『素直になれてたら』
「愛してるよ。」
その一言は、結局最後まで言葉に出来なかった。
代わりに口から出てくるのは、文句、ため息、皮肉気味な冗談。
「別に。」
「好きにすれば?」
「あなたが悪いでしょ。」
本当は違った。
「もっと私を見て。」
「寂しい。」
「そばにいて。」
その全部を、いつも違う言葉で伝え続けた。
彼は何年も、その暗号を解こうと努力した。
けれど、
「やっぱり、私たち、あわないよね。」
その一言を聞いて、彼の中では全てが終わった。
離婚届に判を押した日も、
彼女はどこかで思っていた。
娘のために、この人は結局私から離れられない。
だから、いつか戻れる。
そう思っていたが、連絡はこなくなり、自分の用以外で、彼が私たちの前に顔を出すことはなかった。
しばらくして、
新しい彼氏ができた。
でも、心はどこか満たされなかった。
笑っていても、
誰かと旅行に行っても、
誕生日を祝ってもらっても。
ふとした瞬間に思い出す。
元夫なら、どう言っただろうか。
元夫なら、こんな時どんな顔で笑っただろう。
彼氏を好きなつもりだった。
でも、本当に欲しかったのは、失った居場所だった。
愛していたのか?
そう聞かれると、彼女はうまく答えられない。
愛だった。
でも同時に、執着、でもあった。
私を理解してくれているはずの人だった。
何をしても離れていかないと思っていた人だった。
その人が、自分のいない人生を幸せそうに歩いている。
受け入れられなかった。
彼氏が「愛してる」と言うたび、心のどこかで比べてしまう。
元夫は、もっと私を愛してくれていたよ。
その"過去の愛情"だけを抱きしめながら、今の恋人にも、自分の未来にも、ちゃんと向き合えないでいる。
失ったのは、夫ではない。
言葉にしなかった、私の中の愛だ。
けれど人は、愛を失って苦しむのではない。
人が苦しみ続けるのは、伝えることの出来なかった愛が、永遠に届くことはないと悟った時だ。




