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第五話  不死鳥の雛

 その日、港湾課は忙しかった。


 港にやってきた最初の船には、偽物の骨董品が山と積まれていた。ペテルセア帝国よりもさらに東の国で作られたという陶器もどきである。私にはちっとも区別がつかなかったのだが、アラム先輩が一目で見抜いた。

「よく分かりましたねー。焼き物の質感の違いなんて」

「こういうのは慣れだな。ラーダも本物と見比べる機会があればすぐに覚えるさ。だいたい、本物は肌触りが違う。艶々してて、なるほど高価だってのが納得する出来だ。そこんとこ行くと、この船に載ってたのは土を焼いて適当に色づけしただけなのが一目瞭然。偽物としても粗悪品だな。たぶん、ペテルセア帝国内か、その属国か……、分からんがとにかく極東の品じゃない」

「でも、輸入品として処理するんですよね?」

「船主が偽物だと承知の上で仕入れてるとなー、港湾課程度では規制できないから。せいぜいできるのは商品タグのところにケチをつけるだけだ」

「買い手が騙されないといいんですけど」

「偽物と承知の上で買うってことも、あるからな」

 次の船には麻薬が隠されていた。

「没収ー」

「うわぁ、こんなに粉ばっかりどうするんです?捨てるんですか?」

「焼却処分だろうなあ。船積して持って帰るっていうならそれでも良しってことになるだろう。エラン王国じゃアウトだけど、別にこの薬を持ちこめる国はあるだろうからさ。船一杯ってことは一財産どころか、五、六財産にはなると思うから。焼却処分しようとしたら、別の犯罪者が出てきそうだ」

「どうしてこんなものがチヤホヤされるんでしょう。身体を滅ぼすって分かってるのに」

「一時の快楽が得られると聞けば、それに誘惑されるやつは少なくないってことだ。あと、単純に好奇心だよなー、一度くらい体験してみたいって感覚は、俺にも分かる」

「え。まさか先輩……?」

「ところが、なまじっか俺のように知識があると、デメリットも知ってるから怖くて尻込みしちゃうんだよ」

 デメリットを知らなきゃ、一度くらい手を伸ばしたかもな、と先輩は言った。

 その次の船が、本日最大の事件と言えた。


 船主は、その荷物を見せることにとことん抵抗した。

「だから!一度でも開けて中身に何かあったらどう弁償してくれるんです?お金では取り返しができないんですよ!あんたら、責任負えるのか!」

「そうは言っても、規則だからねー。中身をチェックしないで通したとなったら俺たちもクビだし」

「私たちのチェックが入っていなければ、どちらにせよ国には持ちこめないですよ?それともこのまま停泊させておきます?たぶん、一年経っても二年経ってもこのままで、その間商品価値ゼロですけど」

「ふ、ふざけないでください!だからどうやって責任とってくれるんだと……!」

「なんでそこまで開けるのを嫌がるんです?中身を教えてくれたら考えないでもないですが」

「おいおい、迂闊なこと言うなよラーダ」

「話を聞いて、それは納得ってことになればまた違うかもしれませんよ。けど、現状ですと、それこそご禁制の品を持ちこもうとしてるんじゃないかということで、とりあえず差し戻し。……つまり、船を戻してもらわないといけません」

 私が言うと、船主はしぶしぶと口を開いた。

「だ、だから。その……。決して、決して誰にも言わないと約束してくれますか?」

「できません。問題あるものでしたら報告しないといけないので」

「おいおい、ラーダ。そこは口を合わせろよ……」

 アラム先輩は呆れた顔をしたが、気を取り直したらしい。警戒心を強めた船主に向かって笑いかけた。

「ラーダはこの通り言ってるが、もちろん船の積み荷についてを他にペラペラ喋ったりはしない。報告書についてだって、問題のあるものじゃなきゃ形式だけだ。それよか、あんまり注目集めるとヤバイんだろ?話してくれ」

 船主はもうしばらく迷った末、こう続けた。

「不死鳥の、雛なんです」

「……へ?」

 私が目を丸くするのと、アラム先輩が目を輝かせるのは同時だったと思う。

「知っての通り、不死鳥は炎でできた伝説の鳥です。その鳥の雛も、炎の鳥というからには、周囲を燃やしてしまうかもしれません。ですから、荷物を預かって以来、一度も開封していないし、私自身、中は見ていません。中身を知られたら盗もうとする連中もいるでしょうから、なるべく知られないように運んできたんです」

