番外 ラーダと過去の話
過去の話をしようと思う。
私がエラン王国にやってきたのは、10年以上昔のことだ。
過去の記憶はない。名前がラーダというのも、生来のものではない。薄汚れた赤い服を着て呑気に眠っていた子供。それが私である。
私が目を覚ましたのは、古い都の中だった。
当時は知らなかったが、エラン王国で最も古い街の一つ、旧都と呼ばれる場所だ。
エランの中央あたりに位置し、高原によりそうようにして広がる街は、高原から流れる川があるため水に恵まれており、また一定の雨も降るため、砂漠の国と呼ばれるエランにおいて、その名が相応しくないだけの美しさがあった。
日干し煉瓦を積んで作られた王宮は、代を重ねるごとに豪華さを加え、街の人々は王宮で働く人々を羨ましく思っていた。
王宮は薔薇園と呼ばれる庭園を持っていた。雨の少ない地域に咲くと言われる種類の花で、その芳香の素晴らしさは他国の薔薇では比べ物にならない。この薔薇を使って作る香水はエランの産業の一つだった。
エランには質の良いガラス瓶を作る技術がなく、それが外国輸出の障害となっているが、将来はきっと主要産業となるだろう。
私が倒れていたのはこの薔薇園の中だった、という。
幼い私は、焦ったような声で呼びかける少女に気づいて、目をぱちくりさせるのがやっとだった。
知らない顔が覗きこんでくるので、「誰?」と聞いたはずである。だが意志の疎通はできなかった。私には、彼女が喋る言葉が分からなかったのだ。可愛らしい顔をした少女だった。彼女は言葉が通じないのが分かると、問答無用で私の腕を引っ張った。
勢いに押されてそのまま連れて行かれた先で、私は彼女にお説教をされたのだが、もちろん言葉は分からなかった。
『どうしてこの庭にいたのか』『あなたは誰か』『その服装はどうしたのか』『怪我はしてないか』と言ったことを、彼女は言っていた。言葉は通じなかったが、必死に心配してくるので、逆に不安になったくらいである。「そういうあなたは誰よ」「ここはどこよ」「どうして怪我って発想になるの?」みたいなことを問いかけたのだが、もちろん通じはしなかった。
ひとしきりお説教をした後、その少女は私に着替えを強要した。
どうやら身に着けていた赤い服が目立ち過ぎるので、もう少し質素な恰好をしておかないとバレる、ということらしかった。私は彼女の衣服を貸してもらい、王宮勤めをする子供の服を身に着けた。
『ローク』と彼女は自分を指差して繰り返した。それが、彼女の名前だろうと思い、「ローク」と呼びかけると、彼女は憤慨して言い直す。十五分くらいかかって、私は彼女の名前を発音できるようになった。それがロクサーナだったのだ。
王宮の、それも薔薇園の中など、庶民が立ち入って良いはずはない。戦争に負けて以来、街中にも盗賊が出ることがあり、王宮に忍び込んだとなれば問答無用で首を落とされることだってある。
ロクサーナは旧都にある離宮に仕える女性の娘だった。当時から香りに興味があり、こっそり薔薇園に忍び入ってはその香りを楽しんでいたのだ。彼女が恐れた『バレる』というのはつまり、私がいたことよりも、彼女が忍び込んでいたのが発覚するのが怖かったらしい。
王宮勤めとは言っても、彼女には何か仕事があるわけではない。母親のオマケのようなものである。下働きくらいはしないと住まわせてもらえないということで、普段は王宮内の掃除などを手伝っているらしい。
ロクサーナは、私が何も覚えておらず、かつ言葉も通じないことに困ってしまった。
王宮内で働くには、一定以上の身分証明が必要だ。その上、言葉も話せないとなれば何もできない。二人して困り果てていると、彼女の母親が帰ってきて、結局ロクサーナが薔薇園に忍び入っていたことはバレ、彼女は厳しく叱られた。
ロクサーナの母親の紹介で、私は孤児院に入ることになった。
エラン王国では、戦争によって大量の孤児が出た。放っておくと街がどんどんスラム化する原因となるため、介入してきたペテルセア帝国によって多くの孤児院が建てられていたのだ。帝国は、さらに庶民向けの教育設備も作り、未来の役人が育つようにと配慮した。これらの設備を整えるのに、かなりの資金を提供してくれたらしい。私もその恩恵に預かった一人ということだ。
