえという指示なので、出迎え式には参加していなかった。

 ナスタラーン姫の乗った船が到着したのは昼過ぎだった。暑い時間を避けたんだろう。

 夕方には王宮の一角で歓迎の宴が開かれるのだ。その前にボディチェックを行うのが私とロクサーナの仕事である。



 ボディチェックのために部屋に入ってきたのは二人の女性。着替えだの、持ち込んできた他の品々については別の担当官が調べる手はずになっている。見覚えのある女官によって誘導されてきたので、これが本物で間違いないだろう。ヴェールをかぶり、日除けの外套を身に着けているけど、けっこうな美人だ。

「はじめまして。エラン王国国家治安維持部隊港湾課のラーダと申します」

「同じく港湾課の治療師、ロクサーナでございます。彼女の確認を終えました後に、診察させていただきます」

 二人で揃って礼をして、ロクサーナが医療用具の置かれている場所へと下がるのを確認してから、一歩近づく。

 さて、二人いるがどっちが王女だ?

 二人ともペテルセア帝国の伝統衣装を身にまとっていた。随所に刺繍の施された華やかなものだ。身体のラインが出ない服装なのはいうまでもなく、ヴェールの色との組み合わせも綺麗。

 年齢は20歳前後だろう。私やロクサーナよりは若干年上だ。

「お二人ともチェックさせていただきますので、えーと。上着をお脱ぎいただきますが、良いですね?」

 そう言って、私が一方の女性に近づこうとしたとたん、もう一人の女性から殺気が飛んだ。

「……ボディチェックさせていただく件は、事前に通知してありましたよね?」

 その女性に対してやんわりと言うと、二人は感心したような顔をした。


 出るわ、出るわのオンパレードである。

 何がって、刃物が。全身が仕込み武器みたいな暗器がゴロゴロ出てきたのである。

「まだ鉄針のようなものを何本かお持ちかと思います。そちらもお出しください。それと、ナイフでしょうか?金属質のものがありますよね。腰のベルトに仕込んであるのは非常用かと思いますが、それもいったん確認させていただきます」

 ナスタラーン姫の側近ニキ。同じような恰好だったので一見違いはなかったのだが、持ち物が違いすぎる。

 ニキの外套の下は暗器だらけ。何者だよ。

 迂闊に触るとこっちの手が切れそうなので、武装解除ってことで自分で取り払ってもらうことにした。

 腕、足、腰、髪の間など次々指摘していくと、ナスタラーン姫の目が興味深そうなものに変化した。

「お詳しいわねえ。あなたも暗器をお使いになるの?ニキの隠し武器は、ペテルセア帝国の王宮でだって完全に武装解除はできないのよ。彼女はわたくしの側近だから、特例として免除されているけど」

「いえ、鼻が利くだけです。あ、手首のベルトも何か仕込んでますよね?」

 さすがに裸にさせるつもりはなかった。けど、隠し武器が多すぎて、一度は危ういところまで脱がせるハメになった。

 鼻を頼りに金属質のものは一通り身の回りから除き、それらを箱の中に仕舞う。

「こちらの武器はいったん預からせていただきます。歓迎の宴の後に返却可能だとは思いますが、判断は上司に寄りますので、いつごろの返却になるかにつきましてはまだお約束できません」

「仕方がないわ。ねえ、ニキ?」

「……武器なくとも、姫様は私がお守りいたしますので」

「ふふふ。頼りにしているわよ」


 ナスタラーン姫については、暗器が隠されているなんてことはなかった。

 外套の下は素晴らしく美しい肌をしていて、ボディラインも完璧と言える。エラン王国の後宮にも、こんな美肌は見たことがない。

 その豊かな胸の間にガラス製のペンダントを身に着けていた。

「お二人も、今夜の宴には参加されるの?」

 気さくな性格なようで、ボディチェックの合間にも私やロクサーナに話しかけてくる。

「いえ、私たちは参加いたしません。姫君の歓待の席は、バハール様という方を中心に準備させていただいております」

 準備中の様子を思い出すに、歌や音楽といった催しもあるはずだ。

「踊りもあるかしら」

 ナスタラーン姫は言った。

「踊り、ですか?」

「ええ。さすがに連れては来れなかったけど、わたくしの召使いの中にエラン出身の子がいるの。彼女が教えてくれたわ。エランには歓待の席で女性が踊りを踊ることがあるのでしょう?」