 船主は大真面目である。

「え、えーと。金属の箱でしたけど。それに入ってるんですか?」

「そうです。木の箱では燃やされてしまうからだと思います」

「密封してあったみたいですけど。生き物だったら息が出来なくて死んでしまうんじゃ?」

「不死鳥というくらいだから死なないでしょう」

「……」

 もう一度言う。船主は大真面目である。

 私はアラム先輩の顔を見やる。彼の目はランランと輝き、「うわー、見たい。ぜひ見たい。本物なら触りたい」くらいのことを雄弁と語っていた。

「不死鳥って、雛とかいるんですか?」

 私は首をかしげた。

「生涯を終える時、炎の中に飛び込んで、そこで真新しい幼鳥になるっていう鳥ですよね?親から生まれるわけでもないのに、雛って……」

「いやいやいや、考え方によっては炎の中で一度雛に戻るのかもしれないしな?」

 アラム先輩はニヤつきながら言ったが、それからコホンと咳払いをしてから、船主に言った。

「けど、船主さん。今の申請で通すのは構わないんだが、一個だけ忠告しとくぞ?」

「な、何を……」

「たぶん、それは詐欺だ」

「えええ!?」

 神妙な顔を作りながらアラム先輩は続けた。

「勝手に荷物を空けたとなれば、あんたが罪を着せられるかもしれない。だから、念のため荷物を運び入れる前に港湾課に報告してボディガード付きで行った方がいい。あんたが荷物を開けていないことはこっちで保証してやる。でもな、不死鳥なんてのは伝説でしかない。あんたが荷物を届ける予定の相手は、たぶん騙されて買ったんだろな」

「そ、そんな……」

 船主はがくりと肩を落とした。

 彼だってきっと、本物なら一目見たいと思っていたクチなんだろう。運んでくる最中、開封してみたい誘惑にずっと耐えて来たに違いない。

「そりゃ、本物だったら俺だって見たいしなあ」

 アラム先輩は残念そうにそう言って、船主を手続きのために事務所へと連れていく。

「あ、ラーダ。念のため見張っとけ。例のやつで毒がないかチェックしといてくれ」

「はい」



 残された私はいつものように古いペンダントを取り出した。

 金属の箱は船倉の中央に大事そうに置かれている。私もまた、盗難の疑いをかけられたくはないので開封する気はないんだけど、この中に不死鳥もどきがいるとしたら、それはきっと、綺麗な鳥なんだろうと思うと心が痛んだ。

「船で運ばれてもう何日経ってるのかな。生きてないよねぇ……」

 空気穴ひとつないっていうのがヒドイ。仮に生き物だったら食べものを与える必要もあるだろうに、その配慮もなさそうだ。でも不死鳥って物を食べたりはするのかな?餓死したりはしないのかな?

「まあ、でも一応ね」

 ペンダントを近づける。その宝石の色が変化するのを見て、神妙な気分が一変した。

「……ぇ?」

 とっさにアラム先輩を呼ぼうと思ったが、船主を連れて事務所に向かっている途中のはずだ。ってことはまだしばらく戻ってこない。

 私はおそるおそる他の荷物にも同様のことをしたが、反応があるのは金属の箱だけ。

「ちょっと、待って。不死鳥って毒だっけ?」 

 アラム先輩と違って、私は歴史的な考察については詳しくない。おとぎ話を知っている程度だ。


 おとぎ話によれば、不死鳥というのは文字どおり不死の鳥。

 炎そのものの身体をしていて、迂闊に触ろうとすれば火傷を負ってしまう。その血には不思議な力が秘められているため、万病の薬にもなり、また永遠の若さが手に入るという噂があって、世界中の欲高い人間に狙われている。

 だけどおとぎ話では、欲高い人間たちは、その炎に巻かれて皆滅びる。

 生涯を終える時、炎の中に飛び込んで、そこで新しく生まれ変わる。そのため、不死鳥は時代が変わっても常に同じ鳥だ。

 炎そのものの身体なのに内部に血が流れているのかどうかということについては、おとぎ話なのでツッコミを入れないでおきたい。

 アラム先輩に言わせれば、炎を思わせる赤い鳥で、その血が万病に効くという伝説のある鳥と、火災などの際に舞い上がる炎が鳥のように見えるということが合致した結果だろうとのことだ。欲高い人間がしっぺ返しを食らうのは、おとぎ話の常だしね。

 エラン王国には古くから、悪しき物を浄化するとか、穢れを祓うとかといった理由で炎を神聖視する風潮があるので、それもあって不死鳥は特別だった。太陽の化身とも言われている。

 治療師のマークにも使われているように、不死鳥自体を信仰する人間だっていないことはない。死に怯える生き物は、死なない存在を恐れ、憧れるものなのだ。


「……どっちかというと解毒、浄化であって毒そのものじゃないはず、だよね……」

 持てる知識を総動員した結果、改めてこの箱の中身は不死鳥ではないような気がした。

 では、なんだ?

