第44話 飛び出す
「飛び出す絵本、ですか? それはいったいどのような本です?」
久々に兄ジルストと訪れたフェーベ商会で、セディックに聞いてみたらそのまま質問が返ってくる。
ずいっと勢いよく前のめりになった彼に、オリトはすすっと背を椅子に押し付けて左右に視線をさ迷わせる。
もしあったらいいなという思いだったのだが、少しは自分で市場調査をすべきだったかもしれない。
迂闊な発言は慎もうと心のメモに太文字で書き記してさらに下線を引き、オリトは机に置かれた一枚の紙を手に取った。
「あの、これ、使ってもいいです? あと、はさみとか小刀があれば貸してください」
「おう! これ使え!」
「ちょっと、おっさん。勝手に話に割り込むなって」
「小刀使うなら、こっちの板の上がいいぞ」
「えーっと、ありがとう」
いつの間にか周囲に集まっていた職人たちに気圧されつつ、オリトは必要なものを自分の前に並べる。
とりあえずは仕組みが分かってもらえれば良いので、作るのは簡単なモチーフでよいだろう。
「まず半分に折る。これは本でいうところの”のど”の部分ね」
見開きページで言うと、一番奥で文字や絵が見にくい部分になる。
半分に折った紙を横にして、オリトはまずハサミを大胆に入れる。
シャキンッと手に伝わってくる感触が気持ちいい。
ハサミの向きはそのままに、紙をくるくると回しながらジグザグと切り目を作る。
「ま、これだけでも何かは分かると思うんだけど」
そう言いながら、オリトは今度は紙を台において、小刀で数カ所細い切れ目をつける。
「んで、ここのところを折って……」
ハサミで作ったモチーフの丁度立ち上がる部分に、折り目を入れる。
それからぺりぺりと本体と切れ目を完全に切り離し、立ち上がりやすくするように整えた。
「簡単だけど、こんな感じかな」
ペタンッと折った紙をそっと開くと、ゆっくりと中央から一本の木が立ち上がる。
即席だけどいい感じだと満足していると、周囲がどよめいた。
「おおお、凄い。ちゃんと木だ」
「あんな簡単にできるのか」
「本を開くととび出るって、面白い発想だぞ」
「これは子供が喜ぶな」
「大人でも欲しい。俺だったら買う」
野太い親父のデカい声に、オリトは耳を塞ぎたくなる衝動を抑える。
職人たちの間でさえこれだけいい反応が返ってくるということは、需要は確実にある。
オリトだけで本にするのは到底無理だし、オリトは折り紙は得意でもさすがに飛び出す絵本やポップアップアートなどは詳しく知らない。
基本的な概念だけを伝えて、あとは誰か芸術センスのある人に頑張ってもらおう。
「な、オリ坊、これってオリガミと一緒で一枚の紙からじゃなきゃだめなのか?」
「ううん。折りたためるような形に別で作って、台になる本に飛び出すように貼るやり方でも問題ないよ。っていうか、折り紙だって別に一枚でやらなきゃいけない決まりは……って聞いてないね」
説明をしている途中ですでに職人たちは顔を突き合わせて、上手く飛び出すようにするには紙の質がとか、設計図関係の本にこれがあると面白いとか、白熱した議論を始めてしまった。
折り紙でも相当食いつきがよかったけれど、本に直結するこのアイデアは職人たちの発想を刺激しまっくたらしい。
「オリト様は、絵本が作りたいんです?」
オリトの最初の発言を拾ってくれたセディック。
大変ありがたいと思いつつ、オリトは最近考えていることを相談する。
「体の弱い子供と知り合ったんですけど、僕は子供に好かれるタイプではないので、何かできないかと思いまして」
「ぷっ」
十歳の正真正銘子供であるオリトの”子供に好かれるタイプではない”という言葉に、セディックはたまらず噴き出す。
オリトの不思議そうな視線を咳払いで誤魔化し、セディックは温かな微笑みを浮かべる。
「オリト様はお優しいですね。一冊目は試作品として作って、その子にあげましょう」
「いいんですか? あ、でもベッドに寝た切りなので、重い本は持てないです」
「そうですか。介護されている家族はいらしゃる?」
「ええ」
「でしたらそこまで気にしなくても問題ないでしょう。子供の位置からも見えやすいように工夫することは必要でしょうが……」
そこで早速職人と同じように思案し始めるセディックを見て、本当にここの商会の人たちは仕事熱心で創作意欲が高いなとオリトは感心する。
見て楽しめる折り紙に加えて、飛び出す絵本ならレネーはさらに何度も楽しめる気がしたのだ。
ただ今の感じだとランドルがいないとレネーは読めない。ランドルの負担を増やしてしまうのではないか。
「簡単にめくれるのとか、一人でも見れるのとか、いろいろ試してみましょう」
オリトの葛藤を察してセディックが提案をしてくれる。
試作品だからとことんまで冒険してみましょうと言い切る彼に、オリトの気分は救われる。
試作品といえど概算度外視はできないだろうに。
「商売人らしいけど、商売人には向かないね」
「誉め言葉、でしょうか?」
「誉め言葉ですよ」
軽い言葉の応酬をして、ニヤリと笑い合う。
もちろん、オリトの表情筋は怠惰なので、微かに口角が錯覚程度に動いただけではあったが。
セディックと話しているうちに、テーブルにサンプルの紙やモチーフに仕えそうな絵や本がどんどん集められていく。
これは今日はこれ以上の話は無理だなと、十歳のオリトは子供のようにはしゃぐ大人たちの元へと近づいて行った。