私が目を覚ましたころには、戦争の傷跡はさほど残っていなかった。孤児院育ちの大人たちが、次の子供たちを育てている時代だったからだ。だが、旧都で一番目立つ王宮は、建物のうち半分が戦争によって壊されたまま、修復される気配もなかった。これは、戦争後に王宮を港街に移したことが理由らしい。使わない建物を修復する理由はなかったのだ。
私は孤児院でラーダという名前をもらった。一応、花という意味があるラーダンからとられたことになっているが、孤児院には他に、アーダやイーダ、エーダ、シーダといった名前の子がいたので、たまたま私が「ラ」だったというだけだ。
ロクサーナは王宮勤めだったので、孤児院とは無縁だったのだが、私が入ったことをきっかけによく顔を出すようになった。王宮勤めで可愛らしい容姿のロクサーナは、孤児院に来ればお姫さま扱いである。チヤホヤされる一方でやっかまれたりもして、面倒でもあったはずだ。
孤児院はペテルセア帝国風の教育方針に立っていたので、エラン王国伝統の考え方を教えなかった。すなわち、女もまた、自立して働くべきであるという姿勢だったのだ。そのための教育施設もまた、ペテルセア帝国によって用意されていた。母親が王宮勤めをしているロクサーナには、この考え方は共感できるものだった。王宮勤めの女性たちは、ある意味では自立した存在だ。王族の気まぐれに振り回されることは多いが、きちんと給金ももらい、自分の稼ぎで食べていける。ロクサーナもまた、そうありたいという夢をよく私に語ってくれた。
私は孤児院で言葉と歌を覚えた。子守唄や手遊び歌だ。孤児院の子供たちは年齢がバラバラなので、私よりも小さい子がもっと上手に歌う。他の子よりも声が大きかった私はミスをすると目立つので、ムキになって覚えた。
やがて歌うことが楽しくなった私は、エラン王国に伝わる古いおとぎ話を歌った。
西にあった黄金の都、王様とお姫様と魔神。
孤児院は女も自立せよと教えるので、おとぎ話はやがておかしくなってしまった。
お姫様だって自立したかったに違いない。王様によって蝶よ花よと愛でられるだけなんて退屈に違いない。そう思うようになった。
エラン王国にやってきて一か月。私が孤児院に入って一か月経ったころのことだった。
突然、王宮から遣いが来た。
威圧的な態度の男たちの登場に、孤児院の子供たちは怯えた。私だって怖かった。孤児院の先生方は困惑していたが、彼らの目的が『この一か月内に新しく入った子供はいないか』というものだったので、正直に答えた。「一人おります」と。先生方にしてみれば、逆らう理由がないからだ。私はそのただ一人の該当者として、王宮に連れて行かれた。
「これが、その子供?」
私が連れて行かれたのは、王宮内の一角だった。室内ランプがいくつかあったが、窓は高い位置にあって暗い。
集められたのは、私も含めて五人の子供だった。
怯えて泣いている男の子。唇を噛みしめて耐えている女の子。ふてぶてしく様子を伺っている男の子。腕を前で組んで、大人たちを睨みつけている男の子。そして私。
威圧的な男たちによって連れて来られたのは、年齢も性別もバラバラの子供だ。私はどちらかというと怯えていたのだが、言葉を覚え始めて間もなかったので、とにかく耳を澄ませるのに必死だった。
問いかけたのは見事な装飾の入った衣装を着た女性だった。年齢は、初老の域に入っていると思われる。上品だが性格はキツそうという印象を与える顔で、私たちを見下ろしていた。
「はい。旧都中の孤児院を回りまして、この一か月の間に保護された子供はこれで全部でした。保護されていない可能性もありますが、その場合は、すでに餓死していると思われます」
「……あなた、今、何て言った?」
「え?あ!そ、その」
「旧都という言い方はしないでちょうだい。ここは今でも正しい王宮なの。港街に作られたのは、貿易のための出張宮だわ」
「真に申し訳ございません!失礼いたしました!」
「ふん……」
女性はようやく気を取り直して、私たちを見やった。
「あなたたちの中に、このランプに心当たりのある者は?」
