Proto-Time-Trouble
今からちょうど一億年前。
突如として、『ある物体』が地球に落ちてきた。
そのある物体とは言うなれば種子。グリーンピース程度の大きさで、形はどこにでもある楕円形。
特徴として赤い線が一本入っていたと言われている。
当時、高度な科学技術を持っていた人類は総力を上げてその種子の解明に専念した。
だが、結果としてわかったことは殆ど無かった。
わかったことといえば『おそらく、地球外の惑星の植物だろう』ということだけ。
それからまた数年が過ぎて、その植物に関する研究は中止が決定し、種子は半永久的に冷凍保存されることとなった。
しかしその決定に誰もが賛同したわけではない。その研究チームにいた一人の研究者が、
『この種がその様におざなりになるというのならば、せめて発見者たるこの私が自分の手で引導を渡してやる!』
そう言って種子を飲み込んだのだ。
変化はすぐに起きた。
その研究者の皮膚がみるみるうちに草木を連想させる緑色に変化し、体格は以前の貧弱な体つきからは考えられないほどの巨体に変化した。
その種子の様なものは実は種子ではなく、人間の体内に入り込んで寄生する未知の生物だったのだ。
これが後に語られることとなる『グリーンヒューマン』の誕生である。
グリーンヒューマンは元の人間としての理性を完璧に失い、増殖本能のまま次々と人間を襲っていった。
グリーンヒューマンの増殖方法は、生け捕りにした人間の体内に、あの時と同じ種子を無理やりねじ込むこと。
それにより体内に種子を埋め込まれた人間は、わずか半日で完璧なグリーンヒューマンに覚醒していった。
戦争が完璧に集結して数万年以上が経過していた人類は、軍事面ではまったく当てにならなかった。
たった一体の未知の生物になすすべなく、ただ滅びを傍観し、待つことしかできなかったのだ。
そして、わずか一ヶ月あまりで人類全ては『グリーンヒューマン』に変えられてしまった。
グリーンヒューマンは寄生する際に、その人間の知識を受け継ぐ。
そのため地球環境の適応も凄まじいものだった。
人類が何十億もかけて作り上げた技術の結晶をたったの数日間で把握し、理解していく。
そして年月を重ねるに連れて、『仲間を増やす』という本能だけで動いていたグリーンヒューマンに変化が生じていった。
家族を思い、親友を大切にし、恋人を愛する。今までの人間と何ら変わりのない生物へと近づいていったのだ。
それからまた何千年と過ぎ、グリーンヒューマン達の間では『人間』は伝説と化していた。
かつてこの世界に君臨した偉大な神で、我々に生命を与えてくれた創造主である、と。
――――自分たちが、その神を滅ぼしたなど露知らず。
そして、グリーンヒューマン達は『かつて存在したはずの人間』を復活させようという運動を開始した。
まだ未開である古代の遺跡や、地下シェルター、深海、ありとあらゆる場所を探って、人間の手がかりを得ようとした。
しかし、何千年という時は跡形も残さず、全てを風化せせていた。せめて遺伝子の情報だけでも手に入れば、人間を作り出せるというのに。
再び数千年が過ぎた。
グリーンヒューマンの寿命は人間の百倍。ゆうに千年を生きる個体だってザラだ。
だから、まだ人間への執着とあこがれは消えておらず、その運動もまだ続いていた。
そんなある時、宇宙から一つの星が落ちてきた。正確にはなんともアナログな小型のカプセル。
そこに入っていたのは人間の受精卵と、この計画の概要だった。
その名は『モーメント計画』。
グリーンヒューマンがまだ地球の地に落ちてくる前の計画であり、簡単に言ってしまえば、人工的に作り上げたクローンを受精卵をその状態を保たせたまま宇宙へ飛ばそうというものだった。
それはこれから先、人間が絶滅したことを危惧して遺された最後の遺伝子。それが何らかの再び地球に落ちてきたのだった。
事実、グリーンヒューマンによって人間は全て抹消されたのだから、この計画は成功したとも言える。
この思いもよらない空からの落とし物にはグリーンヒューマン達は歓喜していた。
これで自分たちとは異なった種の知的生命に邂逅できる。それだけが楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。
その受精卵が再び活動を再開して十ヶ月が過ぎた。人間の赤ん坊を見るのが初めてのグリーンヒューマンはまたもや自分たちの違いに驚く。
人間とは生まれたばかりでは自分で養分を採ることもできないのだ。
グリーンヒューマンは基本的に植物と同じ構造をしていて、日光と水さえあれば生きていける。
人間の不便さを実感しながらもグリーンヒューマンは成長に必要な養分となるものを手探り状態で探した。
そうしてなんとか人間が好む食料を探し当て、その子どもを育てていった。
また月日が流れ、その人間の子供は生まれてから十三回目の年を迎えていた。
名は『モーメント計画』に書かれていた型式番号になぞられて『ファースト・モーメント』と名付けられる。
