晩秋の空で天使は踊る
晩秋の空で天使は踊る
八月一日
それはとうとつだった。
いつもの帰り道、友達と別れた後残りの帰路を歩いていた時、頭の上に何かがのった。ものすごくかるくて、ふわふわしてそうなものが。
実際に手にとってみると、クセになりそうなやわらかさをもった、真白な羽。夕日を浴びているはずなのに、羽は白いままで、羽自体が白く光ってるんじゃないかと思う。
白い羽の感触を堪能しているさいに、ふと、木の羽は何の羽だろうと、すこしばかし遅い疑問がわきあがった。白鷺か鶴くらしか思い浮かばないけど、そんなの飛んでたらすぐにわかるし、仮にそんなのがいても羽はこんなに白くないし、やわらかくもないと思う。
羽は上から降ってきたんだから、上をみればいいということに気付くのが遅れた。
「・・・・・・うそ」
上を見上げれば、黄金と山吹色に染まった雲と、浅黄色の着物みたいな空が広がっていて、その風景のひとつに、白いドレスみたいな服を着て、背中から真白な羽を生やした、プラチナブロンドの長い髪の女の人がいた。
私の頭には、その女の人を表す一つの単語が浮かんでる。
天使、と。
「綺麗・・・・・・」
そよぐ風になびくプラチナブロンドの髪がキラキラ光ってて、夕日で背中にはやした羽がやわらかそうになびいてる。
『こんにちは。かわいらしいお嬢さん?』
ぼーっと空に浮かぶ天使を見ていたら、頭の中に聞いたことのない、綺麗に透き通った声が聞こえた。どうしようかと、あたふたしていたら視界に影が入って、前を向けば空にいた天使が下りてきて、目の前にいた。
「声が聞こえたってことは、あなたの心は私たちに近いのね」
間近で聞いた天使の声は、頭の中で聞いた声よりもすこし澄んでいた。
まじまじ、という感じで私は目の前の天使を見た。
天使の眼はサファイアのように蒼くて、肌も新雪のように白くて、髪は遠めで見るよりも、こうして間近でみると絹のようなやわらかさをいだかせる。
背は私よりもすこし高いくらいで、どこか世話好きのような雰囲気があった。
「心が、近い?」
「ねえ、空、飛んでみない?」
「え?」
空を、飛ぶ?
「連れて行ってあげる」
天使は私がほうけてるのも気に留めずに、私の手を引いて抱き寄せられ、私は後ろから天使に抱きしめられる格好になった。天使とはいえ同性なのに、背中に当たる見た目よりも大きな胸の感触に、どぎまぎしてしまうのは相手が天使だからだと思う。だって、大きいんだもん。
「わっ」
ばさっ、と羽が動く音がしたと思ったら、私の足は地面から離れていた。離れてからはどんどんと高度を上げていって、電柱2本分くらいの高さまでとんだ。
これが、空なんだ。
地面に足がついてる上体で見る空とは可なり違う。
地平線に沈んでいく夕日と、その夕日に照らされて黄金にも山吹にも染まった雲、雲間から四方の地面へとのびる光柱、上へ上へと色を濃くしておく浅黄色の空。
どれもが地面で見るものとは違って、新鮮で。
「すごい、きれい」
わけもわからずに頬を涙が伝う。
「〝ずっと飛びたかった〟空はどう? なんて、聞かなくてもわかるわね」
天使の細長い指で涙をぬぐわれながら、私は空を見続けた。天使のいったことに違和感を感じながら。
「ずっと、飛びたかった? 私が?」
「人なのに、羽を持たないのに、空に焦がれて飛びたいけど、飛べない。人なのにそんな、飛行衝動を持った人、それがあなたよ緋澤雪奈」
なんで名前知ってるんだろう。天使だから?