女性が取り出したのは古びたランプだった。
怯えて泣いている男の子は、女性が何をしているのか分かっていないのだろう。泣きはじめたせいで止まらないのかもしれない。質問に答えるどころではない。
唇を噛みしめた女の子は、怯えているのを隠しながらも、気丈な顔で首を振った。知らないとばかりに横に。
腕を前で組んでいる男の子は無言だ。ランプの形を目に留めて、何やら考えている風である。
口を開いたのは、ふてぶてしい雰囲気の男の子だった。
「そりゃ、知ってるさ。灯りだろう?油を差して使うやつだ。そのデザインからして室内用の。それがどうかしたか」
「そんなことは聞いていない」
「じゃあ、なんて答えりゃいいんだ?西の大帝国の伝説を知ってるか、とかか?オバサン、そんな古い話を持ち出してどうするんだよ」
オバサンと呼ばれた女性は、ピキインと青筋を浮かべると、控える男たちに向かってあごをしゃくった。
無言の指示を受けた男たちが、男の子の腕を掴んで連れ出して行く。
「え!?ちょっ、ま、待てよ!そんなに怒ることじゃねえだろ!おい!」
焦った男の子がそう言うが、聞き入れる様子はない。
そのまま彼は扉の向こうに連れて行かれ……、以後、二度と戻ってこなかった。
「さあて、これで四分の一。他の子たちはどう?」
ますます怯えた男の子が、ギャンギャンと泣きはじめるのを見て、女性はまたもや青筋を浮かべた。
「うるさいわよ。質問に答えなさい」
彼女の指示によって、男の子は無理やり羽交い絞めにされた。怯えて泣き叫びたいのに、口に猿ぐつわを噛まされてそれも叶わなくなる。ランプを間近に突きつけられた彼は、ぶんぶんと首を振った。
「知りません!分かりません!僕は何も知らない!どうか家に帰してぇええ!」
「家があるの?」
「あ、あり、ありま、す!あります!だからっ!お願いです!」
女性は一気に興味が失せた顔をした。
「おまえたち、身内のいる子供を連れて来たの?わたくしは言ったわよね?『この一か月の間に保護された、身寄りのない子供を連れてきなさい』と……」
「は、はい!確かにそうしております!その子供は、すでに親が亡くなっております!」
「……そう」
にこりと女性は微笑んだ。
「家はないそうよ」
子供に向かって、彼女はそう言った。
壮絶な笑みに、子供はますます怯えて再び泣き出したが、今度は女性も青筋を浮かべたりはしなかった。ただ、黙ってあごをしゃくっただけだ。男たちによって子供は連れ出され、その場から大音量は消え失せた。
「これで、あと三分の一ね」
女性は微笑んで、私たち三人を見比べてから首をかしげた。
「おとぎ話なら、男の方がそれらしいけれど。あなたがそう?」
女性は楽しそうな笑みを浮かべて、腕を組んでいる男の子を見下ろした。
「何のことか、分かりかねます。そもそも、名前を名乗ろうともしない方の話を、聞く気がしません。どうやら、貴族の方のようですが……僕らに何をさせようとしてるのです?」
警戒心の強い言葉に、彼女は満足そうに笑った。
「この国を救う手助けを」
「……国を、救う?」
さらりと出た言葉に、男の子は眉根を寄せた。
「そのような大それたことができる力は、僕らにはありません。僕らはただの子供……、それも、身寄りを失った身です。孤児院に保護され、国によって養われている身で、何ができましょう」
「なかなか、身の程を知っている子だこと」
彼女は楽しそうに口を端を上げた。
「ならば答えなさい。このランプに、心当たりは?」
再度、彼女は尋ねた。
じっとランプを見つめた男の子は、黙って首を横に振る。
「室内用のランプ、それもかなり古びた物だということは分かりますが、それ以上のことは分かりません」
彼の言葉に、女性は残念そうなため息をついた。
「仕方ないわ。あなたも帰っていい。……ああ、そうそう、その子の名前はきちんと聞いておいてね。将来性がありそうだわ」
男たちへと指示を送り、女性はそう答えた。
残されたのは、私も含めて女の子が二人である。
状況としては、こうだ。『そのランプは古びたランプに見える。どこといって特別なものには見えない』と答えればいいのだ。そうすれば孤児院に帰してもらえる。