 急に不気味なものに思えてきて、金属の箱を見上げる私の鼻が、別の臭いを嗅いだ。


「……?」

 息を殺し、私は船倉の入り口から外を伺った。

 嗅いだ臭いは人の、それも海の男たちとは少し違った臭いだったのだ。

 乳香の香りだと気づいて甲板を覗く。そこにいたのは三人の男だった。身なりは粗野で、海の男たちと似た服装をしているが、それよりももう少し汚れが目立つ。ぜひとも海で泳いで洗ってこい。

 乳香の香りをさせているのは男たちではなさそうだ。海に突き落としてやろうかと思うような汗臭く砂臭い三人組は、ずた袋を持ち、腰の短剣を確認しながら船の様子を伺っている。どうやらロープを使って直接甲板に上がってきたらしい。

 アラム先輩が船主を連れて船を離れるのを見ていたのかもしれない。シャハーブの言葉を思い出した。

「本当に誰もいないらしい。チャンスだ」

「船の持ち主が戻ってくる前に、あらかたいただいてしまおう」

「親分も人使いが荒いよなっ」

 一人が言うと、もう一人がうなずき、三人目は船室に向かって歩きはじめた。

 マズイ、と私は一度船倉に隠れた。

 こういった船の中で金目のものがあるとしたら、船長室か船倉と相場が決まっている。そして、盗賊の類は欲深なので、船長室で多少の手柄があったからとそこで引き返すほど諦めは良くない。

 私は腰飾りを紐解きながらタイミングを待った。

 チャンスが来たのは数分後だった。どうやら船長室にはこれといった成果がなかったらしい。ズカズカと船倉を目指す男たちが狭い通路で一列になるのを見て、私は横合いから姿を見せた。

「なっ!?」

「何者だ!」

「人が残ってたのか!」

 男たちが口々に言い、短剣を取り出すのを待たずに私は動いた。

 まず、先頭の男の顔を腰飾りの布で封じる。背の高くない男だからこそできる奇襲だ。不意打ちで顔に布を縛りつけ、動揺したところに足を引っかけ転ばせるのだ。思いっきり押しのけて、二列目にいた男に向かって、先頭の男を後ろ倒しにする。ドスウン!といい音がした。打ち所が悪かったのか、一列目の男はそのまま気絶してくれたようだ。これで一人!

 不意打ちに反応できなかった一人目によって身動きを止められ、二列目の男が慌てる。三列目の男は冷静に、数歩離れて巻き添えを免れた。ちぃ。一緒に倒れてくれればよかったのに。

「港湾課の制服!」

 三列目の男は私の正体に気づいたらしい。仲間を見捨てて迷うことなく逃げ出しにかかる。ヤバー。

 だが、通路の終点に現れた人影に驚愕した。

「回りこんでいただと!?」

 三列目の男が動揺している隙に、現れた人影は拳を握り、腹部に一発食らわせた。

「ふざけるな!ならっ……」

 二列目の男が動揺から立ち直った。倒れた一列目の男を押しのけると、私さえも押しのけて奥へと進む。

 そちらには船倉があるのだ。

「へ、へへへっ。荷物が惜しけりゃこっちの言い分を聞かないわけにはいかねえだろ!知ってるんだぜ、港湾課は荷物に破損があるとクビになるんだってなあ!」

 それはもう、船内に侵入された時点でクビになりそうですけどな!

 私の動揺を誘いたかったんだろうが、そうはいかない。

 男は船倉の扉を開こうとして、動揺した。

「あ、開かねえ!」

 当たり前だ。一度戻ったのは何のためだと思ってる。万が一のことを考えて扉に鍵をかけたに決まっているだろう!

 私は扉に張りついて動揺する男のところまで駆け寄ると、その首後ろの服を引っ張っる。

「うげえ!」

 ズリリリリ!

