第62話 オリトの神様
オリトはブロック折り紙の最後のパーツを差し込み、ゆっくりと体を起こす。
作品全体を上下左右から確認し、繋がりが緩そうな部分をギュギュッと押さえて微調整を施した。
「うん、いい感じ」
三時間以上かけて出来上がった完成品を眺め、オリトは目を輝かせて頷く。
パーツを作っていた期間を含めると三時間どころじゃない。だがそれだけの時間を使っても惜しくなかったと思うほどには、いい出来栄えだと自画自賛する。
この世界初のブロック折り紙のモチーフは鶴。
選神の儀を受け、最初に出した紙で作った折り紙と同じだ。
幾十、幾百ものパーツの重なりは、鶴の羽根のよう。
体から長く伸びた首の先には、茶色に塗ったパーツで作ったクチバシ。
翼は折りたたんだ構図で、体に沿って僅かに浮かせている。次回作は雄々しく広げた構図に挑戦したい。
とはいえ、数時間の労力と根気がいることを考えると、次の機会はだいぶ先になりそうだ。
両手を組んで思いっきり上に伸ばし、凝り固まっていた体をほぐす。
「ふうぅぅぅぅううう!」
完璧に準備を整えて、オリトは深呼吸をする。
目をつむり、深く吸い込んだ息を細く長く吐き出すと、心の中まですっきりしたように感じた。
(神様、紙の神様。いつも見守っていてくださりありがとうございます。紙の神様にお渡ししたい作品ができました。受け取っていただきたいので、まず紙の神様が降りてこられるようにカエルを作りますね。よろしくお願いします)
オリト流の祝詞を唱えて、そっと両目を開ける。
そこにはいつも通りの白い折り紙が、行儀よく置かれていた。
「よし」
気合を入れ、いつも以上に丁寧に折り紙をカエルに変えていく。
五歳の子供でも折れるような初級のカエルは、ほんの数分で折ることができた。
それを手の上に置いて曲がっていないことを確かめ、完成させた作品の手前に丁寧に下す。
緊張を微かな息に乗せて体から押し出し、そっとカエルに呼びかける。
「紙の神様、準備が整いました」
そのオリトの言葉が終わるか終わらないかというところで、カエルがその場で高く跳ねる。
ピョンっと元気な動きを見せたカエルに、オリトは目を細めて声をかけた。
「神様、今日はいつもとは違うものを作ってみました。紙のパーツを三百個ほど使って作った鶴です。受け取っていただけますか?」
そして紙の神の注意を向けるように、先ほどできたばかりの作品に触れる。
カエルは三回、ピョコピョコピョコと跳ねて体の向きを変え、それから作品の前に立った瞬間、ピョーンッと一際高く飛び上がった。
まるで「驚いた!」というようなコミカルな動きに、オリトの口角が僅かに上がる。
「気に入って、いただけましたか?」
自分としては会心の出来。
でも受け取ってもらう神様が気に入らなかったらと思うと、オリトの声も小さくなる。
おずおずとしたオリトの声掛けに、カエルは一度ピョンっと飛び上がった後に作品の周囲を飛んで回り出した。
胴体からお尻、それから首の前に来てその場で何度も飛び跳ねる。
そしてオリトの前に来ると、乗せろとばかりにオリトの手に果敢に飛びついた。
「おっと、待って」
軽いカエルが飛んで行ってしまわないように気を付けて、オリトは広げた手のひらにカエルを乗せる。
「上から見たいんです? 顔の方ですか?」
声を掛けながら鶴の顔の前に、カエルを乗せた手を移動させる。
ゆらゆらと左右に揺れるカエルは神様自身が動かしているのか、それともオリトの手の動きのせいなのか判断できない。
オリトは手を鶴の前に置いたままで暫く待つ。
カエルはただの紙のカエルに戻ってしまったかのように微動だにしない。
気に入ってもらえたんだろうか。
たぶん気に入ってもらえたと思う。
喜んでいるように見えた。
緊張に手に汗がにじみそうとオリトが心配し始めた頃、カエルがオリトの手からピョンッと跳んだ。
紙のカエルは、ふわりと羽根のように鶴の背に着地する。
「あ!」
予想もしていなかった神様の動きに、オリトの口から驚きの声が飛び出す。
音もたてずに鶴の背に乗ったカエルは、どこか誇らしげに左右に揺れる。
「神様ぁ……」
情けない声を出してオリトは体から力を抜く。
精巧に作られた鶴の背に、初級のカエル。
何とも表現しがたい組み合わせだ。
紙の神様がそこにいると知らなければ、子供がふざけて置いたと思われるだろう。
ゆらりと前後にカエルが揺れる。だがしっかりと組み合わされたブロック折り紙の鶴は動かない。
今度はもう少し動きのある作品を作ろうか。
それを神様が望んでいるかどうかは分からないけれど。
そんなことを考えていたオリトは、次の瞬間、体の全ての動きを止めた。
『オリト、アリ、ガトウ』
拙い、小さな声が聞こえた。
子供とも大人ともつかない声。
凛々しい男の人のような、あるいは温かい女の人のような。
短く、柔らかく、そっとオリトの鼓膜を揺らして消えて行った声。
その声と共に、鶴もカエルもサラリと消えて行く。
空になった机を見て、オリトは唇をぎこちなく動かす。
「ははっ、神様、喋れるんだ」
力の強い神様は、直接人間に神託を授けられると聞く。
紙の神様は単純な作りの折り紙を動かすくらいしか、力がないと思っていた。
だがそれは違うのかもしれない。
あるいは――オリトの想像でしかないが、最近の出来事を思い出して思う。
もしかしたら、紙の神様への信徒や信仰が増したからかもしれないと。
レネーやランドルという信徒に加えて、アシュヴェル家やフェーベ商会を通して折り紙や飛び出す絵本などで紙を活用する範囲が増えている。
それは確実に、紙の神様への信仰に繋がっているだろう。
その一助をしたオリトへのお礼なのか。それとも単純に紙の作品に対してなのか判断はつかない。
でも短い言葉に込められた思いは、確かにオリトに届いた。
「いつか、もっと喋れるといいな。僕からも、直接お礼を言いたい」
鶴が消えてしまった机を撫で、オリトはこぼす。
感謝を伝えたいのはオリトの方だ。
紙の神様のおかげで、どれだけ救われただろう。
オリトも、そして神様の存在を信じることができなかった前の僕も。
「神様――」
自然と、オリトの顔に笑みが広がる。
ふわりと、空気を揺らすように。
神様はここにいる。
人のそばにいる。
それを感じられるこの世界は幸福だ。
たとえその存在が感じられない時でも、オリトは決して見失わないだろう。
神様と、折り紙と、そして神様の祝福を受けた人たちと共にオリトは生きていく。
お読みいただきありがとうございました。
この後の学生編、信徒編など構想はありますが、だいぶ先になりそうですので一旦完結とさせていただきます。
初めての新しい世界観で、冒険しつつも楽しく描くことができました。皆さんも楽しんでいただけたらと願っています。
ありがとうございました。




