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第二十八話 魔法の絨毯

 ナスタラーン姫の乗った船が出港した翌日。私を待っていたのは通常業務だった。

 寂しいとか名残惜しいなんていう感傷に浸る暇は与えてもらえないらしい。

 同行したサンジャル様が再びエランに戻ってくるまでが今回の騒ぎだというのがアラム先輩の言葉で、納得はするが残念だ。

 早朝から夕方まで業務を行い、日が落ちたところで終了となった。

 事務所に引き返してくると、アラム先輩が書類と格闘している姿が見える。彼は書類仕事が苦手なので、この姿を見るのも日常だった。

「戻りましたー」

「よう、ラーダ。お客さんが来てるぞ」

「え?」

 こちらを振り向きもせず、アラム先輩はそう言って事務所の一角を指差した。いつ帰るか分からないのだから敷物の上にでも座ってもらっていれば良かったのに、その人物は直立不動で部屋の隅に立っていた。

 待っていたのはボルナーさんである。ナクシェ村で負った怪我は治っているのかいないのか、いつも通りビシッと背を伸ばした姿からはうかがい知れない。

「お久しぶりです、ボルナーさん。お怪我はもう大丈夫なんですか?」

「はい!ご心配をおかけしてすみません!王子殿下の護衛業務には戻れておりませんが、なんとか通常鍛錬は行っております!」

 むむ、それはあまり回復していないというのではないだろうか。

「すみません。私にご用ですか?お待たせしましたでしょうか」

「いえ、そのようなことはありませんのでご心配なく!」

 ボルナーさんは微動だにせずにそう言ってから、表情を陰らせた。 

「お忙しいところ申し訳ありません。ラーダさんに質問がありまして参りました」

 現在は護衛業務から外れているとはいえ、本来はファルの護衛である。で、あれば質問内容も知れている。

「ボルナーさんが質問ということは……王子に何か?」

「は!はい!」

 返答をしておきながら、ボルナーさんは一瞬押し黙り、小さな声で言った。

「この件は内密に願いたいのですが……」

「?はい」

 言いふらさないと約束した後、ボルナーさんは口を開いた。

「旧都が炎上しました」

「……ぇ?」

「早馬で一週間はかかりますので、まだ実際に見た者からの報告はありません。けれど……。足の速い行商人からもたらされた一報です。通信用鳥によれば、まるで火の鳥が舞い上がったようだったとのことでした」

「ま、待ってください。え……?」

「王子殿下とは連絡がついておりません。ですが、旧都に向かわれたのは確かなのです。あの場所までは早馬で一週間はかかります。

 おそらく巻きこまれていないと思われるのですが、急ぎ確認が必要でして――」

「ま、待って。待って。待ってください!」

 混乱する頭が事態を処理できずにいるのに、ボルナーさんは口早に用件を述べていく。

「ラーダさんにお聞きしたいことは次の件です。

 王子殿下が出立される際、何かおっしゃっておいでではなかったですか?たとえば用件であるとか、目的地であるとか」

「そ、それは……。王母様のところに行くとだけ……」

 言いながら私は彼との最後の会話を思い返した。


 ――では、ファルも馬で?

