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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第47話 紙吹雪


 バンッと音を立てて工房の扉を開く。

 いつになく慌ただしく入ってきたオリトを見て、職人たちは一斉に作業の手を止めた。


「おお? どうした、オリ坊。飛び出す絵本の完成は来週だぞ」

「え、凝りすぎですよ。もっと早く作ってください。じゃなくって、今日はもう一つやりたいことができて」

「なんだ? 新しいアイデアか?」

「じゃなくって」


 きょろきょろとオリトは工房の中を見回し、目的の物を見つけて足早にそこへ行く。

 それは紙の裁断機の横に置かれた大きな屑入れだ。

 覗き込んで、オリトは裁断された紙の束をいくつか拾い上げる。

 数ミリと細い物もあれば、オリトの親指くらいの幅があるものもある。


「使えそう」


 これがあればすぐに作れるとオリトは小さく頷く。

 そこに背後からオリトの手元を覗き込み、職人が首を傾げた。


「おおん? ゴミを引っ掴んでどうしたんだ?」

「これ、もらっていいですか?」


 ずいっと掴んだ紙束を掲げ、オリトは尋ねる。

 本人がゴミと言っているんだから問題ないとは思うけど、一応の確認だ。

 案の定、職人は「おお」とオリトの勢いに押されるようにして答える。


「だけど、んなもんどうすんだ?」


 そして予想していた疑問が飛んでくる。

 オリトは再び顔を巡らせて、近くの作業机からハサミを掴む。


「これで、雪を作るんです」

「雪、だぁ?」

「またオリ坊がなんか変なこと始めたんか?」

「紙で雪だとよ」


 オリトが入ってから意識だけ向けていた職人たちが、作業がひと段落するところまで終えたらしくわらわらと集まってくる。

 職人たちに注目されるのに慣れ切ったオリトは、視線を浴びながらチョキチョキと手早く細長い紙束を細かく切っていく。

 ヒラヒラと小さな紙片が舞い散った。


「雪……ねぇ」

「まぁ、いっぱいあれば、雪か?」

「俺、雪を見たことがねえから分かんねえ」

「俺も。白くて冷たいんだろ?」

「白い紙ならそれっぽいか」


 なんとなくオリトがしようとしていることを想像でき、職人たちは眉を寄せつつ唸る。

 雪に見えないこともない。だが、いきなり雪を作り出して、オリトはいったい何がしたいのだろうか。


「雪を降らせてどうすんだ?」

「レネーに、見せるんです。視界いっぱいの雪景色を」

「……病気のお嬢ちゃんか」


 飛び出す絵本のサンプルは病気の子供に渡されると聞いている。

 職人たちはオリトが一生懸命大きなはさみを動かして雪を作ろうとしている姿を見て、続いてお互いの顔をちらちらと見る。


「……あー、オリ坊。その雪はどれくらい必要なんだ?」

「うーん、できるだけたくさん?」

「だろうな」


 視界いっぱいの雪景色を見せたいのだったら、ちょっとだけだったら意味がない。

 シャキンシャキンと子気味良い音を立ててオリトの持つハサミが動く。


「その紙はどれくらいの太さがいいんだ?」

「僕が持ってるくらいのが丁度いいかな。太すぎると上手く舞わないし、細かくても切るのが大変だし」

「分かった。手伝う」

「え?」


 喋りながらも手を動かしていたオリトが職人の声に顔を上げる。

 数人の職人はすでにゴミ箱の周りに集まり、「これがいい」とか「こっちは糊がついてて使えねえ」だなんて言いながら紙束を拾いだした。

 まさかと思い、オリトはおずおずと職人を見上げる。

 すると職人はニカリと綺麗に整った歯を見せびらかし、「任せな」と自分の胸を叩く。


「で、でも、仕事の邪魔に」

「俺たちは優秀だから、仕事こなしながらでもできやぁ」

「休憩の時にチョキチョキするだけだろ。んなもん、面倒でもなんでもねえ」

「オリ坊がデカいはさみで四苦八苦してんのを見るよりか、遥かに精神衛生にいいな」


 オリトに負い目を感じさせないためだとしても、容赦のない言葉が降ってくる。

 確かに職人の協力を得られるのは嬉しい。でもすべて善意にすがるのは厚かましすぎる。

 オリトは手元を見て、うんと一つ頷く。


「なるほど。ではセディックさんに相談します。そうですね……木箱一つ分の紙吹雪につきボーナスを出すようにお願いします」

「え!? 金が出んのか!?」

「お仕事の依頼を正式にするということです。失念していましたが、そもそもこの紙吹雪の材料はゴミとはいえ、このフェーベ商会のものです。勝手に持って行っていい物でもないでしょう」

