第二十二話 大臣と選ばれた男
小柄なおじいさんは部屋着のようだった。演壇の上に立つ際の豪華な外套を身に着けていないので迫力はない。正直なところ少し似た老人と言われれば納得しまいそうだ。呆けたように荷物を見つめる姿には、政治家といった雰囲気さえないのだ。
キルスは白い服を着ていた。砂に汚れていないのと、新品だろうというだけで、服装自体はいたって普通の商人風だ。
「おいおい、俺、確かに鍵を開けたよな……?」
アラム先輩が自信なさそうに尋ねるけど、それは私も見たので間違いない。
この二人は、どうやってか、鍵もなしに入ってきているということだ。
「そっちこそ、なんでこのタイミングで入ってくるんだよ」
キルスはうんざりしたような声で言って振り返った。
「もうちょっとだってのに。目が覚めたらやり直しなんだぞ?」
シャーロフ大臣の方は微動だにしない。ただ一心に箱を見つめている。
目が覚めたら、という言い方をした。ということは、もしかしてシャーロフ大臣は寝ているのか?
「どういうことですか。あなたが連れて来たんですか?」
「まあな」
キルスはあっさりと認めた。
「ランプに選ばれた人間は、どんな鍵がかかっていようと扉を開けられるんだ。手を貸さなきゃ、この爺さん一人じゃ入って来れねえ」
それから、その視線をザッと巡らせて、少しホッとした顔をした。
「あの女はいねえみたいだな……」
あの女という言い方は業腹だが、ロクサーナのことだろうか。よほど苦手意識を持ってしまったんだろうか。
「会いたかったんですか?」
私が言うと、彼は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。違ったらしい。
「あー、あー。お二人さん。過程はどうあれ、ここは立ち入り禁止区域なんだよ。つーことで、捕縛対象なんだけど?」
アラム先輩は自分たちのことは棚に上げてそう言うと、キルスとシャーロフ大臣を見つめた。
といってもシャーロフ大臣はこちらを振り向こうとはしていないんだけど。
「聞いただろ?捕縛したって、また脱走できる」
キルスは言った。なるほど彼が三度に渡って捕縛したにも関わらず、脱走したり、密航ができた理由がようやく分かった。
この男の前では、鍵をかけても無駄らしい。
ランプに選ばれたというのが、どういった意味合いなのかは分かりにくいが……。『魔神のランプ』で魔神を呼び出したと思われることと関係があるんだろう。
そういった事情ならもっと早く言って欲しかった。鍵をかける以外にも捕縛の仕方はいろいろあるってことに、彼はまだ気づいていないのだろう。
「おまえはそうかもしれないけど、大臣は違うだろ」
「いいのかよ?この国って大臣の力に寄るところが多いんじゃねえの?この男捕まえたら、明日から困るんじゃねえ?」
「そこらへんの政治的判断をするのは、俺の立場じゃねえよ」
アラム先輩とキルスのやりとりを聞きながら、私はちらりとファルを見やった。
キルスはまだ、彼がファルだと気づいていないだろう。全身黒ずくめはいかにも怪しいので、若干距離を取っているのが分かる。
ファルは私の視線に気づきながらも黙っていたが、続くアラム先輩の言葉に、小さくうなずいた。
「で……。何をしてたんだ」
アラム先輩としては、一番聞きたかった内容はこれだっただろう。
キルスとシャーロフ大臣は、箱の前にはいたが、見たところ梱包を解こうとしていたわけではないのである。
「呼んでる途中だ」
キルスはチラッとシャーロフ大臣の顔色を伺い、それに変化がないのことを確認した後に言った。
「呼んでる?」
ぽつりとファルが口を挟む。
「そうだ。『不死鳥』に手を貸してもらおうと思えば、呼ぶしかない。無理やり開けたらこっちが死んじまう。出てきてくれと頼んでるんだよ、この爺さんは」
「何のために」
「さあな?」
キルスはそう言って、肩をすくめた。
「『不死鳥』に願うことっつったら、不老不死じゃねえの?」
「シャーロフ大臣は、『不死鳥の雛』を取り寄せていない」
煩わしいとばかりに顔を隠していた布を取り去ったファルが、静かな怒りをたたえたような調子で言った。