先に口を出してしまおうかと思ったのだが、それでは最後に残った女の子が気にかかる。
先ほどから必死に泣くのを耐えている女の子の方を見やると、どうやら向こうも似たようなことを考えていたのだろう、私をじっと見つめていた。
申し合わせて同時に口を開こうとした時である。
バタバタバタと扉の向こうから人の気配が駆けこんできた。
「大変です!王宮から、王がいらしてます!」
「ええっ……!?なぜ、どうして!」
「分かりません。国内の視察ついでにお寄りになられたとのことですが、どうかお出迎えの準備をお早く!」
「……」
女性にとって、この事態は不測の事態であったらしい。
迷いを浮かべた後、素早く指示を変えた。
「この娘たち二人については、保護しておきなさい。後ほど、尋問を再開します」
「はっ……」
「まったく。こんな時に来なくてもいいでしょうに……!」
バタバタバタ、と女性がいなくなった後、私ともう一人の女の子は、威圧的な男によって王宮内を別の場所へと連れて行かれた。
私とその女の子は、それから三日の間、留め置かれた。
放置された部屋は王宮の一室で、絨毯は敷かれていたが防寒設備は整っていなかった。夜になると風が吹きこんできて、涼しいを通りこして寒い。
「あたしはレイリー。あなたは?」
その女の子は聞いた。並んでみると、彼女の方がけっこう背が低いのだ。年齢的にも年下だろうと思われるのだが、シャキシャキとした態度は立派で、そういえばこの子は先ほども泣くのを必死に堪えていたのだと思い出す。寒いので二人で寄り添って、互いの息で暖まりながら時間を過ごしていた。
「ラーダ」
「そっか、ラーダ。大丈夫だよ、ぜったいに、お兄ちゃんが迎えに来てくれるから」
「お兄ちゃん?」
私が首をかしげると、レイリーはうなずいた。
「あの人たち、ずさんだわ。こじいんで、あたし、親もきょうだいもいるって言ったのに」
「それなのに連れて来られたの?」
「迷子なの。それで、こじいんの人が、勝手にうなずいちゃったの」
状況がよく分からずに首をひねった私は、確認しながら尋ねた。
「おうちの人、孤児院に来なかったの?」
「違うの。みなとに住んでるの。でも、親のしごとについてきたら、街ではぐれちゃったの。迷子だからってこじいんに入れられて」
「なるほどね。でも、それ厄介じゃない?親がレイリーを見つけるのが大変そう」
「ううん。ここの方がたぶん、探しやすいと思う。迷子だって言ってるのに、いきなりこじいんだなんて、おかしいもの」
彼女はそう言って、むしろ王宮にいることを前向きに考えようとしているらしかった。
漏れ聞こえる噂によれば、この時王宮にやってきたのは、当代の国王陛下と、その息子である。
港街への王宮移転を嫌がる貴族たちが多く残っているので、こうして定期的に旧都にやってくるという習慣があるそうだ。
そのたびに旧都の使用人たちを港街へと連れていってしまうらしく、また人手が減る、とぼやいている声を聞いた。
あたりまえだわ、とレイリーは言った。「だってみなとのほうが楽しいもの」
なるほどと私は納得した。彼女が楽しいというならきっとそうに違いない、私も港に行こうと思ったものである。
レイリーと私とは、女性の問いかけの続きか、あるいはレイリーの迎えがやってくるのを待っていたが、その報はなかなかやって来なかった。
王宮内を、私とレイリーは勝手に出入りさせてはもらえなかった。これについては納得していたが、退屈なことには変わりない。そこで、出歩きが許可された部分を探検しまくるのが私とレイリーの三日間であった。また、私はロクサーナと会えないかという期待もしていた。彼女に会うことができれば、状況がもう少し好転するだろうと思っていたのだ。王宮勤めの人間も気づいていないような秘密通路を発見したりして楽しく過ごしていたのだが、その二日目。
正直に告白すれば、この時私とレイリーは道に迷っていた。ロクサーナを紹介しようとした私は、香りを頼りに王宮内を歩き、薔薇園にたどり着いた。私は当時から鼻が良かったのである。ここは出歩きを許可された場所ではなかったので、目的は遂げたが帰るための道は完全に見失っていた。