「気にしなくてもいいと思うけどねえ」

「お仕事の邪魔をしておいて、これ以上は迷惑を掛けられません」

「ま、オリ坊がそんなに言うならな。ボーナスを受け取ってやらあ」


 頑固なオリトに、職人たちはニヤニヤした顔を隠さない。

 生温かい笑顔で見下ろされ、オリトはパッとハサミを手放してあたふたとしながら宣言する。


「じゃ、じゃぁ、僕、セディックのところに行ってくるから!」


 さっと椅子から降りて、オリトは入ってきた時と同じくらい勢いよく扉を開けて工房から飛び出す。

 後ろからは聞き取れないけれど職人たちの騒がしい声が聞こえる。

 最初にあの工房を訪れた際の、作業の音以外何もしない空間がまるで嘘のようだ。


(勝手に決めちゃったけど、セディックさんと話して報酬を出せなくなったら申し訳ないな。あ、あと僕のお小遣いでそんなにも出せないかも。報酬がしょぼかったらみんなやる気が減っちゃうよなぁ)


 勝手知ったる商会の廊下を小走りに進み、セディックが普段仕事をしていることが多い事務所へと向かう。

 だがその途中、名前を呼ばれてオリトは立ち止まった。


「オリト? どうしたんだ?」


 ジルストと、この商会の副商会長であるウェルズがそこにいた。

 慌てて姿勢を正し、オリトは今更ながらにウェルズに向けて礼をする。


「仕事の依頼をしようと思って、セディックのところに行こうとしていました」

「ほう! また新しい本のアイデアでも浮かびましたかな?」


 オリトが提案した飛び出す絵本についてすでにセディックから聞いていたウェルズは、何か他にもあるのかと前のめりになってオリトの話に食いついてきた。

 しかしオリトが今回依頼したいのは、そんな画期的なものでもなんでもない。単純で地味な作業なのだ。


「え、あの、雪を……紙吹雪を作るのに、職人さんたちの手を借りようと思いまして」

「紙、吹雪、ですか?」

「はい。紙をちっちゃく切って撒くんです」

「紙を、撒く……」


 それは楽しいのか、とありありとした困惑を顔に浮かべるウェルズ。

 これは許可は貰えないかもしれないと落ち込みそうになったオリトの視界に、手が伸びてきた。

 ジルストはオリトの服にくっついていた紙片を摘み、ジルストは「これのことか?」とまじまじと紙片を観察する。

 オリトが発した”紙吹雪”という言葉。

 聞きなれないが、なんとなく想像はできる。


「吹雪にするには、相当の量が必要になるんじゃないか?」

「そう、なんです。それで、職人さんたちが協力してくれると言ってくださったんですが、本来の彼らのお仕事ではないので、一定量につきボーナスを出せないかとセディックさんに相談しに行くところでした」

「なるほど。相手の好意を搾取しない。いい判断だ」

「あ、ありがとうございます」


 ぽんっと頭に乗せられた手。ジルストに褒められてオリトは、口元を波打たせた。


「僕の、お小遣いで足りますか? あ、あと、新しい紙じゃなくて、本を裁断する時に出る紙を使おうと思っています。すでに短冊状になっていて手間が省けますし」

「ほう。もうそこまで話が進んでおるんですな」


 ジルストの手元を覗き込み、ウェルズが顎をさする。

 材料はゴミに等しく、作業も複雑ではない。

 報酬もアシュヴァル家から出る可能性が高い――ウェルズは頭の中で商人らしく素早く計算する。

 案の定、横でジルストが「上限を設ければオリトのお小遣いでも足りる。それを超えたら私が出そう」と言い出した。

 アシュヴァル家は子爵家で力は強くないものの、代々堅実で次期領主も頻繁に領内をまわる誠実さがある。

 商会の基盤をアシュヴァル領内に置いている身としては、子供の依頼など簡単に受け入れる気概を見せなければ。

 そう思いウェルズはにこやかにオリトへと告げた。


「それでは、私から許可を出しましょう。詳しい話はセディックと詰めていただいたほうがよいですかな?」

「あ、ありがとうございます! そうさせていただきます!」


 両目を輝かせて跳ねるように礼をするオリト。ジルストも目だけでウェルズに感謝を伝えてくる。

 良い判断だとウェルズは目を細めて頷き、ついでにと用途を聞いてみることにした。


「紙で雪を降らせるとは、どこかのパーティーで余興でもなさるので?」


 それは興味本位の質問だった。

 貴族の祝い事では、生花やドライフラワーの花びらを撒くところもあると聞く。

 それと同じ感覚で、紙の神の加護を受けた子供が加護のお披露目でもするのかと思ったのだ。

 だが、全く想像もつかない答えが返ってきてウェルズは固まる。


「レネーに......病気でもう長くない友達に、雪景色を見せてあげるんです。レネーが、お空に行ったら、僕に雪を降らせてくれるって言ったから、僕はレネーが生きている間に雪を見せたくて」


 ズンッと胸を刺された。

 ウェルズは欲深い計算をしていたことを恥じる。

 真っ白に雪のような子供の純粋さに、自分の泥のように薄汚れた欲を露わにされた気分になった。

 そしてウェルズは、自分のポケットマネーからも報酬を出そうと心に決めたのだった。






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