「……ええと、どういった知識を仕入れられたのかは存じませんが、おそらく今夜はないと思います」

「あら、どうしてかしら。わたくしは歓迎されていないの?」

「いえ、そうではなく。その子が教えた歓待ってのは、男性向けで……、女性の歓待の席では披露されないと思います」

 言いづらいがそう口にした。

「なるほど。聴いていた通りなのね」

 ナスタラーン姫は残念そうに言うと、ふふふと笑った。

「さて、わたくしのボディチェックはこのくらい?後は診療さえ受ければよいのかしら。持ってきた荷物はどこにあるの?」

「お部屋の方に運ばせていただいております。危険物がないかどうかだけ確認しておりますので。お着替えをなさるのでしたら、そちらでお願いいたします」

「ええ、分かったわ」

 機嫌のいいナスタラーン姫を見ながら、私は口を開いた。

「それと、申し訳ありませんが、もう一つ確認してもよろしいですか?」

「あら、なに?」

「その、首にされているペンダントの中身についてです。それは何でしょう?」

「香水よ」

 にこりと微笑んだナスタラーン姫に、私は遠回しに言うことを諦めた。

「甘い香りがいたします。中に液体が入っているかと存じますが……ええとですね」

 コホンと咳払いをしてから私は続けた。

「それ、媚薬ですね?」


 ナスタラーン姫は目を輝かせた。

「ええ、そうなのよ!素晴らしいでしょう。ペテルセア帝国でも滅多に手に入らない東の国の品よ?聞いたお話では、王子殿下は女性慣れしておられないのでしょう?でしたら多少強引でも、わたくしの魅力に気づいていただいた方が手っ取り早いものね。これは東の国で王の心を捉えたという惚れ薬で……」

 待て待て待て待て待て!!

「ちょ、なっ……」

 絶句した私は、口をパクパクと動かした。

「何を考えていらっしゃるのですか!お、お、王女様ともあろう方が、び、媚薬を使う気なんですか!?しかも、他国の王子に!?」

「え。何がおかしいの?」

 きょとんと彼女は目を丸くした。

「習慣性とかを心配しているの?大丈夫よ、これは東の国の王宮で使われていたというもので、身体への悪影響は一切なしという触れ込みでしたもの」

 違うわ、ボケぇ!

「そうじゃありません!ほ、惚れ薬を使うなんて、国際問題になるとは思わないんですか!?」

「当人たちが納得済みなら問題なしだわ。ペテルセア帝国では、乙女が意中の殿方の心を捉えるために、この手の薬は人気あるのよ。それに、わたくしは王子と正式な婚姻を結ぼうと思っているのですから、その時期が早まるだけだと思わなくて?王子は真面目な方だと聞いたから、何かあったところで、きちんと責任をとろうとしてくださるでしょ」