その子どもは人間において、『女性』というものに分類されるらしく、グリーンヒューマンとは比べ物にならないほど華奢な体つきをしていた。
その『女性』という分類が意味することは、人間が単体だけでは数を増やせないということ。対になる『男性』というものがなければ子孫を残していけないのだった。
これまた分裂により数を増やすグリーンヒューマンにとっては思いもよらないこと。
せっかく見つけ出した命だというのに、それがたったの百年で子孫も残せないまま消え去ってしまうのだ。
そこで目をつけたのが『モーメント計画』 と共に提示されていたもう一つの計画。
『時空航行計画』だった。
この世界の時間軸と切り離し、独自の時間軸に沿って亜空間を移動する。
その理論や、機械の設計図何から何までが示唆されてた。
今までは人間の復活ばかりに集中していたせいで、こちらの計画にはまったく興味を示していなかったが、もしこれが本当に可能なら人間がいた頃の時代にだって戻れる、自分たちがどう人間によって誕生させられたかも判るかもしれないのだ。
グリーンヒューマンは設計図の内容どおりにさっそくタイムマシンの製作にとりかかった。
できたのは小型の楕円形をした乗り物。入り口がワープする仕組みになっているので中は思っている以上に広い
これでいつでも稼働は可能。
しかし、一つ危惧すべきことがあった。
それはこの機械の安全性。
何億年と前の失われた技術をそう安々と信じるほどグリーンヒューマンも愚かではない。
だから、人間の設計したものならば人間が乗るべきだということで、『ファースト・モーメント』がテストパイロットに抜擢されたのである。
中には、せっかくの人間をそんな危険なことに使うわけにはいけない、という声も上がったが、そんな少数意見はすぐに数の差で押し殺された。
そして今日がその実験の当日。
「本当に……いいんだな?」
「もう、何度もしつこいわよ、おじさん。私は人間としてみんなから期待されてるの。その期待に応えなきゃ恩返しもできないでしょ?」
ファーストは今まで自分の世話をしてきてくれた親的存在のグリーンヒューマンに別れを告げ、タイムマシンへと乗り込んだ。
心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。
自分は、恐れているんだ。
もう二度と会うことができないかもしれないという現実に。自分が何らかの原因で死んでしまうのではないかという不安に。
「らしくないな……そんなわけないじゃん」
操舵室に入ってひと通りのシステムを起動させる。
目標地点はは今から一四日後の未来。残念だが過去へ戻る機能はまだ未完成で搭載されていない。
しかし飽くまでテストプレイなのだからこの程度が妥当なところだ。
「それじゃ……行ってくるね。こんなの一瞬だけど――――」
ファーストは震える指で完了ボタンに指をかけた。
「――――ばいばい」
ボタンを押した瞬間、ブォンという機械音が聞こえ時間軸の切り離しが開始される。
急いで外の景色を窺うと、まるで電波が悪いテレビのようにあちこちにノイズが走っている。
そしてわずか数秒後、ブツンと電源がおちたように景色が真っ暗になった。
それは完璧に時間軸の切り離されたことを意味していた。
「……やった」
思わず言葉が漏れた。そして一度溢れだした歓喜の言葉は後に続いて流れででくる。
「やった! 成功だよ! 私生きてる! おじさん、おばさん!」
グリーンヒューマンの中にはここで失敗するという意見も少なくなかった。
だが、今は成功という事実だけがある。ファーストはそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
早く戻ろう。
そしてこの結果を彼らに伝えよう。
そうすれば彼らは自分を讃えてくれる。よくやったと大好きなおじさんに褒めてもらえる。
十四日後に時間軸を調節し、再び元の世界へと戻る作業を開始した。
これも特に困難なく進んでいく。
「ふふッ……私にとっては一瞬だけど、おじさんたちにとっては十四日も経ってるのよね。なんだか不思議だな。みんなどうしてるかな?」
その顔に笑みを浮かべながらファーストは再開を待ち焦がれていた。
銀色のタイツが全身にベットリとまとわりつくのが、とてもじゃないが我慢出来ない。戻ったらさっそくシャワーを浴びよう。
ファーストは帰った時にしたいことを楽しげにあれやこれやと考えていた。
そんな時だった。
ゴォォォォォ!! という爆音とともに機内がグラグラと揺れる。
まるで、そこへと帰るのを嫌がっているように。
「な、なに!? 何が起こってるの!?」
どうやらいまの状態は時間軸を一致させている途中のようだった。
そこに何らかの反作用や不可が掛かっており、衝撃が伝わってきているらしい。
しかし、こんな所で諦める訳にはいかない。もし諦めたらずっとここで暮らしていくことになるのだから。
「もうちょっと……だからッ!! お願い保って!」
バン!!