 残念ながらドンとばかりには倒れてくれなかった。だが、体勢を崩して尻餅をついたのは間違いない。ここで縛ってしまえば、と腰元に手をやった私は舌打ちした。腰飾り、さっき使っちゃったよっ。

 二列目の男は立ち直りが早かった。再び体勢を戻すと私に掴みかかろうとする。

「細い男一人で、何ができるっ!」

 男じゃないってば!

 床板に倒されて首根っこを押さえられ、私が苦しさに身悶えた瞬間である。

 通路の終点にいた男が、二列目の男の手首をねじり上げた。

「一人じゃなかったら?」

 ふわりと香る乳香。

 ああ、こいつからしてたのか。

 半ば納得しながら、私は手から逃れて転がった。

「っケホっ、ケホっ……」

 細い船内の通路じゃ、まともに転がることなどできやしない。なんとか起き上がって見上げたところ、目の前で男が二列目の男の腹部に拳を叩きこむところだった。

 ドサリ、と実にあっけなく二列目の男は倒れた。


「た、助かりました。どうも……」

 首元をさすりながら起き上がり、私は警戒を解かない。港湾課の制服を着ていない以上、この男も所詮侵入者だ。

 だが、振り返った男の顔に見覚えがあり、私は唖然と口を開いた。

「ファル?」

 服装がやたらと高級品な上、乳香の香りまで漂わせてるものだから気づかなかった。

 ファルザード王子。実に三日ぶりの再会である。もう二度と会わないかと思ったんだけど。


「君は……、毎度毎度、こんな危険なことをしているのか」

 ファルはどうやらお怒りの様子である。イラついたようにそう呟きながら、倒した男たちの息の根を確認する。殺すような倒し方はしてなかったから無事だろうけど。

「滅多にありませんよ、こういう騒ぎは。それに、いつもはアラム先輩と一緒ですし」

「アラム……?」

「以前、事務所にいましたでしょう。私の上司です」

「ああ。いたな。彼は今どこに?」

「船主を事務所に連れに行ってます」

 素直に答えた後、首をかしげた。

「それにしても王子、どうしてここに?」

 私の質問に、彼は気分を害したらしかった。憮然とした表情を浮かべてぽつりと口を開く。

「王子、は止めてくれ。君に、それを名乗った覚えはない」

「……では、ファルさん」

 なかなか難しい男である。まあ、言われなきゃ王子だなんて一生気づかなかっただろうけど。

「アラム先輩が戻ってきたら、今度はこの男たちを突き出さないといけないんですけど。王子……いや、ファルさんはどうします?」

「……船主に、用があって来たんだ。事務所まで同行させてもらってもいいか」

 それでピンと来た。

 ランプに興味があったのと同様、この船にはファルが興味を持ちそうな不思議な品があるのである。

「ファルさんて、おとぎ話が好きなタイプですか?それとも歴史?」

 ちなみに港湾課では、おとぎ話が好きなのは私やロクサーナ、歴史が好きなのはアラム先輩である。おとぎ話は好きだけど実際の歴史にはさほど興味を持たないので、『やっぱり女の子だなー』とかって馬鹿にされるのは納得いかないけどね!

「どちらかというと、後者だが……」

 彼は黙りこんだ。都合が悪いとすぐ黙るなー、この男。

「そういう聞き方をするということは、この船に載せられているものについて、知っているのか?」

「さあ、なんのことでしょう」

 すっとぼけた言い方をしながら、私はとりあえず倒した男たちをズリズリと出口まで引きずっていく。

「……話半分には知りましたが、実物は確かめてませんので」

「では、本当なのか。シャーロフ大臣は、本当に不死鳥を手に入れたと!?」

 いや、なんですか、それは。

 