「だったらなおのこと、薬なんかに頼らないでくださいよ!あと、その手の薬は、エラン王国では持ち込みが禁じられてますから!没収です!」

「えぇえええええ?高いのよ?」

「なら、お国に戻られる際に返して差し上げますから、とにかく今はダメです!」


 一国の王女に対して思いっきり怒鳴ってしまったことに気づいたが、もはや後には引けない。

「残念だわ」

 ナスタラーン姫はぽつりと呟いて、仕方なしにペンダントを外した。

「でもガラス瓶越しに正体に気づけるなんて、あなたも興味があるんじゃないの?」

「ペテルセア帝国の品位を疑いたくなるようなことはおっしゃらないでください。私は単に、荷物チェックでたまに見るので知っていただけです」

 港湾課の仕事をしていると、この手の薬を密輸しようとする商人がたまにいる。

 効果のほどは知らないが、高値で売れるらしい。特に東の国の品については、遠くの国に対する神秘性などもあって、後を絶たない。

 ガラス瓶に入っていても匂いが漏れるので、私にはすぐ分かる。

「分かったわ……」

 ナスタラーン姫は神妙な顔でうなずいた。

「エラン王国ではアウトなのね。では、ペテルセア帝国に招待した際に使うことにするわ」

 そういう問題じゃないわ、ボケ。

 というか、帝国には、媚薬を禁じる法律はないってことなんだな……。

「そんなに王子と結婚したいんですか?」

 呆れ半分に尋ねた私に、ナスタラーン姫は少し考え込んだような表情を浮かべた。

「分からないわね」

「え?」

 彼女はにこりと笑った。

「だって、お会いしたことがないのだもの。真面目な方だとは噂に聞いたけど、気に入るかどうか別問題でしょう。とはいえ、王族である以上政略結婚は避けられない。ならば、わたくしはわたくしを想ってやまない方が良いのよ。だってわたくし、浮気とかされるの嫌なんですもの」

「……」

 私は思わず、彼女をマジマジと見つめた。

 エラン王国では国王が複数の妻帯をすることは認められている。それ以外の男性だって、本人たちが納得済みなら禁じる法律はない。

 そこが女性が軽んじられる原因の一つだろうと私は思っていて、一夫一妻制度のペテルセア帝国を羨ましく思う点だ。

「わたくしに焦がれて欲しいの。わたくしだけを愛して欲しいの。他のどんな美姫も目に入らないほど、わたくしを求めて欲しい。そうであれば別に身分の低い男でも構わないのよ」

 堂々と言って笑う彼女は、間違いなくペテルセア帝国の女性だった。

 エラン王国でこんなことを言ったら、何を夢見がちなと思うだろう。特に後宮みたいなところで『自分だけを愛して』なんで、公言したら他の女性たちとの仲が悪くなると思う。だけど、だからといってそれを望んで何が悪いんだろう。

「素敵、です……」

 黙ってボディチェックの様子を見ていたロクサーナが呟いた。

「素敵です。そんな風に、運命の相手と想い想われる仲になれたらどんなにいいでしょう」

 それはきっと、どの女性も思っているはずなのだ。



 ボディチェックの時間は予定よりもかなり長引いた。

 私のチェックもロクサーナのチェックも予定通りだったけど、それ以外の大半を噂話に費やしてしまったからだ。歓迎の宴の準備があるからと係りの人間が急かしに来たので解散したけど。ナスタラーン姫と私たちは、すっかり仲良くなってしまった。

 バハール様は、たぶん、後宮の主としては彼女を気に入らないと思う。だけど私たちとしては、彼女が王妃としてこの国にやってきたら、国自体が大きく変わっていくんじゃないかという予感がして大歓迎だ。

「姫様、エラン語お上手ですよね。ペテルセア帝国の王室の方って、皆さんそんなに語学が堪能なんですか?」

「そうねえ。人に寄るとしか言えないわ。わたくしのエラン語は、半年くらい前に雇いはじめた子に教わったのよ。彼女はまだ未成年だけど、利発で行動力もあって、将来はきっとペテルセアに欠かせない女性になるわね」

「姫様はあの子を課題評価しすぎです」

「ふふふ、ニキってばヤキモチね?大丈夫よ、わたくしの側近はニキだけだもの」

「……」

 口を尖らせるニキへ、ナスタラーン姫は楽しそうに笑いかける。

「お二人はずいぶん仲が良いようですけど……」

 ロクサーナが尋ねると、ナスタラーン姫はますます楽しそうな顔になる。

「ええ。ニキはね、わたくしがまだ小さいころからずっと護衛を務めてくれているの。護衛というだけでは側にいられないからと、側近としての礼儀作法や語学なども身に着けて。努力家なのよ」

 ナスタラーン姫の評価を、ニキは静かに嬉しそうな表情で聞いた。

「そうだわ、二人とも、歓迎の宴の後は用事はある?」

「え?」

「余興をしようと思って、いろいろと持ってきたのよ。でもわたくしは歓迎される側で、一曲奏でる程度しか出番がないのよね。それでは物足りないでしょう」

 実に楽しそうな提案だったが、私とロクサーナは顔を見合わせた。

「仕事に戻らないといけませんのでそれほど長い時間待機しているのは難しいと思うんです……」

「歓迎の宴の後ということは夜ですよね。私たちがその時間に再びこの建物内にというのも難しいかもしれません」

 何しろ我々は、本来であれば王女と親しく会話をすることのできるような身分じゃない。

「そうなの。……残念ね」

 ナスタラーン姫は残念そうだったけど、そう言ってうなずいた。

「なら、滞在期間中にまたお話できる機会ができたら嬉しいわ」

「ええ、こちらこそです」



 □ ◆ □



 ボディチェック終了の連絡を行うと、続いては回収した武器や薬を仕舞いこまなくてはいけない。私一人の目では判断に迷うので、内容を報告して、指示をもらうのだ。どれも帰国時に返却する予定ではあるが、エラン王室の人間を害する可能性のある物だから。