私は一人の女の子に出会った。
薔薇園の中を歩く白い服を着た女の子だった。白い服は、女の子用というわけではなく、貴族の子が身に着けるような上等な布地を使った子供服だった。
「何を持っているの?」
私が声をかけたことに、その子は驚いたようだった。
「どうして、ここに子供が……」
「そりゃ、王宮で働く子供だっているんじゃない?」
迷ったんだと説明するのが面倒だったので、私はそう答えた。
「そ、そっか。君たちもその類?」
違うけど、という気持ちを込めて、私とレイリーは目を見合わせる。出歩きを許可されている場所ではなかったからだ。
「あなただって子供じゃない」
レイリーは会話の主導権を奪うようにして言った。
女の子は、我々の狙いに気づかなかったらしい。
「私はいいんだよ。おばあさんに会いに来たんだから」
「そうなの?なら、なんで一人なの?」
「……おばあさんは、忙しいから」
レイリーの切り返しに、その子はしょんぼりと肩を落とした。落ちこませてしまったことに驚いた私は、彼女の気を紛らわせるために違う話を振った。
「まあ、それはそれとして。何か面白いの持ってるよね。塩っぽい臭い」
「え?あ、ああ……港の、海で見つかった宝物のことかな。おばあさんに見せようと思って、行商人から手に入れた珍しいものを持ってきたんだ。古いものが多いから、中には砂が落ち切ってないものもあって……」
私の言葉に彼女は驚いて目を丸くした。
それからしばらく私たちは会話に興じ、やがて女の子を探しにやってきた王宮の人間によって邪魔をされた。
勝手に薔薇園に入りこんでいた私とレイリーはこっぴどく叱られたが、迷子であったことを必死に訴え、また女の子も口添えしてくれたので罰を受けることはまぬがれた。
可愛らしい顔立ちをしていた。
だから私は当然、その女の子を、女の子と信じて疑わなかった。
レイリーは途中で気づいたらしかったけど。どうやらそれは国王陛下の息子であったらしい。もう少し思慮深くあれば、国王の息子が一人しかいないことにも気づいたはずだけど、さすがのレイリーだってそこまでの知識はなかった。
留め置かれた最後の日、私とレイリーとは、突如解放された。レイリーの身内が必死になって迎えにきたためだ。
レイリーの身内は、「妹が間違ってこちらに連れてこられた」と訴えたらしく、女の子は二人いたのに、両方とも妹として解放された。
レイリーの言う通りである。「この人たちずさんすぎる」といったところだ。
例の女性による尋問は行われなかった。
だが、解放される直前、もう一度ランプを見せられ、女性に聞かれた。
「あなたは、魔神?」
とんでもないと二人して首を振った。
魔神はおとぎ話。そう思って私は過ごした。
デタラメな歌詞を歌って、心ひそかな願いを込める。女には生きにくいこの国で、それでも私は女として生きている。そんな気持ちを歌に込める。お姫様、あなたもきっとそうでしょう?……と。
今から思えば、この女性こそが王母様であったのだろう。国王陛下と息子の来訪に対し、対応するのに時間を割いていたため尋問ができなかったのだ。
どういった尋問が行われる予定だったのか分からないのだが、尋問なんて響きが、まともなものであるはずはない。
この時の国王陛下の来訪により、旧都にいた使用人たちの一部が港町の王宮へと異動した。ロクサーナとその母親も港町に異動することになった。
身内が迎えにきたレイリーもまた、港街に帰っていった。
本来であれば旧都の孤児院に戻るはずだった私だが、レイリーの身内の気まぐれに助けられ、港街の孤児院へと移ることができた。
すっかり仲良くなった私とレイリーを引き離すのを忍びないと思ってくれたかどうかは分からない。私が港に行きたいと強く希望したことと、誰も旧都に引き留める人がいなかったことが理由だったのではないだろうか。
私は港街でレイリーとロクサーナを引きあわせ、期待通り、私たちはとても仲良くなった。
なぜ、このような過去を話そうと思ったのか。
それはおそらく、魔神に出会ったせいだ。
私はずっと、私が魔神ではないと誰かに否定してもらいたかったのだ。