 ――いや、今から行っても役に立たない。それよりは、こっちで出来ることをしたい。

 ――私は、お祖母様を説得しに向かう。


「すみません、お役に立てそうにもありません。王子は『こちらで出来ることをする』『お祖母様を説得しに向かう』とおっしゃっていただけです」

 私が頭を下げると、ボルナーさんは残念そうな表情を浮かべた。

「な、言った通りだろ」

 訳知り顔で振り向いたアラム先輩がそう口を挟んだ。

「親しい仲と言ったって、王子がラーダにそこまで話してるわけがない。

 サンジャル様が不在で混乱しているのは分かるが、対応は国王陛下の指示で動いた方がいい」

「そうですね……。分かりました。では、自分は国軍に戻りますので……」

 しょんぼりと肩を落として事務所を去っていくボルナーさん。

 それを見送りながら、私はアラム先輩に声をかけた。


「せ、先輩。炎上って、炎上って、どういうことですか?!」

 混乱したまま騒ぐ私に対し、アラム先輩は冷静そのものの声でそっけなく答えた。

「言われたままだろ。旧都で炎が上がったってことだ。放火か、事故かは分からないが」

「どうしてそんなに冷静なんですか!ファルが……巻きこまれたのかもしれないんですよね!?」

 私の言葉に、アラム先輩はチラリとこちらを振り向いた。

「……あの街に都市機能はほとんど残ってない。いっそ燃えてしまった方がご婦人の執着もなくなってちょうどいい。……なんて言うと思ったか?」

「言ったじゃないですか!ていうか、誰のことです、ご婦人て!?」

「まあ、待てよ。焦ってもどうにもならない。それよりか、この報告書を書き上げてしまわないと”出られない”んだよ」

 コレコレ、とアラム先輩は書きかけの報告書を掲げて見せる。

「だから!……え。”出る”?」

「ああ。ボルナーに見せるわけにはいかなかった。こいつは俺のとっておきなんだ」

 そう言いながら報告書を書き終えたアラム先輩は、報告書を処理済みのところに置いた後、立ち上がった。

 コキコキと肩を回し、事務所の外に誰もいないことを確認した後、私に告げる。

「ラーダ、休憩室の敷物を剥がせ」

「は、はい?」

 休憩所の敷物。それは事務所に戻って来た調査官たちが休憩する際に座っている場所のことだ。アラム先輩はここで食事をしていることも多い。シャハーブがやってきた時はここで水たばこをくゆらせたりもする。

 基本的に敷きっぱなしで、掃除はするが洗うのはごくたまにである。それを剥がせとはどういう意味なのか。

 頭の中に疑問符を浮かべながら敷物を剥がすと、そこにはもう一枚、別の絨毯が敷いてあった。

 鮮やかな赤い絨毯。模様は古風というか、どこかで見たことのあるデザインだ。むしろ古びたデザインなのに真新しそうなのが意外だった。

「中央に乗れ。落ちはしないが揺れるから、覚悟しろよ」

「え!?」

 ニヤリと笑ったアラム先輩が室内に引き返してくる。現れた赤い絨毯の上にどっかりと座り、先輩は私を手招きした。


 次の瞬間、視界が変わった。


 気がついた時、私は空に浮かんでいた。

 足元に街が見える。真っ暗なのは港――海だろう。バザールをはじめとして街のところどころに灯りがついているのが美しい。ひときわ華やかなのは王宮だろう。火の灯りだけで王宮のシルエットが浮かび上がり、どこか幻想的で綺麗だ。

 しばらくの間、状況が分からずに戸惑っていたが、やがて吹きつける風に我に返った。


 浮かんでいる。否、飛んでいるのだ。


 足場は頼りない絨毯である。

 ビュンビュンと吹きつける風に驚いて身構える私の目の前には、あぐらをかいて前を見据えるアラム先輩が座っていた。休憩所に敷かれていた時はもう少し大きめに見えたのだが、絨毯の端が風に翻っているせいでそう見えるのだろうか。

 立っているのが恐ろしく、私は慌てて絨毯の上に座りこんでアラム先輩に近づいた。

 中央部分は二人分の重みで少しばかりくぼんでおり、絨毯の端がバタバタと風に煽られているのが見える。

「せ、せ、せ、先輩。なんですか、これ」

 私の震える声に、先輩は自慢げに答えた。

「見ての通り。『魔法の絨毯』だ」

「なんでそんなものがあるんですか!?」

 私の質問はもはや悲鳴だった。宙に浮かんでいるのでなければもう少し冷静に聞けたと思うのだが、これはもうどうしようもない。

「おまえのペンダントと一緒だよ。王宮からの貸与品だ。――まあ、これが調査に役に立つことは滅多にないけどな」

 驚きである。『魔法のランプ』よりも得体の知れないものが、毎日過ごしていた休憩場所にこっそり敷かれていたなんて誰が知ろう。

 それに加えて、前方からの風に振り落されそうな気がするのが、とんでもなく怖い。

「あ、あの。先輩。これ、どこかに掴まるところとか……」

「そんなものはない」

「そんな!動いたら落ちちゃうじゃないですか!?」

「嫌なら俺にしがみついてろ」

「そ、それも、なんとなく嫌ですが……」

 いくら兄みたいな存在とは言ったって、アラム先輩にしがみつけって、年頃の女に言っていい言葉じゃないと思うぞ。私を子供だとでも思ってるんだろうか。いつぞやファルと二人乗りした時のことを思い出して顔が歪んだ。