 きょとんと目を丸くした私に、失言したのが分かったらしい。ファルは口元を押さえて目をそむけた。

「あ、い、いや、その、……なんでも……」

 なんでもないと言おうとしたのだろうけど。

「君は、多少の事情を知っている。相談に乗ってくれないか」

 切羽詰ったような声で言われたけど、私としては即座にOKは出せないんだよねえ。

「ええとですね。ナイショ話でしたら、とりあえずこの連中を突き出してからにしませんか?」

 船に潜入してきた盗賊相手に聞かせたら、何を企むか分かったもんじゃないからね。



 アラム先輩が戻ってきたのは二十分ほど後だった。

 ファルがいることに驚いた様子だったけど、それよりも捕縛した盗賊三名を見て、大笑いしていた。

「あはははははは!ラーダ、すごいな!これで三人かぁ。てか、犯罪教唆になってたらどうしようかな」

「失礼ですよ、先輩。彼らは私がいるのを見て入ってきたわけじゃないですからね」

 女が見張っていても大丈夫だろうと思って潜入してきたわけではないはずだ。

「女性の努力を笑うのはどうかと思うが」

 ファルが渋い顔をしたが、アラム先輩はひらひらと手を振った。

「逆だよ。いちいち『女だから』で態度を変える方がよほどヒドイと思うね」

 にこりと笑ってから、アラム先輩は「で」と続けた。

「ファル。今日はずいぶんとご立派な恰好をしているようだけど、キミも他人の船に勝手に潜入したことには変わりない。事情を聞かせてもらおうかな」

「……先輩?」

 もしかしたらこの人は、ファルの正体に気づいてるんだろうか。前回も知ってて、敢えて無視をしていたとか?

 チチチ、と先輩は指を振ってファルに対してウインクした。

「俺は、キミのことを『ファル』としか知らない。荷運びをしていた通りすがりだ。前回はそれでよかったが、今回は通りすがった場所が悪い。他人の船の船倉ってのは、普通、通りがかる場所じゃないだろう?」

「……なるほど、そうだな」

 ファルは素直にうなずいた。

「とはいえ、こっちとしても盗賊退治に協力してくれた民間協力者を、いちいち捕まえるような真似はしたくない。つーことで、キミは今回もただの『ファル』だ、いいね」

 ファルは驚いたようだった。アラム先輩のニヤニヤした笑みを、感心したような顔で見返す。

「アラムと言ったか。こんなところで埋もれているには惜しい人材だな」

「お褒めに預かり光栄だけど、俺はこのあたりが出世の限界なんだよ」

 軽く笑って、アラム先輩は改めて調書のフリをした報告書を取り出した。どうせまた、カシム三人を捕まえたとか書くんだろう。彼の報告書を渡される先がどう考えているのか、今更ながら気になってくる。

「事務所まで連れていくのが面倒だから、ここで聞いてしまおう。この船は、後で調査員が入ることに決まっちゃったんでね」

「そうなんですか?例の雛はどうなるんです?」

「一応、その箱は開けないで調べることになった。万が一本物だったら困るってのもあるんだけど……」

「先輩、あの箱、中身は毒です」

 私の言葉に、アラム先輩は目を丸くした。

「……うわー、面倒だ。もっと面倒なことになった……」

「どういうことだ?」

 不死鳥だと思い込んでいたんだろう、ファルが首をかしげる。

 私たち三人は声を潜めたまま、情報交換をはじめた。



 まず、私からは金属の箱から毒反応があったことを報告する。臭いの方は分からない。さすがに金属の防壁は厚すぎた。

 アラム先輩からは、船主が荷物を届ける相手はベフルーズという名前の商人だったという話。わりと手広くやっている商人で、今のところ特に前科はない。彼が不死鳥の雛を売る予定だった相手までは船主は知らなかった。

 そしてファルからは。

「……どこから話したものか分からないのだが。この件は基本的には他言無用に頼みたい」

「捕まえた商人とかにもよく言われるんだけどさ、俺たちに他言無用って無理だからね?ケースバイケースだけど、報告しちゃうから」

「う……、では、せめて必要以外には漏らさないと約束してくれ」

「まあ、いいけど」

「先輩、話が道に迷いますから」

「ハイハイ」

 というわけで話に戻る。

「この国には、王位継承権を持つ者が三人いるんだ」

 またいきなり大きな話だな、と私は呆れた。

「一人は王子ファルザード、もう一人は王弟であるサンジャル、最後は大臣職にいるシャーロフだ」

「まあ、それくらいは知ってるけど」

 アラム先輩はそう言ったけど、申し訳ないことに私は知らない。知ってるのは大臣がシャーロフって名前だってくらいだ。

 そもそも庶民は王様が誰かってことは知っていても、その次の王様が誰かっていうことにはさほど興味がない。大きく方針が変更されそうだったらさすがに気にするけど、ペテルセア帝国の影響下にある以上、そう簡単には変わらないはず。

