第51話 カミヒコーキ
紙吹雪の作成依頼をして二週間。
一昨日にレネーと会った様子では、もう本当に時間はない。
今日出来上がった分を受け取り、明日にでも会いに行こうと決めてオリトは一心不乱にハサミを動かす。
大きくて重いハサミのせいで、オリトの小さな手にはマメができた。それでもオリトは手を止めない。
鬼気迫るオリトの様子に、普段彼を茶化す職人たちも黙って手を動かしている。
(工房の雰囲気を悪くしちゃってて、ごめんなさい)
職人たちの領域に入り込んで好き勝手やって、雰囲気を壊している自分が情けない。
申し訳ないとも思う。それでもオリトは紙吹雪づくりに集中でもしていないと、どうにかなりそうだった。
ジワリと涙がにじんだ目尻を、肩に押し付けて拭う。
(みぞれ雪になっちゃう)
雪が濡れてしまったら上手く舞わない。
綺麗な雪景色を見せたいのに。
「おい、あれ、なんだ?」
窓の外を見て、職人の一人が声を上げる。
コツコツと窓を叩く白いもの。
それは鳥のようで、鳥ではない。
「おい、オリ坊、あれ、紙でできてんじゃね? お前のか?」
「窓を! 窓を開けて!」
ガタリと音を立てて立ち上がったオリトの叫びに、窓に一番近い職人が慌てて窓を押し開ける。
と同時に部屋に舞い込んできた白い鳥――紙飛行機。
それは一直線にオリトの目の前まで届き、ふわりと机に不時着した。
――何か、あったら、紙飛行機を、飛ばして。絶対に。
――分かった。
紙飛行機が空を飛んだら、それはレネーの容体が悪化したことを示している。
震える指で紙飛行機を掴む。
そして見つけた。白い機体の横に書きなぐられたひと言。
『来い』
荒々しい文字。
詳しいことは何一つ書かれていない。
それが全てを物語っている。
オリトに注目が集まる。
普段から無表情なオリト。
だが今は血の気が引いているのが、誰の目から見ても明らかだった。
「れ、レネーが」
その一言で十分だった。
勢いよく立ち上がった職人が腕を伸ばし、大声を出した。
「お前ら! 雪を馬車に積め! 早く!」
「おう!」
若い職人を中心に、男たちがバタバタと木箱を担ぎ上げ、続々と部屋から出ていく。
それを呆然としたままオリトは見送る。
頭が、理解するのを拒否している。
心をどこに置けばいいのか分からない。
「オリト、しっかりしな」
「シュークラ、さん」
掛けられた声に、のろのろとオリトは顔を上げる。でも視線はシュークラの顔ではなく、途中の顎当たりで止まった。
「綺麗な雪景色を見せるんだろう。思いっきり、降らしてやれ」
「で、も」
「頑張って生き抜いた子への、はなむけだ」
オリトの両肩を掴み、かがみこんでオリトの目を覗き込んでシュークラは強い意志を込めて言い放つ。
彷徨っていたオリトの視線が、縫い留められた。
激しく揺れ動いていた心が、ぴたりと凪いだ。
はなむけを――空へと旅立つあの子に、真っ白な雪景色を。
涙に濡れたみぞれ雪なんかじゃなく、美しく舞う粉雪のような紙吹雪を。
「ありがとうございます。行ってきます」
「おう、行ってこい」
パンっと背を叩かれる。
たたらを踏みそうになるのを堪えて、オリトは深く頷く。
キュッと靴が音を鳴らした。
床を蹴り、オリトは駆けだす。
あの子の元に。
オリトの精一杯の贈り物を届けるために。
地面をならし、土を蹴り上げて一頭の馬が商会の門を飛び出していく。
「兄上!」
商会の正面には二台の馬車が止められていた。
一つは紙吹雪が乗せられた商会の荷馬車。
もう一つはオリトがジルストと共に乗って来た馬車だ。
その扉に足をかけ、乗り込もうとしている兄の名を呼ぶ。
「ああ、オリト。オリトはジョシュアと一緒に先に行きなさい」
「兄上はどこに?」
「私は万一のために、兵士を連れてくる。先に早馬を出したから、すぐに追いつくだろう」
さっき出て行ったのは、屋敷に連絡するための早馬だったのか。
「そうですか。兵を……」
「最悪な状況にならないことを祈るが、念のためだ。気を付けるように」
「はい」
ジルストは軽くオリトの頭を撫で、馬車に乗り込んで去っていく。
その姿を見送る暇もなく、オリトは名前を呼ばれて後ろを振り向いた。
商会の荷馬車に乗り込んだ職人たちがオリトを招く。
「オリ坊! 早く乗れ! 出すぞ!」
「え?」
「おら!」
「うわ!」
後ろから投げ上げられるようにして荷馬車に乗せられた直後、大きな揺れと共に馬車が走り出す。
転がりそうになるオリトを、職人が太い腕で引っ張って支える。
「ほら、俺らの間に挟まってな」
「あ、え、はい。え?」
「オリト様、大丈夫ですか?」
「あ、ジョシュアも乗ってたんだ。うん、問題、ないけど……」
護衛であるジョシュアも気づかぬうちに馬車に乗っていたようだ。
職人を押しのけてオリトの隣に座り、揺れるたびに小さく跳ねるオリトを掴む。
「あの、みんなも行くの?」
「おう」
出来上がった紙吹雪を積み込んでくれただけでなく、一緒に来ると言う職人たち。
嬉しいけれどなんでだろうという疑問の答えは、すぐに返ってきた。
「オリ坊じゃ、綺麗に撒けねえだろ」
「背が足りねえな」
「粉雪じゃなくて、ぼた雪になっちまう」
「一ヶ所だけじゃ雪景色にゃ到底ならねえし」
「せっかく手伝ったのに、演出が悪くて失敗なんて目も当てられねえ」
「一回だけのチャンス、綺麗に決めねえと」
馬車の立てる騒音に負けない大声がオリトの耳に届く。
オリトは開こうとした口をぐっと引き結ぶ。
(泣かないようにしてるのに、泣かせようとしないでよ)
文句の言葉は声にならず、小さく「ありがとう」とだけオリトは呟く。
誰の耳にも届かなかったはずのそれに、職人たちは青い空をバックに晴れやかな笑顔を浮かべた。