 医療用具を持って先に報告に向かったロクサーナと別れ、私は鍵のかかる部屋へと移動した。

 打ち合わせ時に会った人物を探していると、その場には難しい顔をした男たちがいた。

 歓迎の宴用の衣装と思われる高級品を身に着けた背の高い男性……サンジャル様と、それに対して恐縮しつつ報告しているアラム先輩だ。アラム先輩は港から直接やってきたんだと思う。服にはあちこち砂がついている。

 サンジャル様は、重苦しいため息をついた。

「……悪い報告ですね」

「はい。港でウロウロしてた連中から聞き出した情報ですから、多少盛っているでしょうが、見逃せません」

「軍隊を狙っているのは間違いない?」

「正確には、騎馬を狙って動いているようです。現時点で襲われた馬の隊商が四つ。国軍の被害は数名ですが、いずれも『東のカシム』と思われる盗賊でした」

「……調査団が出発するのは、三日後を予定しています。それまでに捕縛を終えることは?」

「保証はできません。目立たないよう護衛の国軍をラクダに変更することはできませんか?」

「ラクダは追加で数を増やしてあるとは聞いていますがね。いざ、何かが出てきた際にラクダに乗った国軍では対処ができない」

「しかしですねぇ。なら、せめて三日後じゃなくて一週間後にしてもらうとかはダメなんですか?万が一だろうと襲われたら国際問題ですよ。そういう話ですよね?」

「滞在期間が延びるのは、お互いのためによくありません」

「だからって!」

「ひとまず王女には諦めてもらうとしましょう。調査団だけならば、最悪襲われてもなんとかなりますが、王女はどうしようもない」

「じゃあ、この屋敷で滞在を?」

「宴の席で要請しておきます。建物の警備を強化し、宮廷楽師を追加すれば、所詮は女です。どうせ調査団に加わるというのも王子へのアピールなだけですから気にされないでしょう。王子にも口裏を合わせてもらいます」

「あ~っと……」

 アラム先輩はポリポリと頭をかいた。

「ちなみに、王子殿下はどうする予定なんです?」

「どうとは?当然、王女の相手をしていただきますよ」

「調査団に加わったりしませんよね?」

「当たり前です」

「……なら、いいか」

 コホンとアラム先輩は咳払いをしてから、続けた。

「ペテルセア帝国の王女は自尊心の高い方だと伺ってます」

「……?ええ、そうですね。そういう評判ですが。それがどうしました」

「サンジャル様は、あまり喋らない方がいいと思います。では、失礼」

 礼をして、アラム先輩はそそくさと逃げるようにしてその場を離れ……、私が入り口にいるのに気づいて目を丸くした。



「げー、ラーダ!なんでこのタイミングだ」

「それはこちらの言葉です。単に武装解除した品を運びに来たんですけど」

「なるほど。それはこっちだ、来い」

 部屋の一角に、さらに頑丈そうな箱があるのを指差しながらアラム先輩が言う。大人しくそれについていきながら、私はチラッとサンジャル様の様子を伺った。彼は先輩の言葉をさほど気にしなかったのか、他にいる部屋詰めの兵士たちと話をしている。

「この部屋って、何なんです?やけに人が多いですけど」

「ああ。歓迎の宴っつったって、最低限の警備は必要だろう?とはいえ、他国の要人相手じゃ、最低限だと不安だってんで、サンジャル様の指示で予備の兵士たちが何か所かに隠してあるんだよ」

