第57話 葬儀
「神々の御許で安らかに眠る魂の元へと、迎え入れたまえ」
目深なフードを被った死の神の神官によって、葬送の言葉が朗々と紡がれる。
ここはアシュヴァル子爵領にある神殿。
お隣の伯爵領にある荘厳な石造りの神殿とは規模も何もかも雲泥の差だが、木のぬくもりに溢れていてオリトは気に入っている。
壁にはオリトが両手を広げても届かないほどの板が使われ、天井には父リュウストの胴回りよりも太そうな梁が渡されている。
抑揚のない神官の声をどこかぼんやりと聞きながら、オリトは見慣れた神殿内部を眺める。
今、この場にはランドルとジョシュア、そしてオリトと神官の四人しかいない。
恐らくジルストが手配したのだろう、上質な服を着て、身なりを整えたランドルは元騎士らしい佇まいをしていた。
そしてどこで手に入れたのか、透明な左目は眼帯で覆われていた。
何と表現すれば良いのか。率直に、似合っている。
一緒に参列しているジョシュアも帯剣はせず、領の兵士としての正装を着ている。普段は自然に任せている髪も後ろに撫でつけられて、軽口ばかりのジョシュアと同一人物とは思えない。
(レネー、二人の格好を見てたら喜ぶかな。ランドルが騎士をしていた頃のことを覚えていたみたいだし)
馬に乗っているランドルは格好良かった、と自慢げに語ってくれた少女の声が蘇る。
思い出は多くない。
小さな窓辺のベッドだけがレネーとの記憶の全て。
でも一つ一つ作り上げた折り紙と、積み重ねた時間はかけがえのないものばかりだ。
つぅっと涙が頬をつたう。
あれだけ大泣きして枯れたかと思ったのに、次から次へと涙は湧き出てくる。
でも無理に涙を止める必要はない。
これはレネーの死を悼むもので、乗り越えていくのに必要な涙だ。
「――これより、死の神への葬神を執り行う」
神官の声に合わせて、ランドル、ジョシュア、オリトは立ち上がる。
この世界に火葬や土葬の習慣はない。
命を終えた体は、全て死の神への供物として捧げられる。
死の神は魂を受け入れ、そしてしかるべき時に再び生命を与えて地に戻すのだ。
「死の神よ、魂に安らぎを与え、新たな光へと導きたまえ」
神官の声と共に、レネーの体が淡い光に包まれる。
オリトの目には、限りなく黒に近い深紫のベールが舞っているように見えた。
(あれが、死の神様の色なのかな)
よく見れば、神官の纏うフードの縁にも同じような色の刺繍がされている。
(カミオチを連想させる黒ではないとは思ったけど、紫だったんだ)
光が強くなり、レネーの体が直視できないほどに輝く。
それはあの日の紙吹雪の柔らかな光ではなく、太陽のように見るものを焼き尽くすような眩い光だ。
(死の神様、レネーをよろしくお願いします。今度は病のない、健康な体で、幸せな一生を送れますように)
願いを込めて目を瞑る。
瞼の間からにじんだ涙が頬を濡らす。
それが乾く頃には、瞼の向こうは暗闇に戻った。
手にしたハンカチで顔を拭い、光の消え去った祭壇を見る。
そこにはすでにレネーの姿はなく、オリトの心を改めて喪失感が襲った。
「親族の方」
「はい」
神官に呼ばれ、ランドルが前に進み出る。その彼に向けて、神官は何かを差し出した。
「こちらを。では、儀式は以上となります」
「ありがとうございました」
ランドルが神官へと頭を下げるのに合わせて、ジョシュアとオリトも礼をする。
神官が去ってからオリトはランドルの元に行き、「神官から何をもらったんです?」と尋ねた。
するとランドルは手にしたものをオリトに見せて「神珠だ」と短く答える。
「しんじゅ?」
真珠と同じ発音。
そしてランドルが手にしたものも、真珠より一回り大きいくらいの丸く白い玉だった。
「白なのはレネーが紙の神の信徒の色だからだ。そうだな……ジョシュアが死んで、まぁ、万が一、神殿で葬儀を執り行えたとしたら、赤い神珠が残るだろう」
「俺を勝手に殺すな。しかも説明の仕方に悪意がある」
ブツブツ言うジョシュアの言葉は完全に無視して、オリトはじっとその白い玉を見つめる。
ランドルによれば、神珠は死の神が供物を受け取った証として残すらしい。だからレネーの体とは全く別物だそうだ。
「これは人によっては神殿に納めたり、家族代々の土地があればそこに埋めたりする。扱い方は決まっていない」
ころりと掌の上で白い球を転がし、逡巡の後にランドルはオリトを伺うように尋ねた。
「オリトが、持っていくか?」
意識を完全に神珠に向けていたオリトは、質問からワンテンポ遅れて顔を上げる。
片方だけ見えているランドルの灰色の瞳を見つめ、ゆっくりと首を左右に振った。
「僕は、遠慮しておく。ランドルが、決めていた通りにして」
なんとなく、ランドルには神珠の扱い方を決めていたような気がする。
そのオリトの直感は正しかったらしい。
オリトの言葉に、ランドルはゆっくりと神珠を握り苦笑いをこぼした。
「分かった。そうさせてもらおう」
そう言って服の袷からベルベットのような布で作られた袋を取り出し、その中に神珠を入れて口をしっかりと結ぶ。
そして再び胸ポケットにしまうと、そこに手を置いて一つ息を吐き出した。
どこかランドルの纏う空気が変わった気がして、オリトは彼を見上げる。
半分カミオチした姿に慣れてしまっていたせいで、正装をしている姿はランドルであってどこかランドルでないように感じる。
紙の神の信徒の証である白い髪は、綺麗に整えられ胸元まで伸びている。
神秘的な雰囲気さえ醸し出している。
「オリト・アシュヴァル様」
ふいに名を呼ばれ、オリトは小さく体を揺らした。
そのオリトの前に、ランドルはゆっくりと片膝をつく。
そして先ほど神珠を入れた時と同じように、胸に手を当てて告げた。
「私を、あなたの騎士にしていただけませんか?」