「オレの調べた限りでは、そもそも彼の耳に『不死鳥の雛』についての情報は入ってきていない。そういった商品について話題が上ったのは、彼の子供や孫たちであって、本人ではない。なのに、なぜ彼がここにいるんだ」
「……」
詰問するような声で言うファルに、キルスはわずかに不思議そうな表情を浮かべた。
「見覚えのある顔だな。あんた……」
「誰でもいい。話せ」
畳み掛けるような声に、キルスは嫌そうに顔を歪めた。
「シャーロフ大臣は、そもそも昔っから、『不死鳥』を知ってたさ。ペテルセア帝国に渡る前、はじめて『魔神のランプ』を手に入れたころに、彼から接触があった。ランプを譲ってくれってな。もちろん断ったけど。けど、それ以降、不思議な品物に出会うことがあったらどうか売ってくれと頼まれて、ペテルセア帝国に渡って商人やってる間も、連絡はたまーにしてたんだよ」
キルスの言葉に、ファルは驚いたように目を見開いた。
それが本当なら、キルスとシャーロフ大臣は、もう十年以上の知り合いってことになる。しかも仲介者なしの個人取引だ。ここ最近の動きを探っていたんじゃ、情報が出てこなかったのは当然だった。
シャーロフ大臣はもちろんその頃も大臣だったわけで、別におかしな話じゃないのかもしれない。
「面白い品はいろいろあったけど、実際に売り物になった例はほとんどなかった。『魔法の絨毯』に『砂人形』くらいかな。それだって、最終的にどうなったのかは知らねえけど。『不死鳥の雛』は、向こうで騙されて商人じゃなくなった後に手に入れた情報だ。情報料くらいになるんじゃねえかと思って連絡したら、思わぬ仕事になった」
チラッとシャーロフ大臣の様子を伺った後、彼は続けた。
「運び屋の依頼を寄こしたのは、彼だぜ?」
「なんだと!?」
アラム先輩が声を上げ、ファルが説明を求めるかのように先輩を見やった。そんな視線を向けられたところで、アラム先輩だって事情が分かるわけじゃない。したがって、ファルは詰問口調を再びキルスに向けた。
「戦を起こそうとしている張本人が、シャーロフだというのか?」
「さあな?エランに三日滞在するだけでいい、それで商人として再びやっていくための支度金が手に入る。そういう話だった」
「……まさか」
「けど、事実だ」
「信じられるかっ!」
声を荒げたファルは思わぬ行動に出た。
静かに箱を見つめたままのシャーロフ大臣のところに駆け寄り、彼の肩に手をかけたのだ。
「シャーロフ!答えろ!そして否定しろ!」
「あ、おい、バカ!起きたらやり直しだって……」
キルスの制止の声なんて聞くわけがない。ぐいぐいと肩を揺さぶったファルは、耳元に向かって思いきり叫んだ。
「シャーロフ!私の言葉が聞けないのか!」
「っ!!」
ビクンと震えて、シャーロフ大臣はゆっくりと目を見開いた。
先ほどだって閉じていたわけじゃなかったんだけど、生気のある目が見開かれると、確かに先ほどまでは寝ていたのではないかとさえ思う。
「……王子」
シャーロフ大臣は唖然とした顔でファルを見返し、それから、キルスを見やり、自分の試みが途中で邪魔されたことを知った。
「……ふむ。どうやら、失敗したようで」
「ああ、そうだな。まあ、また明日からやり直そうぜ」
「仕方ありませんな」
シャーロフ大臣はキルスにそう言って、ふう、と息を吐いた。
「ファルザード王子、なぜここに?」
「それはこちらの質問だ。シャーロフ、『不死鳥の雛』を望むのはともかく、エラン王国に病魔を呼び込もうとしたというのは本当か」
ぱちくりとシャーロフ大臣は瞬きして、それから合点のいった表情を浮かべた。
生気に戻れば、さすがに長年大臣を務めてきた人物なだけはある。凄味というか、落ち着きと言うか、若者にはないオーラみたいなのを感じる。
「真実でございます。エラン王国が脅威に陥っている状態。それが、魔神を呼び出すのに最低限必要な下地だったのです」
「エランが危機に陥ると知ってのことか」
「特効薬が、他国にあると分かっている病です。蔓延する前に取り寄せれば死者は少なくて済みます。それに、魔神が呼び出せれば、危機ではなく、飛躍の機会でございます」
「だが、民が死ぬのだろう」
「戦争で出る死者よりははるかにマシかと」
「シャーロフ!」
責めるようなファルの声に、シャーロフ大臣は真剣な眼差しを向けてきた。