「……」

 私が不満げというか、不安げに眉を寄せたのが分かったらしい。アラム先輩は笑みを作った。

「港湾課の調査官が気にかけるような話じゃない。俺たちはあくまで通常業務をキチンとこなすこと。それが国のためだ」

「……ええ、まあ。そうですね」

 私が不満だったのは、あくまで、兵士を隠してあるという事実に対してだ。

 ナスタラーン姫と仲良くなった今、彼女が滞在期間を楽しく過ごしてくれればいいと心から思っている。その場に、物々しい雰囲気は相応しくない。

「で……。王女たちは何を持ってたんだ?やけに重そうな箱だな」

「姫様の護衛は、なかなか物騒な武装をしておりまして」

 鍵のかかる箱の中に、運んできたニキの暗器とナスタラーン姫のペンダントを納めた箱を入れる。後は鍵をかけてしまえば、滞在期間中の他の人間が開封することはない。

 ゴソゴソと作業をしていると、アラム先輩が眉根を寄せたのが分かった。

「ラーダ」

「はい」

「……おまえは鼻が利く方だな?」

「ええ、もちろん」

 アラム先輩もまた、港湾課の調査官だ。鼻は良い。ペンダントの中身に気づいたんだろう。

「いやぁ、王族って怖えーなー。なりふり構わないというか。だがラーダ、これ、絶対王子には言うなよ?」

「え、言いませんけど、なぜです?」

「あの真面目なファルのことだ、自分に薬を盛ろうとしてたなんて知ったら、王女への印象がガタ落ちだろ。一応、俺たちとしては、二人の仲が上手くいった方が国のためなんだからな」

「ええ、まあ……」

「で、美人だった?」

「は?あ、姫様ですか?ええ、そりゃもう。素晴らしい美肌で。スタイルもめちゃめちゃ良かったです」

 こう、と思わずボンキュボンなラインを手で辿ろうとして慌てて止めた。

「薬なんかなくても、普通の男ならくびったけだと思います」

「そりゃいいなあ。俺も一目見たかった」

「一目くらいなら滞在中に機会もあるんじゃありませんか?」

「いーや。おまえ、さっきからいたなら聞いてただろ?『東のカシム』の連中を潰さないことには、万が一にも調査団に被害が出たらエラいことになるからな」

「先輩って、ホントに港湾課の調査官ですか?権限逸脱してません?」

 首をかしげた私に、彼は笑った。

「そりゃ、おまえより先輩な分、ちょっとばかりやることが多いだけだ。おまえだってご指名が来たら何やらされるか分からんぞ」



 他人事のように聞いていた言葉だが、残念ながらそれは夜のうちに納得することになった。

「ラーダ、明日は朝から離宮に行け」

 事務所で翌日の船の確認をしていた私に、アラム先輩が気の毒そうに言った。

「離宮ってどこです?」

「知らないのかよ。今日行ったばかりだろ」

「ああ、あそこですか」

 離宮なんて呼び方、誰もしていなかったぞ。そう思いながらうなずく。

「なんでまた?またボディチェックですか?」

「いや。王女に、大帝国跡地の調査団に加わるのを諦めてもらうのにな。サンジャル様がいろいろと交渉を持ちかけたらしいんだが。サンジャル様の発案ではことごとくお気に召さないようで、離宮に滞在してもらう代わりとして王女が要求してきたのがそれだった」

「ちなみにサンジャル様のご提案は?」

「宮廷楽師を呼ぶとか、旅の商人を呼ぶとかだったらしいぞ?後宮を参考に」

「そりゃ気に入らないに決まってますよ。宴の席で自分たちがやる余興だって考えてきてたらしいのに、他人が何かするばかりの歓迎なんて、嬉しくないはずです」

 どちらかというと一緒に楽しみたいというタイプのはずだ。

「おう。俺もそう思う。それにサンジャル様は女性蔑視の強い方だからなー。王女と喋らない方がいいと思ったんだが。せめてバハール様から提案してくだされば、マシだったろうに……」

 言っても仕方のないことではある。

「で、だ。王女から、ボディチェックを行った二名のことが気に入ったから、彼女たちを離宮に寄こしてくれるなら、調査団から外れることを承諾しようというわけだ」

「それは……。私としては彼女のことが気に入ってますので構わないですが。アラム先輩?」

「ん?」

「私が明日、一週間ぶりの休暇日だってことは、承知でおっしゃってるんですよね?」

「……休日出勤手当は、出る」

「了解しました」

 にこりと私は笑った。


 

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