突然光が走った。
眩いばかりの光は全身を照らし、体を強張らせる。
「戻った……の?」
ファーストはその光が収まると、すぐ近くの窓から外の景色を確認した。
「え……と。なに……? これは……」
目の前の異常な光景にファーストは頭が真っ白になる。
赤。
外の世界を一文字で形容するとこんなかんじだ。
その場所には陸地なんてものはなく、マグマが地表を覆うかのようにドロドロ流れ、空気中には黄ばんだガスが蔓延し、視界をぼやかしている。
少なくとも生命が活動できるような場所ではなかった。
地獄。
そう、こんなのは地獄以上の何ものでもない。
「うそ……何が、起きたの? 私がいなかった十四日間の間に……」
声が震え、視界が涙で霞む。こんな現実、直視したくなかった。できなかった。
《教えてあげよっか? イレギュラーさん》
どこからともなく声が聞こえる。その声の主を探すべくファーストは辺りを見回す。
《ここだよ、ここ》
男とも女とも取れるその声はかくれんぼをする子供のように無邪気で、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
ファーストはようやくその声の主を見つけ、また声を詰まらせる。
「あ、あ……」
《どうしたの? そんな驚かなくても大丈夫だよ、こんなんじゃ僕は死なないからさ》
その主は外にいた。
生命が存在できるはずのない、マグマやガスが氾濫する外の空間で。
しかも、その姿はグリーンヒューマンでも人間でもない、言うなればただの光の球といったところか。
「貴方がこの世界を滅茶苦茶にしたの?」
ファーストは自然と口を動かしている自分に気づく。この状況で質問しないほうが無理ということか。
その光球は若干輝きを強めてこういった。
《いや、僕じゃないよ。それにこれは滅茶苦茶にされたと言うより、ただ“やり直した”だけだよ》
この光球が言ってることは全くもって理解できなかった。
一体何をどうやり直せばこんな惨状になるのか。
「何が起こったのよ……この世界に……皆に」
ファーストは掠れ声で質問を重ねる。
絶望に打ちひしがれながら相手の返答を待つ時間は、どれほど長いと感じれただろうか。
《うん。君みたいなイレギュラーな存在にも聞かれたら応えるのが僕の、星の観察者の役目だからね。教えてあげるよ》
光球は窓越しに様子を窺うファーストに近づいてある単語を述べた。
《回帰点。……って言葉知るわけ無いか》
「それが何なの? 早く続けて」
《これはある基点のことを指すんだ。その基点というのがね――――》
――――太陽の超新星爆発。
そう光球は言い放った。
ファーストも超新星爆発という単語は知識で知っている。
寿命を迎えた星が最後に巻き起こす巨大な爆発のことだ。
もし太陽が爆発したとしたら地球はもちろん太陽系そのものが消え去ることになる。
《君はその回帰点を通り抜けてきてしまったんだよ。タイムマシンでね》
「つまり……あの十四日間の間に太陽が爆発し、何もかもが消え去ったってこと……?」
《そういうこと。良かったねーー死ななくて》
「じゃあ、この惑星は一体どこなのよ! 太陽系は消え去ったんだからここは地球じゃないだろうし……!」
《いや、ここは間違いなく地球だよ。出来立てホヤホヤのね》
もはやこの光球が言うことには疑問しか湧かなかった。
太陽が爆発したなら地球が存在するはずがない。それとも太陽系以外で存在する別の地球とでも言うのか。
《残念ながらそれも違うよ。何故太陽の超新星爆発が回帰点と呼ばれているかわかる?》
「もったいぶらずに答えなさいよ」
《ははっ、手厳しいことで。つまり超新星爆発の後に待っているのは無ではなく再生なんだ。太陽系全ては一からやり直されるというわけ》
「だから、回帰点……」
《そういうこと。じゃあこれで僕は行くけど他に何か聞きたいことはある?》
全て伝えたいことは伝えた。そう言わんばかりに光球はファーストの元から離れていく。
「待って……私はこれからどうすればいいの? こんなところでどう暮らして行けばいいの?」
《そんなのは自分で決めるといいよ。ここで死ぬのも、生きるのも君の勝手》
「生きるたって……なにもないのよ? ここには」
《じゃあ、ここから移動すればいい。人類の誕生は四十六億年後くらいだから何回か休憩をはさめば三年位でつけるじゃない?》
その言葉を残し、光球は消えていった。
残されたのは自分と、このタイムマシンのみ。ファーストはしばらく黙り込んだままだった。
いきなり目の当たりにした理不尽なまでの終焉と再生。何を口に出していいかすらわからない。
(……でも、ほんとにあのタマッころの言うことが本当なら……)
これから先、ずっとずっと未来へのぼっていけば、また自分の場所へ戻れるということになる。
たとえ何年経とうがいずれはたどり着くことが出来る。
なら、ファーストが取るべき行動は一つしかない。
「おじさん……私、絶対に貴方のところに戻るからね」
メインシステムを起動させ、次のワープする時間軸を設定する。
一度で移動できる最大時間は約十億年。そして移動後にはそれに比例したチャージ時間も必要となる。
考えただけで気の遠くなるような話だ。
だが、それでも構わない。
自分の居場所はあそこしかないのだから。
後には何もないこの状況でここに留まる道理なんて無い。
ファーストは、おじと呼ぶグリーンヒューマンから貰った銀色のカチューシャをつけ、顔を上げる。
そこにあったのは強い決意をした少女の表情。迷いや困惑を切り捨て、一つの目的に向かう強い少女の顔だった。
「私は行くわ。たとえ何十億と時が離れていようとそんなのは関係ないんだからっ!」
ここから、ファースト・モーメントの長い長い旅が始まろうとしてた。