「王子。今のままでは、エランはペテルセアの属国に過ぎませぬ」
「……それが、どうした」
「かといってもう戦争を起こすことはできない。ならば、別の手段でこの国を高める必要があったのです」
「……」
「王母様は、昔から魔神に執着されておりましてな。ご自分の手に入れたランプから、どうやってか呼び出せるはずだとずっと考えておられた。10年ほど前、チャンスが参りましたが、この小僧によって掠め取られてしまったのですよ」
ちらっとキルスを見やり、シャーロフ大臣は笑った。
「魔神のいる国ならば、ペテルセアには手が出せない。あの国は、魔神に見捨てられた王族の末裔でございます。魔神がいれば、その方が格が上であることを示すことができると、王母様はおっしゃる」
「王母……。お祖母様か」
「王子もいけませぬ。ペテルセア帝国の王女に対して、毅然とした態度をとらないせいで、王母様は不安に思っておられるのですよ。国王陛下は王母様のことを小言のうるさい母親としか思っておられないので聞き入れもしない。そのためペテルセアの女を王妃にするのではないかと心配されておりましてな。……まあ、我が娘を推すためではありませぬが」
ほっほっほと彼は笑った。
「『不死鳥の雛』も、病でいくばくもない王母様のためですよ。情報はうまく隠しておったつもりだったのですが。ここを突き止めてくるとは成長されましたな、王子」
王母様という人を、私はよく知らない。
国王の後宮が港街にあるのに、馴染みのある旧都に住み続けているらしいという程度だ。王母というくらいだから、国王陛下の母親のはずで、ってことはそれなりの年齢のはず。
ここまで少しも話題を聞かなかったのに、ずっと暗躍してたってことになるんだろうか。
「……」
ファルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……なるほど、お祖母様の顔を立てて場をおさめるのであれば、王女と結婚するつもりはないからご安心を、というべきだと?」
「そうおっしゃっていただけるのであれば、ありがたいですが」
「断る」
きっぱりと言い切った王子に、シャーロフ大臣は驚いたように目を丸くした。
「王女との婚約を進めるつもりはない。だが、それはお祖母様の意向に配慮してではない。国王の狙いに応えて、彼女を迎えるつもりもない。迎えたところで、彼女を愛することはできないんだ、夜を過ごすつもりもない夫のところになど、彼女だって来たくないだろう」
「……意外でしたな」
シャーロフ大臣は言葉通り、目をぱちくりさせて言った。
「王子から、これほどハッキリしたご意見を伺ったことはなかったように思います。いつもイイ子で優等生でしたからなあ。国王陛下の意見を気にされていたように思いますが……、どういった心境の変化が?」
「心境の変化だとかいう話じゃない。……オレは何人も愛せるほど器用じゃないんだ」
「なるほど」
シャーロフ大臣は嬉しそうに笑った後、こう続けた。
「そうでありましたら、早いうちに動いた方が良いですな。儂は年齢も年齢なので王位にこだわりはないですが、若いもんはそうでもないのですよ」
「何?」
にやにやとした笑みを浮かべながら、シャーロフ大臣はそれ以上は説明しなかった。
「シャーロフ大臣。立場上発言権がないのは承知してますが、現行犯なのでもう一度言います」
アラム先輩は会話が終わったのを見計らって口を挟んだ。
「ここは立ち入り禁止区画。身柄を拘束させていただきたいんですがね」
「ふむ。それは困りますな。いくらで見逃していただけるので?」
「いやぁ、すいませんが、港湾課じゃ、賄賂は通じません」
「ほほう」
シャーロフ大臣はさらに楽しそうな笑みになった。
「とはいえ、王母様が関わってるとなると、もみ消されるのも分かってるんでね。二度と入らないって約束してくれるんでしたら、見なかったことにしますよ」
先輩はうんざりした顔でそう続ける。
「『不死鳥の雛』についても、忘れてください。こいつは、数日中にペテルセア帝国に返しますから」
「返す?」
「ええ。買い取り手がいなかった品で、受け取り拒否です」
「そりゃ残念ですな。儂が買い手ではダメなので?」
