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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第6話 神様?



 長い一日が終わり、自分の部屋に戻ってオリトは流れるようにベッドの上に体を投げ出す。


「はぁ、疲れた」


 母からは父親への報告は今日のうちにするが、オリトも交えた話し合いは明日になると告げられた。

 十歳の柔な体に限界が来ていたので、とってもありがたい。

 一日、処刑が伸ばされた気分でオリトはごろりと体をうつ伏せから仰向けに変える。


 たった十歳の子供を家から追い出したりなどしないと信じたい。

 どのみち子爵家の第三子であり次男であるオリトは、家にしがみついて生きられない。

 長男は健康だし、長女は出来が良くて美人。

 無表情鉄仮面がデフォルトに近いオリトでは社交で役に立つはずがないし、周囲も期待していないだろう。

 彼らがオリトに期待していたのは火の神の加護を受け、領地内で火の神の加護の力を使って生活することぐらいだ。

 紙の神という火の神とは正反対の性質を持つ神の加護を受けた以上、どうにかして仕事を自分で見つけてこなければいけない。

 せめて成神(せいじん)の年である十五歳まで家にいさせてもらい、それまでにできる限り加護の力を高めつつ生計を立てる手段を見つけることが目標だ。


(紙の神様……どういう風に加護の力が活用されているかを調べて、どこまでいくとどれだけ稼げるか……)


 泥のように沈み込みそうになる意識と戦いながら、オリトは人生設計を組み立てていく。

 面倒だという思いと、火の神の加護を受けたらダラダラと既定路線を進んでいただろうことを考えれば、今後の人生が楽しみだという期待もある。


 そう、自分だけの人生がこの世界で始まる。

 前の人生は……と考え出したところで、オリトはのそりと上体を起こした。

 足を前に投げ出し、背中を丸めてため息を吐く。


 前の人生。

 そう、今日蘇った記憶の整理をするのを忘れていた。

 平凡で、自己主張も強くなく、施設にいた母を見舞っていた日々。

 ベッドに座る母親と一緒に折り紙を折っていた記憶。

 それはもしかしたら今世で役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。


「あ~、うん、よし!」


 このままだと外出着のままで寝落ちしてしまう。

 疲労で重い体をずるずると引きずってベッドから立ち上がり、オリトはクローゼットへと足を進める。

 子爵家の次男で一応メイドもついているが、最低限のことは自分一人でできるのだ。

 選神の儀の正装から、寝間着へと着替えてオリトは勉強机の前に立つ。


(紙の神様、僕の第二の人生、あなたの加護のおかげでなんとなくだけど楽しくなりそうです。親のためじゃなく、自分のために生きていくことが出来そうです。あ、もちろん、紙の神様のこともちゃんと忘れないですけど。でもワクワクしているのは事実なので、これからの頑張りを見ていてもらえると嬉しいです)


 祝詞でも祈りでもない、ただの友達に喋る感覚でオリトは心のままに紙の神に語りかける。

 つらつらと思いを語っていたら、淡い光と共にひらりと一枚の紙が机の上に舞い降りた。


「……なるほど?」


 どうやら紙の神様の判定では、今のでも十分らしい。

 格式ばった儀式を求めるような神様でなくて良かった。

 新たに生じた紙を撫で、オリトははっと思い出して慌ててクローゼットへ戻る。

 先ほど脱いだばかりの上着を手に取り、ポケットから紙を取り出した。

 昼間、一羽の鶴を折った紙の余りだ。

 同じ大きさの正方形があと三枚、小さくなるが二枚は切り出せる。せっかくならこの紙は余すところなく使ってしまおう。


 オリトは机の前に座り、引出しからペーパーナイフを取り出す。

 辺と辺を合わせて、切り離す場所を何度も爪で擦る。

 入念に付けた折り目にペーパーナイフを差し込めば、シャアッと心地よい感触と共にナイフが紙を切り裂いていく。

 同じ作業を繰り返せば、大小さまざまな正方形が七枚できた。


(何を作ろうかな)


 ワクワクする気持ちが浮かんでくる。


 過去の記憶の中の自分――千鶴は毎日折り紙を折っていた。

 施設で千鶴が誰かも分からない様子なのに、ニコニコと千鶴の手元を見て「あなた、上手いわね。うちの千鶴も上手なのよ」なんて笑っていた母親。

 その度に苦い思いを飲み込んで「ありがとう」だなんて言って……。


 ふうっと息を吐いてオリトは紙を折る手を止める。

 過去の自分は折り紙を折ることで、母親との沈黙の時間を誤魔化していた。

 でもそれだけじゃない。純粋に折り紙が好きだったのだ。

 我が子を認識できなくなった母の口からは、折り紙が好きな息子の自慢話がたびたび出てきた。

 折り紙を作って披露してみせれば、「うちの息子もね」だなんて本人を前にしてべた褒めをしてくれた。

 嬉しかった。

 折り紙が、記憶を失っていく母親の介護の時間を苦しいだけではなく、温かい時間にしてくれた。

 オリトはほぼ出来上がった折り紙を手に取り、爪を紙の間に押し込んで形を整える。


「できた」


 手のひらの上に置いてバランスを確認し、そっと机の上に置く。

 フッと小さく笑って、出来上がった折り紙の作品のお尻部分を押せば、ぴょんっとそれは飛び上がる。

 折り紙で作ったのはカエルだ。

 本当は緑色の紙があったらもっとカエルっぽくなっただろうに。

 この世界に色紙などあるのだろうか。あるいは、契約用の紙に神の加護がつくように、望めば色紙を出してもらえるのか。

 それは今後確かめていくしかないだろうと、また新たに心のメモを書き足す。


 ひとしきりカエルをジャンプさせて十歳っぽいことをした後、オリトは次の紙に手を伸ばした。

 疲れてはいるけれど、残りの紙も折ってからにしたい。

 次は何を作ろうかと手元に紙を引き寄せた時、それは起こった。


 ピョコン。


 カエルが跳ねる。


 ピョコン、ピョコン。


 見えない指が、折り紙でできたカエルをジャンプさせている。


 ピョコ、ピョコ、ピョコン。


 机の上を一周、円を描くように回ってオリトの近くにやって来たカエル。

 ゴクリと、オリトはつばを飲み込む。

 潤ったはずの喉はすぐに枯れ、オリトは戦慄く唇を無理矢理に動かした。



「神、様?」



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