「今日は秋空を見に着たのに、いい拾いものしたわね」
ゆっくりと高度を下げて、足が地面についたと思ったら、向きを変えられて、今度は正面から抱きしめられた。さらさらの髪や香ってくる甘い匂いで胸がドキドキする。
「ねえ、雪奈。天使にならない?」
「天使……に?」
「雪奈さえ、返事してくれればすぐにでもなれるわ」
私が天使に? いきなりそんなこと言われても……。
「雪奈が特異稀な飛行衝動者だから誘ってるの」
飛行衝動っていわれても、今まで空を飛びたいだなん――。
「っ!?」
空、空そらソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラッ。
何、これ。
濁流みたいに空への欲求が沸いてくる。やだ、
何なのこれ、胸が、苦しい。
「胸が苦しい? それが雪奈の飛行衝動。天使になれば消えるけど、ならなかったらいつまでも衝動にさいなまれることになるわ」
天使が抱きしめてくる腕に力を込めた。それによってさらに抱きし寄せられた私は、胸が苦しくけど置き場のない腕を、天使の背に回した。
「我慢しなくても、天使になれば楽になれるわよ?」
「私が、天使になったらどうなるの」
「雪奈にかかわりのある人達から、雪奈に関する記憶が全部消える」
記憶がなくなる。
それを聞いたはずなのに、私の中の飛行衝動はそれでもわきあがってくる。
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
ソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラソラ
空への欲求で胸が張り裂けそう。
「……雪奈は、天使のことどう思ってる?」
「……わかんない」
「天使はね、普段は上にいるけど結構な頻度で下に着てるの。ただ、人には見えてなだけで。中には人に紛れて暮らしてる天使もいる。もしね、雪奈がここでの生活がいいなら、ここに住めばいいし、学校にも行けばいい。記憶はなくともね。でもね、雪奈。雪奈の中にある飛行衝動だけは否定しないで」
痛いくらいに抱きしめられて、耳元でそんなことを囁かれた。
否定したくても、もう、それができないくらい大きく膨らんでる。
「ねえ、雪奈。もう一度聞くけど、天使にならない?」
「……天使になったら、飛べる?」
「ええ」
「……天使にして」
ばさっ、と羽の音がして何か温かいものに包まれたと思ったら、それが天使の羽で、私は真白な羽に覆い包まれた。
それと同時に、胸をこんなにも苦しめていた飛行衝動が引いて行った。そのかわりに自分の体が作り変わっていく何とも言えない感覚と、肩甲骨似感じるうずき。
「んぐっ」
うずきが強くなって、皮膚がもりあがってくるのを感じる。痛みが来ない代わりに何か急かすような感情が湧いてくる。
そして皮膚を突き破って私の背中に羽が生えた。
「雪奈、天使になった感想は?」
抱きしめられていた体が放されて、私を包んでいた羽もどいた。
秋風にさらされた私の羽根からは、すこしくすぐったさをかんじる。
「うん、悪くないかな」
天使になった自分の体は、腕を見る限りじゃ目の前にいる天使と同じ肌の色で、髪は私の方が白気が強い。
……それと、心なしか胸回りが少し窮屈。
「雪奈の羽は淡いピンクなのね」
「白くないんだ。白がよかったな」
「どうして? 有色素の羽なんてあんまりいないわよ?」
「でも、私この色がよかったな。おそろいって感じがよかったのに」
白くてふわふわした天使の羽を触りながら答える。
「ありがとう」
ぎゅーっと天使に抱きしめられた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ねえ、まだ名前聞いてない」
「ユスティリア」
「ユスティリア、これからどうするの?」
もう私の事を憶えてる人は誰もいない。家にいっても不審者扱いだろうし。
「私に家行こう」
「あるの? 家」
「私、こっちにすんでるから」
こっちに住んでる天使もいるってさっきいってたっけ。
「雪奈、羽生えたんだから飛ぼう?」
ユスティリアに手を引かれ、おぼつかないながらも羽を動かすと足が地面から離れて、浮遊感が体を包む。
「どう? 自分の羽で飛んだ感想は」
「気持ちいい」
そよぐ風が頬をないで髪をなびかせて、羽をはばたかせるたびに、体を流れていく風の感触が心地いい。
「でしょ?」
羽をはばたかせるたびに、抜け落ちていく数枚の羽が夕日に照らされてキラキラしてる。
天使になった今となっては、皆から私に関する記憶が消えたことはどうでもいい。
ユスティリアの手をほどいて、空を気ままに飛ぶ。
「雪奈、踊ってるみたい」
好きなように羽をはばたかせて飛ぶ空は、なにもかもが新鮮で胸が高揚していくのがわかる。くるくると回ってみたり、すーっと急降下してみたり。
晩秋の空の元で、私は天使になった。
fin(?)
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「お邪魔しまーす」
「雪奈? ここは今日から雪奈の家でもあるんだから」
「……ただいま」
「ん。おかえり」
fin
部活で書いた小説をちょいといじったやつです。
テーマに沿ってたんですけど、天使書きたいなーとか思ってたらこれを書いてましたね。今のところ短編なんですけど、続きがかけそうな具合の終わり方ですね? ……その後とかかけたら書こうかな(--〆)