「このうち、王弟サンジャルは、王位継承で揉めることを避けるため、王子が産まれた時点で彼を支持すると発表していた。シャーロフは血統的にはかなり薄いので、可能性は低かったんだ。だが……。次期王妃にとシャーロフが自分の娘を推していたのを、ペテルセア帝国とのつながりを強化したい国王によって反対され、仲違いしたという噂があって。シャーロフは自分が王になるために、いろいろと怪しいものに手を出しはじめたらしいのだ」

「情報提供はどこなんです?」

「シャーロフの、娘だ。オレと彼女とは幼馴染で……」

 あー、なるほど。シャーロフ大臣は娘を王妃にするつもりだったから、小さいころから会わせていたのか。

「『魔神のランプ』や『不死鳥』など、西の大帝国時代の遺物とされているものを、世界中から集めはじめたらしい」

「前者は分かるけど、後者はなぜです?」

 私の疑問に答えてくれたのはアラム先輩だった。

「シャーロフ大臣は、もう80歳近い高齢だからなー。息子や孫ならともかく、本人が王になろうとしたら、寿命を延ばさないといけなかったんだろう」

「え?」

「大臣はわりと子沢山な方だけど、一番若い娘だって30歳を超えている。王子との縁談はせめて孫にした方がいいんじゃないかと船乗り間では言われていてね、結婚が早かった長男のところの息子はもう30歳になるし、実現するならそっちだろうと予想されてたんだ。大臣は誠実な人柄で国王との仲も良かったから、まさか自分が後継者に名乗り出るとは誰も思ってなかったし」

 目の前のファルは20歳前後に見えるから、ずいぶんと年上の婚約者候補である。

「詳しいな」

 ファルが驚いたような表情でアラム先輩を見やった。

「船乗りや商人ってのは情報が命みたいなところがあってね。俺はそっちと仲がいいから」

 ニヤッとアラム先輩は笑った。

「で、不死鳥の雛は、シャーロフ大臣が買ったものだと?」

「おそらく。だが……、シャーロフが仮に王になるとしても、不死鳥を国内に持ちこむのは止めてもらいたいのだ。伝説によれば不死鳥は、自分を害する者に容赦がないという。国が滅んだりしたら、困る」

「そんな大事だと思ってたなら、どうして一人で探しに来たりしたんです?」

 私が首をかしげると、ファルは決まり悪そうな表情を浮かべた。

「……おとぎ話を本気にしている者など王に相応しくないと、サンジャルたちに止められるのだ」

 あー、なるほどー。

 私とアラム先輩は、思わず納得した顔でうなずき合ってしまった。

 現場で働く人間からしたって、不死鳥の雛なんてものは信じがたい代物だ。それを、一国の王がまともに受け止めて本気で止めようとするなんて、正直なところ為政者としてどうよって不安になってもおかしくない。

「けど、伝説だけを頼りにすれば、不死鳥が毒なんてことないですよね?」

 私がアラム先輩に聞くと、彼は首をひねった。

「さあ。自分を害そうとする者を毒で殺す生き物ってのは、多いんだよ。蜂とか魚とかね。一種の防衛機能だな。人間はそういった機能がないから、武器を作って使ったりするわけだ。植物から採る毒と違って、効力は一瞬なことが多くて、人間がそれを利用できるかというとまた違うんだけど……」

「一瞬?どうしてです?」

「危ない!と思った瞬間に、毒を作るって機能なわけだ。本人にとってもあまりやりたくないことなんじゃないか?」

 軽いノリでアラム先輩は言った。動物の場合、自分で作った毒は諸刃の刃ってこともあるってことだろうか。

「でも、それなら不死鳥が毒化しててもおかしくないですね。だって雛は捕まってるんですよ。今にも殺されると思って毒化してるんだったら、箱を空けた瞬間に、国が滅びるほどの毒をまき散らしてくるかも」

「いや、不死鳥だから殺しても死なないとは思うから、純粋に捕まったことに対する怒りかな」

 私とアラム先輩の言葉に、ファルは青ざめた。

 彼はとことん真面目な人物であるらしい。でも未来の王様としてはちょっと不安だな、真面目すぎて。

「どうすれば……」

 ファルの言葉に、アラム先輩は肩をすくめた。

「一番楽なのは、大臣に買い取り拒否させて、荷物を追い返すことじゃないか?大臣だって、自分が長生きしようと思って購入した不死鳥で死にたくはないだろ。毒化してる可能性を教えて、その上でベフルーズには賠償金を払えば、双方の顔が立つ」