「『不死鳥の雛』は、エラン王国に持ち込まないでほしいって王子の意向もありますしね」
アラム先輩はそう言って、肩をすくめた。
「そもそも、大臣。これ、毒ですよ」
最後に口を開いたのは、私である。
私が胸元に下げた古びたペンダントは、港湾課に貸与されている品だ。王宮のものだと聞いている。毒に反応して色が変わる石がついていて、幾度も活躍してきた。私が『不死鳥の雛』の入った箱に近づけると、その色が明らかに変わっていった。
シャーロフ大臣も知っている品だったんだろうか。私が意図するところを理解した彼は、ショックを受けた様子はなかったけど、驚いたようだった。
「では、ここ連日の儂の行動は無駄と……?」
「その汚ねえのが、なんだ?」
状況が分からないキルスが首をかしげる。
「このペンダントは、毒に反応して色を変えるんです。『不死鳥の雛』には、人体に有毒なものが入っているということです」
私の言葉に、キルスは顔色を変えて改めてペンダントを見やった。
「マジか」
この毒反応がなければ、『不死鳥の雛』を面倒なものとして追い返そうなんていう発想はなかったかもしれない。
けど、この事実、ペンダントは反応を示している。
そればかりか有毒反応はどんどん色味を増して……。
「!?」
倉庫の出入り口から漂ってきた香りに気づいた私は顔を上げた。
「先輩!」
私の声に、アラム先輩も数瞬遅れて顔をしかめる。
「頭を下げろ!口をふさいで、息を吸うな!」
鋭く命令しながらまずアラム先輩が率先して身を伏せた。
戸惑った顔をしたファルがそれに続き、キルスとシャーロフ大臣がいぶかしげながら身を伏せようとした時だ。
倉庫の出入り口から駆けこんでくる影が二つあった。
漂ってくる香りは、もはや煙の域に達していた。
人影は二つあった。どちらも黒ずくめだが、黒装束やファルのそれとは違い、身体のラインがぴたりと出る服装である。動きやすそうだが、このような恰好で出歩く人間はエラン王国にはまずいない。
人影の一つが香炉のようなものを持っていることからして、香りの犯人が彼らであることは疑いなかった。
何者だ、と指摘したい気持ちは大きかったけど、それ以上に香りの量がまずかった。
目に見えない香りが、煙として視認できるということは、尋常ではない濃度で振り撒かれているということだ。
口元を覆う手を一瞬でも離れたら……。
どうなるかという回答は、すぐそばに現れた。
香りを吸ってしまったらしいシャーロフ大臣が、ぐったりと床に崩れ落ちるのが見える。
死んではいないと思うけど、確認しないと分からない。
「ちぃ……。まあ、仕方ない」
キルスの声がした。
「シンドバッド!来い!」
その声に応えたのは、天井だった。
港湾課の倉庫は、貴重品ばかりが置かれているため、かなり頑丈な作りになっている。当然、壁が崩れ落ちるなんて、そんなヤワな作りではない。出入り口は一つだけ、それも頑丈な錠前がついていて、鍵はアラム先輩が持っているのだ。
天井が崩れ落ちてくるなんて、そんなことがあるわけがなかった。
「……そんな」
ガラガラと崩れ落ちる天井の間から、船底と見える木製の何かが覗く。
それは、ゆっくりと空間の中を下りてきた。
「嘘だろう……」
ファルの絶句した声がした。
船だ。それも、帆船だ。そんなものが、海沿いから離れた陸地に、それも天井を割って空から下りてくるなんてことあるわけない。
だけど、大きく張った帆もそのままに、まるで海の上を走る姿のままでそれは下りてきたのだ。
完全に着地したらいろいろと破壊されると思うんだけど、地上から5メートルくらいのところで船底は止まり、代わりにスルスルと縄梯子のようなものが垂れさがってきた。
「修理費、いくらかかると思ってやがる」
アラム先輩が見当違いのコメントを漏らしたけど、そんなことよりもよほど凄いことが目の前で展開されていた。
キルスは口元を布で覆うと、シャーロフ大臣を小脇に抱えて縄梯子に手をかけた。そのまま船は浮上していき、天井の間から抜け出していく。
侵入してきた黒ずくめたちは、呆気にとられる私たちとは違って、この事態でも仕事を忘れちゃいなかったらしい。
懐から取り出したナイフを投げつけ、縄梯子を落とそうとした。
