第56話 褒賞
屋敷に到着し、ジルストは馬車の中で深い眠りについた弟を使用人に託す。
本人はジルストとジョシュアの話し合いに参加するつもりだったようだが、兄としてはまず客観的な情報を集めたい。
わずかな時間差で戻って来た兵士たちの中から、ジョシュアが進み出てくるのを確かめ、ジルストは屋敷の中を進む。
規則正しい足音は廊下を進み、やがて領主の執務室へとたどり着いた。
「ジルストです。戻りました。護衛のジョシュアも一緒です」
声をかけながら、ジルストは扉を開ける。
フェーベ商会から戻って兵を整えている時に、すでに父リュウストには状況の報告がされている。
結果を待つ間、気が気ではなかっただろう。
「オリトは?」
「寝てしまったので、部屋に戻しました。疲れているだけです」
「怪我は無いか?」
「ありません」
短い報告に、リュウストは長々と息を吐いて胸をなでおろす。
それから全身の力を抜いて、椅子の背に体をあずけた。
父がこれほどまで態度に表すのも珍しい。
だが父の気持ちも痛いほどわかる。オリトとあのカミオチもどきとの初めての邂逅以来、半年以上もの間、家族全員ずっとやきもきさせられてきたのだから。
「それで、カミオチはどうなった?」
「それについては、私もまだ仔細を聞いていないので、ジョシュアを連れてきました」
そう言ってジルストは、ジョシュアに順を追って説明をするように促す。
「ランドルの小屋に到着した時、レネーは危篤状態でした。それでオリト様は職人の手を借りて紙吹雪を降らせるために外へ、私は最後まで状況を見届けるために小屋の中に残りました」
ジョシュアには、任務があった。
そして友との約束も。
カミオチを、ランドルをこの手で殺すという使命が。
「オリト様が小屋を出られて十分もなかったと思います。レネーが息を引き取りました。そして彼女が亡くなる直前、髪がひと房、白く変わりました」
「髪が、白に? それはつまり――」
「はい。紙の神がレネーを信徒として受け入れたのです」
ジョシュアの報告にリュウストとジルストは息を飲む。
選神の儀を受ける十歳よりも前に亡くなった子供は、当然だが神の加護を受けていない。
神殿で葬儀を執り行う場合には、子供の髪に親が仕える神の色のリボンや紐を結ぶ。
そうすることで、神の御許に行けるという信仰だ。
だがレネーはそもそも神殿に埋葬されるかどうかも不明だった。
唯一の親族であるランドルがカミオチしかけており、神の加護がない状態だったからだ。
レネーは、神の祝福も受けず、神殿での正式な葬儀すら受けられないはずだった。
「神が、手を差し伸べたのは、オリトが理由か?」
リュウストの問いにジョシュアはしばし黙り、慎重に口を開く。
「神のお考えを推し量ることは私にはできませんが、あえて言うのであれば、レネー本人が強く望んだ可能性が高く、それに神がお応えになったのかと愚考します」
「それはありそうだね。でも、そもそもレネーが紙の神への強い信仰を持ったのは、オリトが原因だろう?」
「……それは間違いありません」
ジルストに確認され、ジョシュアは顎をひく。
病弱な少女を見舞い、折り紙を披露し、飛び出す絵本まで作り、そして雪を見たいという願いを叶えた。
少女がオリトに憧れを抱いたのは否定しようのない事実だ。
「続きを」
「はい。レネーが息を引き取った時、ランドルは正気を保ったままでした。その後彼に、レネーが紙の神の信徒になったことをオリトに知らせたいと告げられ、レネーを抱いたランドルと共に外へとでました」
オリトを呼ぶためにランドルを一人残すことをためらったジョシュアに気づき、ランドルから提案してきたたのだ。
体力が落ちてからは外に出られなかったレネーも、外の空気を吸いたいだろうと。
「オリト様はランドルから話を聞き、涙を流されました。それから……」
それから、一体何があったのか。
ひと言でいうならば奇跡。
だがそれだけで表せられるように単純ではない。かえって、あの圧倒される光景を些末なものに変えてしまう。
どう表現すれば正しいのか、剣の道にひたすら進んできたジョシュアには、拾い上げる言葉が見つからない。
だからただ真実を淡々と報告するしかない自分に、ジョシュアは内心落胆する。
「恐らくですが、紙の神が紙吹雪を供物として受け取りました。風の神、火の神もいらしたかもしれません」
「どうしてそう思う?」
「紙吹雪の紙片、一つ一つが灯りをともしたように宙に浮かび、風と共に空に消えていきました」
「なるほど。想像するだけで美しい光景だ」
「ええ、とても」
ジルストの発現に、ジョシュアは真顔のまま頷く。
──美しくて涙が出そうなほどに。
そう言葉にすれば陳腐に感じるほどに。
「……そして紙吹雪が消えていく途中、ランドルのカミオチした姿も変化しました」
「姿が、変化?」
リュウストの眉が上がり、訝し気な顔をする。
一つ頷き、ジョシュアは簡潔に「カミオチの姿から人間に戻りました」と告げる。
ガタリと音を立てるリュウストと、真顔で口元に指先を当てるジルスト。
ジルストの場合は、人の姿に戻ったランドルと会い、直接会話もしているからこその反応だろう。
実際に目にしなければ,到底信じられないことが起こったのだ。
「私が見た時には、髪が全て白になっていたが、それもその時に?」
「はい。黒かった髪の毛が、白に変化しました。ただ、紙の神の祝福によるものなのか、それともカミオチの状態からの変化が影響しているのかは定かではありません」
「紙の神の祝福は、本人は認識していた?」
「恐らく」
ランドル本人は、紙の神を選んだつもりはないというような発言をしていた。
だがそれを馬鹿正直に報告するのは躊躇われた。なんとなく、危うい気がしたのだ。
神の存在を否定したがゆえに陥るカミオチから、奇跡的に人間に戻ったランドルが、神との絆を軽く見ているように聞こえるからだ。
「本人から、話を聞くことはできるか?」
「可能かと。ジルスト様が神殿の手配をすると言った時に感謝しているようでしたし、オリト様の葬儀の参列にも同意していました」
「そうか。葬儀後、落ち着いたらでいい。屋敷に来るように伝えてくれ」
「承知しました」
リュウストの命に、ジョシュアは首を縦に振る。
話はあらかた済み、リュウストは満足気に頷く。
「ジョシュア、この半年、オリトを守ってくれて感謝する。褒賞に加えて、何か待遇に希望があればいつでも言いなさい」
「ありがとうございます」
褒賞など、もう十分だ。
心が、そうこぼす。
金ではない、かけがえのないものを得た。
奇跡を見た。
友の命を刈り取らずに済んだ。
それだけで、もう十分だ。
だがジョシュアは感謝の言葉以外は口にせず、静かに深く頭を下げた。




