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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第59話 忠犬騎士


 オリトは無表情鉄仮面のままでどうすべきか考える。

 でも考えれば考えるほど、ランドルの申し出を断れる気がしなくて、子供らしからぬ重々しいため息を吐いた。


 なんというか、野良犬を拾ったら血統書付きの犬だった気分だ。

 傷ついて泥だらけでしょぼくれた真っ黒な犬を洗って看病したら、ピッカピカの綺麗な犬になった、みたいな。

 長い綺麗な白い髪が、ふさふさと振られる尻尾にも見えてきた。

 オリトは目元を擦り、目の前にいるのがちゃんと人間であることを確かめる。間違いなく人間であった。


「とりあえず、僕の騎士にするかどうかは父上と相談させてもらう。それから、でいい?」

「はい。一日も早くオリト様にお仕えできるように精進いたします」

「そういうのはいいから」


 胸元に手を当てた姿勢で宣言され、オリトは一気に疲労を覚える。主に、精神的な。

 問題は一旦すべて保護者である父リュウストに投げるとして、早くこの場を丸く収めてしまいたい。


「それで、僕はどうすればいい?」


 面倒になって、生気の抜けた目でランドルを見る。

 対して、相手はそれこそ輝くような瞳で、「お言葉を頂きたいです」と告げた。


「言葉?」

「はい。今は無理でも、いつか私を騎士として迎える意志があるとだけ、言っていただければ」

「”だけ”って言われても……ほぼ約束じゃないか」


 オリトの胡乱な眼差しに堪えた様子もなく、ランドルはオリトの言葉を忠実に待つ。


(ほんと、忠犬か)


 いつか、どころか、オリトにはランドルを自分の騎士に指名する気など全くないのに。

 ここで言質を取られてしまったら、後に引けなくなる。とはいえ、首輪なしで野に解き放ったら心が痛い。

 もう二度とカミオチしない本人は言っていたが、危ういのは事実だ。また傷だらけの真っ黒な犬に戻ってしまうのは見たくない。

 ここはオリトが折れて、受け入れて様子を見るしかないだろう。


(ってか、何で子供の僕が譲歩してんの)


 若干理不尽に思いつつ、オリトはランドルを睥睨する。

 堪えた様子もなくオリトからの言葉を期待して待つ彼に、オリトはため息ではなく、覚悟を決めるために深呼吸をする。


(神様、紙の神様、書の神様、火の神様……風の神様。これからの、ランドルの生を見守ってください。僕は温かい家族と、優しい神様がいて十分幸せだから。苦しんだ分、幸せになっていいんだってランドルが思ってくれるように。何もない僕だけど、見守ることはできるから)


 神様に語り掛けるオリトの心持ちは、すでにすっかりご主人様のそれだ。

 息を吐き出し切り、すっと息を吸い込む。


「ランドル――紙の神の信徒、ランドル」

「はい」


 片膝をつき、胸に手を当てたランドルが、色違いの両目でオリトを見上げる。

 透明な瞳が、無表情なままのオリトを鏡のように映す。

 今日以降、この瞳は再び眼帯の奥に隠されてしまう。

 オリトは無意識に手を伸ばし、ランドルの目元に触れた。ランドルは瞬き一つせず、オリトの言葉を待っている。


「お前のこの目が二度と神を見失わないよう、私が主人として神の存在を示し続けよう」


 ランドルの瞳が揺れる。

 そして次の瞬間にはすべての感情を押し殺し、揺るぎない眼差しを向けた。


「ありがとうございます。命尽きるまで、我が神の信徒として、オリト様の騎士として生きることを誓います」


 ランドルは誓いの言葉と共に両手をオリトの右手に添え、そこに額を乗せた。

 指先から伝わる体温に、オリトははたと気づく。


(あれ? ちょっと間違ったかもしれない。なんか今の言葉って主人になる宣言だよね。一次的にとりあえずちょっとの間だけの約束じゃないよね。ランドルもそう取った感じだよね!? 待って、やり直し、させてくんない!?)


 ランドルが満足げに頷いて立ち上がるのを呆然として見上げる。

 脳内で「そこは主人が立ちなさいって言うまで跪くものじゃないのか」というツッコミが流れるが、オリトにとってそんなことは今は大した問題ではない。


「おー、ランドル、良かったなぁ。ご主人様ができて」

「うるさい。人を犬扱いするな」

(あ、ジョシュアにもランドルが犬に見えてたんだ。っていうか、やり直ししたいんだけど!)


 ランドルの背をバシバシと叩くジョシュア。完全にお祝いムードになっている。

 これは良くない。


「ね、ちょっと待って」

「オリト様」

「うん?」

「オリト様の騎士として、誠心誠意、仕えさせていただきますね」


 輝く笑みが頭上から降ってくる。

 無表情キャラのお仲間と思っていたランドルは影も形もない。

 完全に、やり直しさせろとか撤回するとかいう言葉は受け入れられない雰囲気だ。

 言った瞬間、彼の目から光が消えそうな気さえして怖い。


「……とりあえず、子爵に話を通してからだから」

「はい」


 待ての間もぶんぶん尻尾を振っているのが見える。もう完全に手遅れらしい。


(レネー、今度君の叔父さんにそっくりな犬の折り紙でも折ろうと思う。白い紙で犬を作ったらそっくりになるんじゃないかな。ハハハハ……)


 心の中で乾いた笑い声をあげ、オリトは高い天井を見上げる。


 でも悪くはない。

 レネーは死んでしまった。儚い粉雪みたいに。

 季節が終わったら消えてしまう雪みたいに。

 悪くはないんだ。

 折り重なった記憶がそう告げる。

 色とりどりの鮮やかな日々がそう告げる。


「そろそろ行こうか、ジョシュア……ランドル」

「はーい」

「はい」


 オリトの声にジョシュアの緩い返事と、凛としたランドルの返事が続く。


 悪くない。

 改めて結論付けて、オリトは歩き始めた。



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