「い、いや、待ってください。動くんですよね?つまり、これを持ち出してきたってことは、先輩は……」

「ああ」

 アラム先輩はニヤリとした笑みを浮かべながら答えた。

「ファルのやつを助けに向かう」


 事態が事態である。私は心の中で気合を入れて、アラム先輩にしがみつくことにした。本当にしがみついてくるとは思わなかったらしく、彼は意外そうな顔をしていたが、そんなことはどうでもいい。

「目一杯スピード出してください、先輩」

「それでこそ港湾課のラーダだ。根性あるじゃねえか」

 再びニヤニヤとした笑みを浮かべたアラム先輩は、前方を見据えて言った。

「見て驚け」


 世界が歪んだ。

 速い。速すぎてよく分からない。視界に見えていた光が線のように流れる。

 周りの風景はあっという間に砂地に変わった。日が落ちた砂漠はひたすら暗く、方角は夜空の月と星々に頼るしかない。ところがその星々が流れていくのだ。どちらが北で南なのか、もはや私には分からない。

 それでいて絨毯の上には風の圧力といったものがなかった。風は吹いてくるのだが、絨毯が移動しているスピードと比較するとあまりにも弱い。髪や服をバタバタさせるだけで、振り落すほど強くはない。これなら馬の上の方が風が強かったと思う。

 振り落されないのはホッとしたが、だからといって油断できるわけではない。いつ風が吹きつけてきて落とされるんじゃないかと思っているせいで、身体が強張って動かない。

「せ、先輩……」

 我ながらか細い声で問いかけようとするが、声はうまく形にならなかった。

 声が震えていたせいもあるし、発した音が風に流されて消えてしまったせいもある。絨毯の上は会話ができる環境ではないらしい。

「凄いだろう。この景色を見せられたらなー、どんな女でもオトせる自信があるんだが。さすがに王宮からの貸与品をデートに使うわけにはいかんしな。所在が知れ渡って盗まれたら大事だし」

 訂正。先輩はつらつらと語るだけの余裕があるらしい。それどころか夜景を見て自慢げである。コツでもあるんだろうか。

「オトしても、その後結局結婚は断られてるじゃないですかー……」

「落とすぞ、物理的に」

「すみません、ごめんなさい、許してください」

 相手に生命を握られている時には余計な口を叩くものではない、と私は肝に銘じることにした。

 

 一時間ほどして、私にもようやく会話をする余裕ができた。

 絨毯の上はバランスをとっていれば風を受けることはないようで、先ほどまで風に怯えていたのは、つまり私の乗り方が悪かったのだ。

 バランス良く乗ることができれば、『魔法の絨毯』はこの上なく乗り心地が良かった。

 馬よりも船よりも揺れないし、しかも速い。便利である。

 ただ、髪の毛だけは風を避けることができず、私はバタバタと巻き上がる髪を手で無理やり押さえこんだ。

 どうやら頭布がどこかに飛んで行ってしまったせいらしい。たぶん、最初の上昇の時だろう。このまま日が昇ったらかなりマズイ。頭が茹で上がったあげく太陽の熱で干上がってしまう。別の布で代用しようにも、今、この絨毯の上には私とアラム先輩がいるだけで、余分な荷物などは乗っていない。

「なんでこれ、敷物の下に隠してたんですか?」

 ビュウビュウ吹きつける風から髪を庇いつつ、余裕が出てきたのでアラム先輩にしがみつく手を緩める。

「盗まれたら困るだろ?」

「え。でも、事務所って無人なことも多いですよね?盗難防止の隠し場所には向かないんじゃ……」

「けど、敷物の下をわざわざ探るやつはいないからな」

 それはそうだ。仮に事務所に誰もいなくても、そこまで怪しいことをしていたら、診療所の誰かが様子を見に来てすぐに見つかるというものだ。ついでに毎日様子を確認しに戻ることもできる分、他の隠し場所よりも安心だったのかもしれない。