だが、そのナイフ投げは失敗した。背後に回ったファルが、二人の首筋に剣を当てたせいだ。鞘ごとだったので切れてはいないだろうけど、とっさの動きとしては大胆な。
気絶させるつもりだったんだと思うんだけど、その打撃が加わった瞬間、黒ずくめの姿がグズグズと砕けた。
砂と化し、後には散らばった一抱えほどの砂の塊と、未だに煙を吐き出し続ける香炉だけが残る。
「こ、これは……」
ファルがショックを受けたような声を漏らした。アラム先輩が困惑しながらも出入り口へと目を向ける。
ゆっくりと上空へと上がっていく船を見上げ、私は叫んだ。
「キルス!シャーロフ大臣!後ほどこの件についての責任は追及すると思っておいてください!……けど、その前に医者にかかって回復しておいてくださいよ!」
主犯が死亡では、話にならないのだ。
私の声が聞こえたかどうかは不明だが、白い帆船はそのまま空へと浮かび上がったまま、姿が見えなくなった。
煙が晴れたのは、それから十分ほどした後だった。
アラム先輩がずっと見張っていたので、出入り口からどさくさまぎれに侵入した者は他にいなかったらしい。
侵入者たちは本当に砂になってしまったらしく、ファルが調べていたけど、黒ずくめの布すら残っていない。香炉はかなり高価そうなものだったので、何者かが裏にいるのは間違いないだろうけど。
「逃げられてしまったな……」
天井にぽっかりと空いた穴を見上げ、ファルが呟く。
「修理にいくらかかるかと考えると頭が痛い……。ファル、これって国から補償出ると思うか」
「港湾課の倉庫は、そもそも国の施設だ。資金は気にしなくていいが……、まあ、なんらかの責任問題にはなるだろうな」
「ぐあ。そっちか。俺、これ以上左遷されたら仕事先がねえんだけど」
「え。先輩が飛ばされたら、港湾課の能力って圧倒的にダウンするんですけど」
「そうだ、そうだ、ラーダからも上に言っといてくれ。俺、さすがに職が無くなったら結婚どころじゃねえし」
「諦めてはいないんですね?」
つい本音を漏らしつつも、私は苦笑いした。先輩が怒らせたという上司がこれ幸いと何を言ってくるか分からないのが怖いけど、いざとなったらペテルセア帝国に就職口が見つかると思うので、なんとかなると思う。
「オレが見ていた話だ、フォローはするからさすがに職が無くなるような真似はさせない」
ファルがそう言って言葉を添えてくれたけど、そもそもファルがこの場にいたことを知られるのもマズイ
「いざとなったらオレの側近になれ。おまえは役に立ちそうだ」
ファルの言葉に、アラム先輩は真剣な顔をして、やがて「給料いくら?」と尋ねた。
スッキリはしなかったが、なんとか一区切りだ。
『不死鳥の雛』は誰の手にも渡らなかったのだし……と、そう思いながら倉庫を出た私たちを待っていたのは、血の気の失せた顔でアラム先輩を探していた同僚の姿だった。
倉庫の修理手配をしながら彼の報告を聞いていたアラム先輩が、しばらく物言わぬ彫像に成り果てたくらいのバッドニュースである。
「ペテルセア帝国の調査団が、襲われた……?」
はい、と血の気の失せた同僚は言った。
「港町に戻る途中のことだったそうです。突然現れた黒ずくめの集団が、護衛にあたっていた者たちをかいくぐり、調査団を襲ったと。まだ調査団の安否のほどは定かじゃないそうで、サンジャル様が追加の軍を派遣したそうです。港湾課にも、国外脱出する者を留めるようにって指示が……」
そこで言葉を切った同僚は、アラム先輩と一緒にいるのが私だけじゃなく、もう一人いることに気が付いた。
「っっってぇ、王子ぃ!?なんでここにいるんですか!先ほどサンジャル様の部下の方々がほうぼう探しに来られて……」
同僚の言葉は最後まで聞こえなかった。
無我夢中で王宮に向かって走り出したファルを見て、アラム先輩がこう言ったせいだ。
「ラーダ!ファルのフォローについていけ!サンジャル様には、シャーロフ大臣の一部始終を報告、王子が遊んでたわけじゃねえってことを伝えるんだ!」
「は、はい!?分かりましたが、なぜですか!」
「……こんな時に、継承権剥奪の隙なんざ作られてたまるかっ!」
アラム先輩の血の吐くような声に後押しされて、私もまた、王宮へと走り出した。




