第48話 贈り物
飛び出す絵本が完成した。
フェーベ商会からの知らせを受け、オリトは子爵家を飛び出した。
もちろん、護衛のジョシュアも連れて、ちゃんと馬車に乗って。
「できたって!?」
「おお! 早いな!」
昨日完成し、今日は職人たち全員で出来栄えを確かめた後、子爵邸へと連絡をした。
オリトが来るのは明日だろうと予想していた面々は、文字通り飛び込んできたオリトに職人たちは即座に叫ぶ。
「だって、待ちきれなくて」
「分かるけどよ」
職人は苦笑しつつ見本の絵本を戸棚から取り出し、工房の中央にあるテーブルにそっと置いた。
そしてスッと姿勢を正して言った。
「こちらが、アシュヴァル家のオリト様のご依頼で製作した飛び出す絵本となります。中のご確認を、お願いいたします」
急にかしこまった口調で告げられ、オリトは表紙に釘付けになっていた視線を上げる。
いつもおどけている職人は真剣な眼差しで、依頼主であるオリトを見つめ返す。
オリトはグッと唾を飲み込み、両手をズボンで軽く拭いてそっと本へと伸ばした。
「確認させていただきます」
断りを入れてから、ゆっくり表紙を捲る。
通常の本よりも、一ページが重い。
パリパリと紙が剥がれる感触。
持ち上げられた左ページに引っ張られ、本の中央に立派な城が飛び出す。
白いお城の大きな窓からは、赤い頬をした可愛らしい少女が外を眺めている。
オリトは指先で城の塔を撫で、装飾のように美しい文字を読み上げる。
「あるところに、お城に住む少女が少女がいました……」
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「これを、レネーに渡して」
ランドルとレネーの住む掘っ立て小屋に近づく、ここ最近で十分に知った気配。
外に出て見れば、案の定、オリトとジョシュアが立っていた。
ここに来るのは週に一回、本来ならば四日後のはずなのにと訝しんでいると、オリトは白い紙で包装された物を差し出した。
「本、なんだ。よければ、ランドルが読んであげて」
こちらを見上げてくる無表情の子供と視線を合わせ、ランドルは無言で一つ頷く。
子供はふっと力を抜いて、「それじゃ」とだけ告げて去って行った。
中には入らないのか、レネーへのプレゼントなのに自分で渡さないのか。
そんな疑問を投げかけることもなく、ランドルは二人を見送る。
彼らが中に入らないと決めたことならば、こちらとしても無理に誘う必要はない。そう結論して。
本を片手に、ランドルは小屋に戻る。
こちらを見ていたレネーに向かって本を持ち上げ、「オリトからだ」と告げる。
途端に目を輝かせる姪っ子に、ランドルは心の持って行き場を見失う。
生まれつき病弱で、両親を失い、唯一の肉親である叔父は狂いつつある。
そんな中で見つけた唯一の友達、しかも紙で様々な動物や植物を作るという稀有な才能を持った少年。
レネーが心を寄せるのも無理はない。
淡い恋にも満たない感情が形になることはないと知っていながら、ランドルは叔父として「あの無表情鉄仮面男はやめておけ」と口にしたくなる。
あまりにも大人げない上に馬鹿らしくて、言葉にすることはないだろうが。
「本らしい。開けてもいいか?」
断りを入れ、鋭い爪でぺりぺりと音を立てて包装紙をはがす。
出てきたのは、絵本。
だが、絵本にしてはいささか重い。
不思議に思いつつ、ランドルは表紙に書かれたタイトルを読む。
「窓辺の少女?」
短い題からは中身が全く想像もつかない。
首を傾げつつ、やたらと分厚い表紙を開くと――中から何かが飛び出してきて、ランドルは咄嗟に両手を思いっきり伸ばして本を体から離した。
「な、んだ?」
はっと驚きで乱れた息を整えて、よくよく絵本を観察する。
「おしろ?」
ランドルがその正体に気づくと同時、レネーの声が聞こえる。
そう、城だ。
本の中から、紙でできた大きな城が立ち上がっている。
「……レネーも、一緒に見よう」
これは読み聞かせる絵本ではなく、どうやらレネーと一緒に楽しむために作られた絵本のようだ。
誰が作ったのか。
それは間違いなく紙の神の加護を得た少年だ。
ランドルはベッド脇に一旦絵本を置き、レネーを抱きかかえて膝にのせてから再び絵本を手に取る。
最初のページを開き、煌びやかな城にレネーが吐息のように微かな歓声を上げるのを聞きつつ、ランドルは踊るような文字を読み上げ始めた。
「あるところに、お城に住む少女がいました……」
それはある一人の少女の物語。
城の窓から外を眺めるのが大好きな少女はある時、空を飛ぶ白い鳥に尋ねる。
『お外には何があるの?』
それを聞いた鳥は答える。
『いっぱいあるよ!』
そして鳥は少女に約束する。
『僕の友達を連れてくるよ! それぞれのお気に入りを持ってくるようにってね!』
ページを捲ると、鳥の大きな白い翼がゆらりゆらりと揺れる。
次の日から、お城の窓に飛び込んでくる動物たち。
初めはリスだ。小さな体で大きな木の実を持ってくる。
コロコロと左のページから右へと、木の実が転がる。
次のお客はうさぎ。
口にしたニンジンと長い耳が、絵本の中央で揺れる。
その次に訪れたのはモコモコの羊。
咥えた毛布を受け取ろうと引っ張ると、体のモコモコパーツが左右に動く。
その後にはオオカミと子供達。夜の星を窓辺にばら撒いて去っていく。
白鳥は冬の木々に咲いた花で少女を笑顔にし、キツネはまだ元気な魚を窓から放り込んで少女を驚かす。
ランドルが読み上げる少女の驚きの声と、腕の中のレネーの喜びの声が重なる。
「レネー……」
間違いない。
この少女はレネーだ。
窓の世界から、外を憧れる少女。
最後に、大きな鳥が少女の元に戻ってくる。
その足に大きな籠を掴んで。
『どうだい? 君も外に行きたいかい?』
『ええ、行きたいわ!』
白い鳥の持つ籠に少女は飛び乗る。
鳥が力強く羽ばたいた。
空には輝く大きな月。
どこまでも広く続く空へと旅立っていく。
最後のページに描かれた白い鳥と少女が並んで眠る姿を、ランドルはそっと指先で辿る。
幸せで安らかな寝顔だ。
不幸も苦しみも何も感じられない寝顔。
「少女はいつまでも幸せに、暮らしました――」
最高の結末を迎える絵本。
この少女のように、レネーもいつか空へと旅立つ日が来るのか。
それを幸福と捉えればいいのか。
ランドルは心の奥底で渦巻く感情と、グルグルと回り続ける思考に緩くかぶりをふる。
「私も、幸せ、だよ」
ランドルの鋭く尖った爪を気にすることなく、レネーは彼の手に自分の小さな手を重ねる。
レネーの小さな体と絵本を、ランドルはそっと抱きしめた。
別サイトの投稿分に追いついたので、明日からは1日1話10時のみの投稿となります。