「こういうのって、キルスが持っていそうです」

 私が言うと、アラム先輩は意外そうな表情を浮かべた。

「ランプに選ばれてるからか?」

「ええ。おとぎ話の主人公って、不思議な品が次から次へと手に入るイメージです」

「シンドバッドがいるだけで、十分だろ。スピードは……こっちの方が速いと思うが、荷物を運ぶには向かないからな」

「そんなに速いんですか、この絨毯」

「速い。代わりに夜しか飛べないけどな。あと、回数制限があるらしい」

「夜しか飛べない?ってどうしてです?」

 私の疑問に、アラム先輩はニヤッと笑った。

「こんな無防備な恰好で日差しの下にいたら、火傷して死ぬだろ」

「……納得です」

 仮にも『魔法の』とつくのに、それはあまりにお粗末ではないだろうか。何か不思議な力が働いて平気だったりするのではと思ったが、試してみるのはリスクが大きすぎる。おそらくアラム先輩も試してはいないだろう。

「方角は合ってるんですか?」

 私が旧都にいたことがあるのは、過去に一度だけ。ずっと港で育った私には地理が分からない。

 そう思い尋ねた私は、アラム先輩の返答を待つまでもなく方角が正しいことを知った。


 『魔法の絨毯』が向かっている方角が、赤々と染まっている。

 地平線にうっすらと見えるのはまるで夕暮れのような朱色だった。

 

「まだ燃えてるのか……!」

 ショックを受けたような声でアラム先輩が呟き、それに呼応するように『魔法の絨毯』のスピードは上がった。

 ヒュンヒュンと鳴る風の音を聞きながら、私は片手で必死に髪を押さえる。

「旧都が炎上……って。本当なんですね……?」

「嘘だと思ってたのか?」

「いいえ。でも、どこか実感がありませんでした」

 エラン王国の中でも旧都は特別な街だ。

 エランの中央あたりに位置し、高原によりそうようにして広がる街は、高原から流れる川があるため水に恵まれており、また一定の雨も降るため、砂漠の国と呼ばれるエランにおいて、その名が相応しくないだけの美しさがある。

 オアシス都市なのである。火災が起きた場合、雨が降ることを期待するしかない他の街とは異なり、炎は広がらないはずだった。

 また、砂への防壁として、二メートルから三メートル近い高い日干し煉瓦の壁に囲まれていることもあり、街中は穏やかな風が吹くという。

 だが、目の前に見える古い都は燃えていた。

 日干し煉瓦を積んで作られた豪華な王宮も、そこに作られた薔薇園も。オアシス都市の中核である池と、そこに流れ込む川も。

 大きな大きな火柱は、翼を広げた赤い鳥に見えた。

「あれが火の鳥……!」

 思わず呟いた私に、アラム先輩は舌打ちした。

「ヒナを、あんなもんと一緒にするな」

 そう言いながら、アラム先輩は青ざめていた。彼の口から続けて漏れた言葉は衝撃だった。

「先日会ったヒナが言ってたんだ。旧都に近づくな、危険だ――って」

 

 ――『まじんが、みやこはきけんだからちかづかないようにって』

 ――『みやこ。おんなのひとが、あたしのランプをもってる』

 ――『ランプのまほうじんがかさなると、きけん。なにがおこるかわからないから』


 アラム先輩は青ざめたまま告げた。

「俺が甘かった」

 その言葉は二重の意味があった。

 一つに、ヒナの忠告を重く受け止めていなかったこと。警告を与えられた時点で、旧都になんらかの警鐘を鳴らすことができたはずだということ。

 もう一つは、『魔法の絨毯』でファルを助けに行くことが容易だと考えたことだ。




 ――ギュルン!

 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ…………!

 ――ビュウウン!ウン!


