第61話 あと少し
本日2話投稿します。
大量に積みあがった三角のパーツを一つ一つ繋げていく。
尖った部分を別のパーツに差し込み、隣りあわせにして立たせてを繰り返す。
折り紙の派生、ブロック折り紙とも呼ばれている。
簡単なものであれば数個、難易度の高いものであれば数百個から千を超えるパーツを使う。一番有名なブロック折り紙と言えば、二つのパーツで作れる手裏剣だろう。
オリトは最初のカミオチに会った日から、気分が滅入った日にはブロックパーツを作るようになった。
今日はそれを一つの作品として仕上げるため、朝から集中して作業を続けている。
「ふひぃ。頭、疲れてきた」
土台を組み、そこから頭の中にある姿を想像しつつパーツの向きや数を変えていく。
前世の時は動画を見ながら進めていた作業を、ひたすら記憶を頼りにしているため脳みそが焼け焦げてしまいそうだ。
(あれからランドルを見てないし、連絡もないし、どうなったんだろ。ジョシュアの話では兵士の訓練には顔を出してるって言ってたけど)
曲がりなりにもオリトは主人である。
拾った野良犬、もとい助けてしまった元騎士の近況を把握しておきたい。
でも大人たちは気にするな、大丈夫だと言うばかり。
紙吹雪を撒くのを手伝ってくれた職人たちにはお礼を言えたけれど、あれ以来工房に行けてもいない。
飛び出す絵本を本格的に制作するにあたり、ジルストと商会の間で頻繁にやり取りをしているにも関わらずだ。
なんとなく、カミオチに関連したゴタゴタからオリトを遠ざけようとする大人たちの意図が透けて見える。
「ああああああ、もう!」
延々と続く単純だけど難解な作業と、疲労した脳、すっきりしない状況にオリトは子供らしく癇癪を起してベッドへと倒れこむ。
悩みは尽きない。
十歳で受けた選神の儀からもうすぐ一年になる。
あっという間の一年だ。
そして十二歳になる歳、来年には貴族学校に通う。
オリトが行くのは隣の伯爵領のさらに隣の侯爵領にある学校だ。
勉強については心配していない。
書の神様の加護のおかげで記憶科目は得意だし、計算なども問題ない。
あとは芸術系と体術系だが、十歳らしいレベルにはいると思う。
問題なのは、自他ともに認める表情の無さである。
貴族学校で同級生になりそうな子女の名簿も家庭教師からもらい、大体把握した。
親の派閥や力関係も大体覚えたから、トラブルになりそうな相手は徹底的に避ける予定だ。
(子爵家だし、次男だし。絶対に負けるから、権力には近づかない一択!)
十歳の子供としてはだいぶ後ろ向きな決意である。
パタパタと足を揺らし、キシキシとベッドが音を立てるのをうつ伏せのまま聞く。
身体的にも精神的にも忙しかったこの一年。
選神の儀で紙の神から加護をもらったことをきっかけに、家族との関係を改めて見直すことができた。
父にはまだ苦手意識があるけど、オリトを嫌ってはいないと分かった。
母も兄も姉も、オリトのことを大事にしてくれる。
自分の将来はまだ見えていないけれど、アシュヴァル領を少しでも支えていける存在になれたらとは思う。
それから――様々な出会いがあった。
フェーベ商会のセディックやシュークラ、職人たち、一生忘れないだろう最初に会ったカミオチ、それからランドルとレーネ。
「レーネ……ランドル、頑張ってるって。まだ、見れてないけど」
そう、まだ見れてない。将来、オリトの騎士になることを目標に兵士として頑張ってるらしいけど、オリトは人伝いにそれを聞いただけだ。
「んんんんん……」
枕に顔を突っ込んだまま、唸り声を上げてオリトはしばらく迷う。
ぱたぱたと足を揺らして、考える。
それからガバリと顔を上げて、「よし!」っと小さく決意してベッドから飛び降りた。
屋敷から外に出て、普段フレーシャと散策する庭を抜け、さらに敷地の奥に進む。
昨日雨が降ったせいで、風がふくと少しだけ肌寒く感じる。
(上着、着てくればよかったかな)
思い付きで出てきてしまってちょっとだけ後悔する。
歩くペースを上げて、オリトは目的地の手前にある建物の陰にしゃがみ込む。
数秒待ってから、そおっと奥を覗き込む。
響いてくる掛け声。地面を擦る足音。遠くからは訓練用の剣が鳴らすやや鈍い打撃音。
ぬかるんだ足元から泥が飛ぶのも構わず、屈強な男たちが訓練をしている。
オリトも一日おきに剣術の授業を受けているが、彼らの域まで到達できる気がしない。
受けている恩恵のせいと言えばそれまでだが、たとえ恩恵があったとしてもオリトには無理な気がする。
そもそも、体を動かすことが好きだったら、剣の神や――いるか分からないけれど――筋肉の神が加護を与えてくれただろう。
「あ、いた」
オリトは小さく声を上げる。
機敏な動きを繰り返す兵士たちの中で、一際洗練された動きを見せる人物を見つける。
(ランドル、頑張ってる。周りの兵士ともいい感じっぽい。ジョシュアが間を取り持ってくれたおかげかな)
さながら、ドッグランを走る愛犬を見守る飼い主だ。
緊張していないか、周囲に溶け込めているか、力量差を分かっているのか。
相手に怪我をさせないように、でも楽しめるように。
白い髪と眼帯が、簡素な兵士の制服とはアンバランスな印象。
騎士としての正装の方が似合うだろうと考え、はたと気づいて無理矢理その考えを頭から押し出す。
オリトは小さくうずくまったままで暫く兵士たちの訓練を眺め、それから深く頷いて立ち上がる。
「よし、部屋に戻って折り紙の続きをやろう」
頑張っているランドルの姿を見て満足だ。
もやもやが晴れて、今日中に作品を仕上げられそうだとオリトはご機嫌にその場を去った。
「なあ、オリト様、来てたな」
「ああ」
「声かけなくて良かったのか?」
「一応、隠れて見てるようだったからな」
「ぷっふ、まぁ、そうだな」
オリトが隠れていたあたりをちらりと見て、ジョシュアとランドルは笑い合う。
人の気配を敏感に察知するランドルやジョシュアに見つからないと、なぜ思ったのか。
じっとランドルを観察し、満足気な様子を見せていたオリトを思い出してランドルはもう一度フッと笑う。
「こっちが守る側なのに、見守られるのはどうも照れくさいな」
「オリト様が言うには、拾った犬は最後まで面倒を見るんだそうだ」
「犬?」
「ああ、犬だ」
「犬……」
まさか、十歳の子供に犬扱いされているとは。
ランドルは愕然として灰色の右目で遠くを見つめる。
ジョシュアはからかうのが心底楽しいというように、腹を抱えて笑い出した。
それに対してランドルは口元を歪めながらも、「犬の飼い主はご主人様だよな。ってことは騎士と主人と同じような関係だ」と無茶苦茶を言うので、さらにジョシュアの笑い声が大きくなる。
周囲の兵士たちが何事だと視線を向けるのも気にせず、ジョシュアはヒーヒーと涙を流して笑い続けた。
「ま、頑張ってそのうち犬から昇格して騎士にしてもらえよ」
「ああ。言われなくとも」
一方的で強引な約束ではなく、心から信頼される騎士として仕えられるように。
ランドルは胸に手を当てて、オリトが去って行った方へと騎士の礼を取ったのだった。