「しかし、それでは荷物を送り返した先が危険だ」

「エランで開けるよりマシだろ」

 アラム先輩の提案は、ファルには受け入れがたいものであるらしい。真面目っ子ってつくづく面倒である。けど、毒と分かってて他人に押しつけるのは、人としてどうかという話ではあった。麻薬を焼却処分するかどうかっていう話を思い出した。

「……あれ?」


 私はふと首をかしげ、今日の朝から受け入れていた荷物のことを思い出した。

 骨董品と、麻薬。そしてこの不死鳥の雛。別に共通点を見つけたとか、そういった話じゃない。


「先輩、ファル。一つ疑問があります」

 私は居住まいを正して口を開く。

「そもそも、この不死鳥の雛は、本物なんでしょうか」

「何?」

「どういう意味だよ?」

 ファルとアラム先輩の顔を交互に見やりながら、私は呆れ半分の顔をした。

「そもそも、不死鳥の実在については怪しいという話をしてました。なのに、それが毒化しているかもしれないなんて大真面目に考察するのもおかしな話です。

 これが、そもそも不死鳥でもなんでもなく、偽物だった場合はどうでしょう。鳥かどうかも分かりませんが、中に入っているのが毒であることは間違いない。そして不死鳥が自己防衛のために毒化しているのでなかったら、その毒は誰を狙ったものです?おそらくそれは、シャーロフ大臣です。だって、血が欲しいのは彼なんですよね?物が物だから、当人以外の手で開けられることはないはずですし」

「……それは……」

 ファルの顔色が変わった。

「シャーロフ大臣が、誰かを狙って取り寄せた毒か、あるいは大臣を狙って仕込まれた毒かは分かりませんけど」

「後者だ」

 ファルが短く断じた。

「シャーロフが毒を使うはずはない。また、使うとしたら海外から取り寄せるなんてルートを使わなくても方法はあったはずだ。能吏である彼を殺せば、エラン王国は混乱に陥る。それこそ、先日の、病にかかった男の依頼人のようにこの国の混乱を狙った犯行だ」

「あー……」

 ファルが結論を胸に動き出そうとした時である。アラム先輩が困ったような表情を浮かべた。

「俺、もっと嫌な推測に気づいちゃったんだけど」

「なんだ?今はどんな可能性でも考慮しておきたい。言ってくれ」

 ファルの言葉に、アラム先輩は困った顔のまま指をピッと立てた。

「シャーロフ大臣は、ただ利用されただけじゃないかな。大臣の命を狙ったなら、不死鳥の雛なんていう目立つ、かつ胡散臭いものに偽造する必要はない。もっと目立たないもので狙うはずだ。それが、敢えて目立つものにしたのはなぜか?……ファルザード王子、おまえを釣るためだ」

「な、なに?」

「この国で、本気で不死鳥を警戒するようなのは王子だけだ。他の者は信じたとしてもそれを購入するようなお金はないし、そうでなくても不死鳥の噂を本気にして、こうして他人の船に忍び入ってくるような行動力があるようなのはファルだけだよ」

 チチチ、とアラム先輩は指を振った。

「国を案じたファルは、当然この不死鳥を大臣から引き離そうとするだろう。中に入っているのが毒だろうと不死鳥だろうと関係ない。だが、それは世間にはどう映る?大臣を守るべく動いた王子か?違うなー。せいぜい、不死鳥を真に受けて動いた間抜けな王子だな」

「……」

「不死鳥を引き離せなければ、さらに状況は悪い。大臣は死んで、その犯人と目されるのはおそらく、王子だ。なぜなら王位継承権を持つ者のうち、国内外から手腕を信用されている大臣は、もう少し若ければ次代の王に推薦されるのは間違いない人材だった。それが王と仲が険悪になったとなれば、いよいよ王子を排除に出てもおかしくない。危機感を煽られた王子は、疑心暗鬼にかられ、海外から毒を仕入れて大臣を狙うという筋書き。犯人は分からないはずだった?とんでもない。そもそも不死鳥に偽造するなんていうことを連想するようなのは、歴史や伝説が好きな王子くらいだ。王子が犯人に違いない、と国の誰しもが考える……」

 いつもいつも思うんだけどアラム先輩は頭がいい。

 港湾課は肌に合うんだろうけど、もっと出世できてもおかしくない人材なのになー。

「つまり」

 アラム先輩はニヤッと笑った。


「狙われたのはファルザード王子、おまえだ」



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