 目の前はにわかに色を変えていた。

 つい先ほどまで旧都へ向けていた視界はクリアだった。赤く染まった空がよく見えていた。

 だが、アラム先輩が呟いたほんの短い間に、目の前の景色は砂色に変わっていった。

 砂嵐だ。

 鼻に届く砂の香りが密度を増している。

 地上から巻き上がる砂の柱。塵や砂が強風により激しく吹き上げられ、上空高くに舞い上がっている。

 高さは100メートル以上。厚みもまた、100メートル以上なのは間違いない。周囲が砂だらけなので測れないとも言える。

 砂は見上げるほどの高さに一気に上りつめると、周囲に撒き散らしながら乱れ散る。もくもくと膨れ上がる砂のヴェールにより、前方はほとんど見えなくなった。

 今はまだ厚みがないが、砂の壁と呼ばれる規模になるのも時間の問題だろう。

 上空の方はなおのことだ。月も星もまったく見えない。黒かったはずの空は、砂色のぼんやりとした暗さに姿を変えていた。

 アラム先輩の姿がぼんやりかすむと言えばその濃さが分かるだろうか。頭布のない髪は、一瞬にして砂まみれだし、肌に触れるのは服なのか砂なのかも分からないような感触だった。

 目の中に砂が飛びこんでくるのを避けるため、私は絨毯の上で低く身を伏せる。

「――せ、先輩。迂回した方が」

「どうやって」

 姿の見えないアラム先輩が返事をしてくる。

 『魔法の絨毯』は一定の高度で飛んでいた。それはすなわち、これより低くも高くも飛べないということだった。砂嵐を避けて上空に舞い上がることはできない。また、……こう言っては身もふたもないが、所詮は絨毯である。吹き荒れる風があまりにも強く、前方へ進むこともできないのだという。

 アラム先輩の説明に、私もまた青ざめた。

 風に煽られ砂嵐の中でもみくちゃにされる未来しか想像できない。

 そうこうしている間に、砂嵐との距離はどんどん近づいていく。

 アラム先輩は大きく左に迂回しようとして――砂の柱を避けた先に、もう一つ。待ち構えているかのような砂の柱がそびえながらこちらに近づいてくるのを見た。

「ちぃ……」

 さらにもう少し外側へ。だがそちらにも砂の柱がある。いや、違う。私たちが最初にいた場所に一本。その後ろに二本。さらにその後ろには七本の砂の柱があり、七本についてはまるで私たちを取り囲むように動いていたのだ。

 一度下がるしかない。そう思い、アラム先輩は後退しようとして――最初の一本が背後にそびえるのを見上げて舌打ちする。

「……仕方ない。ラーダ、しがみついて絶対に離れるな!」

 吼えるような声でアラム先輩が言ったとたん、『魔法の絨毯』はスピードを上げた。


 これ以上速いなんてありえない。そう思えるスピードで、『魔法の絨毯』は砂嵐を回避するべく飛びはじめた。

 右に大きく迂回したかと思えば、急停止して後退する。そのまま左回りにぐるぐると回転していき、そのまま地上へと落下していく。

 地面に落ちるギリギリで留まると、そのまま再上昇。今度は砂柱を避けるように大きく大きく左に迂回しようとして――そのまま砂嵐の中に呑まれかけた。

「ひッ!ひぃいいいいっ!」

 目を開けているのが怖くて、ひたすらアラム先輩の服にしがみつく。私があんまり引っ張るせいで、伸びてしまうかもしれない。

 むしろ低空になったあたりで落下しておいた方が怖くないのかもしれないけど、砂嵐に生身で巻きこまれたら、命がない。

「ちぃっ!移動が速い!」

 アラム先輩が舌打つ声が聞こえるが、もう目を開けていられない。

 絨毯は限りなく”縦”に近い角度まで曲がり、また円を描くように反対側まで揺れる。砂嵐の風のせいだ。巻きこまれないギリギリを飛んでいるせいで、あっちこっちに振られている。まるで振り子の先端になったかのようだった。

 前に進んでいるのか、後ろに下がっているのか、次は右か、左か。目を閉じているのは間違いだった。次の動きがまったく予想できないので、腹にくるのだ。

 吐き気をもよおし、意識が遠くなり――ようやく静かになったと気づいた時には、私の意識は飛んでいた。

 



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