第40話 温かい存在
こんがりと焼き色がついたトーストが食卓に並ぶ。
ハーブが練りこまれたパンに、父リュウストがパンにかぶりついたままニマリと笑う。
最近少しだけ威圧感が薄れたなと、父を横目に見つつオリトもパンを口にする。
パンが美味いのはもちろんのこと、料理人の絶妙な焼き加減も賞賛したい。
サクサクした端っこと、モッチリとした中の生地のバランスが最高だ。
鼻を通るハーブと小麦、そして香り高いバターの香り。
朝から幸せを感じている。
「オリト、来週も町に行くの?」
「はい、そのつもりです」
「そう……気を付けてね」
「はい。ジョシュアもいますから、無理はしません」
半分カミオチした男に会いに行っているということを知ってから、フレーシャは何度も同じ質問をしてくる。
現状、問題ないとは伝えているものの、やはり完全には安心できないようだ。
「オリト、そこはジョシュアを信頼していると言いなさい」
ジルストからの助言にオリトは首を傾げる。
何か変なことを言っただろうか。
「……ジョシュアはお前を危険から守るためにいる。だからあいつを守るために、お前がやりたいことを我慢する必要はない」
兄からの勧めをオリトはふむっと自分の中で二度三度と巡らせる。
そしてやはり分からなくて、尋ねることにした。
「そこは貴族の子女として自覚を持ち、周囲に迷惑をかけないよう、無茶な行動を自重するようにと言うのでは?」
オリトの発言に、ふはっとそこかしこから噴き出すような音が聞こえる。
喋っていた兄は分かるとして、両親や姉、さらには壁際の使用人まで肩を震わせている。
「あの?」
「こほん、いや、まあ、オリトにそう言われるとな。どうも十歳だということを忘れそうだ」
また小さく笑ってジルストは温かな眼差しをオリトへと向ける。
どこか痒い気持ちになり、オリトは指先で食べかけのトーストをつつく。
「お兄様が選神した時は、祝福で火を出せるようになって相当やんちゃをしてましたものね」
「覚えているのか!?」
「ええ、もちろんですとも。ああはならないと五歳ながらに心に誓いましたもの」
「そういうフレーシャだって、毎晩火を灯して遊んでいて髪を焦がしたじゃないか」
「そ、それは……私、裏手の小屋についたボヤの焦げ跡、お兄様がやったって知ってますわよ!」
兄と姉の選神当時の子供っぽいエピソードが次々と飛び出し、オリトはぽかんとして二人を交互に見る。
二人の間で暴露大会が始まりそうな雰囲気に、母マイヤがわざとらしいほどに大きなため息を吐く。
「二人とも、食事中に大声を出さないの」
二人ははっとして口々にマイヤとオリトに謝罪をする。
オリトとしてはもっと聞いてみたい。今度二人にそれぞれの子供時代のことを尋ねてみよう。
「オリトは……幼い頃からわがままもなく、感情も表に出さないから、もっと子供らしくしてもいいと思ってるわ。選神を機に、だいぶ自分を出すようになって母としては嬉しく思っているの。今回のことはさすがに驚いたけれど、あなたならば無茶をし過ぎないだろうとお父様も考えて許したのよ」
「……お前の初めての我がままだ。思う存分やってみるといい。護衛一人では不安ならばもっと増やす」
「母上、父上……ありがとうございます。ジョシュアの意見も聞いて、今後のことは決めたいと思います」
「そういう考え方が、オリトらしいな」
父親は口角を片方だけ上げて、息だけで笑う。
家族の空気がほんわかとなった。
オリト自身は大きく変化したとは思っていないけれど、もしかしたら過去の記憶がオリトを積極的にしたのかもしれない。
それに家族とも話しやすくなった。
過去の自分は最後まで家族を大切にしていた。言葉を交わしたいと思っていた。自分という存在を認識してほしかった。
そんな思いが、家族との距離を縮めようと無意識にオリトを動かしていたのだろう。
引っ込み思案で自信がなく、家族とも距離を持っていた末っ子はもういない。
オリトは顔を上げ、無表情鉄仮面にほんのわずかなヒビを入れる。
「ありがとうございます。ご期待に添えるようにこれからも頑張ります」
意識して頬を持ち上げ、口角を上げる。
そんなオリトに――家族は一瞬固まり、そしてなぜか一斉に噴き出した。
朝食後にフレーシャに確認したところ、どうやらオリトのセリフと表情がチグハグ過ぎて笑えてしまったらしい。
やっぱりオリトには理解できなかったが、家族が笑ってくれたならと頷く。
そんなオリトをフレーシャは抱きかかえて「オリトはオリトのままでいて!」と叫んだのだった。




