第4話 加護の発現
結局あの神官は名前を教えてくれなかったが、恐らくこの神殿にいる紙の神の神官は彼一人だろうから、いずれ分かるはずだ。
オリトは自分に納得させるように一つ頷き、神殿の中庭へと伸びる通路を歩き出す。
さっき神官が不機嫌になった理由。
それはこの本殿に奉られているのが、人気のある有名な神たちだけだからだろう。
マイナーで信徒も少ない神は旧殿に追いやられている。それらの神へ祈りに訪れる人は少なく、管理人がいるだけましと言えるかもしれない。
本殿を行きかう人々の気配から離れ、林の中の小道を進む。
ふと思い立ち、オリトは足を止めて周囲をきょろきょろと見回した。
(誰もいないうちに、一度紙が出せるかやってみよう)
旧殿で管理人に案内してもらうよりも前に、奉納できるものを用意しておきたい。
どうせならば初めて出した紙を記念として納めるのがいいだろう。
そう決めて、オリトは一歩小道から逸れて木々の間に立つ。
周囲に誰もいなくても、道の真ん中で祈祷するほど図太い神経はしていないのだ。
(えっと、なんて祈ろう)
先ほどの神官やアシュヴァル家で使われるような長々しい祝詞は嫌だ。
形式に決まりがないというのであれば、自分の言葉で神様にどうして欲しいかを伝えれば事足りるだろう。
失敗したら失敗したで、その時は正攻法にのっとった祝詞を唱えればいい。
大雑把に決めて、オリトは先ほどの神官がしたように両手を胸の前で広げて上に向ける。
そして木々の香りがする空気を大きく吸い込み、心の中で紙の神様に呼びかけた。
(紙の神様、初めまして。新たに紙の神様から加護を授かりました、オリト・アシュヴァルと申します。どういうわけか他の記憶も交ざっちゃってますが、きっと紙の神様に仕えるには有用な知識だと思います。これから末永く、よろしくお願いします)
祝詞なのか新人挨拶なのか分からないような祈りを終え、オリトは気づかないうちに閉じていた瞼をゆっくり開ける。
するとタイミングを見計らったように、ふわりと宙から一枚の紙が舞い降りてきた。
「お、おお! すごい!」
初めての加護の力の行使。
ほとんど重さの無い紙を両手に乗せ、オリトは自分の鼓動が興奮で脈打つのを感じた。
紙は現代日本でいうA4のコピー用紙にそっくりだ。というかサイズ感も質感もそのものだ。
先ほど神官が出した紙はB5サイズくらいで、やや厚めだった。
イメージで変わるのか、祝詞で変わるのか。今後検証が必要だと心のメモに書きとめ、オリトは紙を両手で持って木漏れ日に向ける。
(祈ったら紙ができるとか、すごい)
無表情鉄仮面は崩さぬまま、オリトはキラキラと紙から透ける光を見つめる。
選神の儀の時よりも興奮しているかもしれない。
これで奉納する供物の準備は整った。大きく息を吐き、上げていた手を下して元の道に戻ろうとして、オリトの歩みが再び止まる。
(このまま紙一枚を奉納するのもしょぼいよな)
神様が文句を言うとは思えないけれど、貰った加護で出した紙をそのまま渡すのも芸がない。
神官も経典の句を書くと言っていたではないか。だが、残念ながらオリトの手元には書くものがない。
わずかな悩みの後、オリトははっと思い立って紙の短辺を合わせて長方形にし、折り目を付ける。
続いて紙を開き、折り目に向けて角を合わせる。小さな三角形ができた。
その後もオリトは迷うことなく何度も紙を折っては開いて、慣れた手つきで正方形の折り目をA4の紙につけていく。
最後は折り目を何度も爪でしっかり折り、慎重にゆっくりと正方形を切り離した。
「よし。これでオッケー」
正方形の折り紙が完成すればあとは手慣れたものだ。
紙を折っては返して、手際よく形を作っていく。
それはオリトの記憶の中で一番沢山折っていたもの――鶴だ。
千羽以上折った記憶は、たとえ体が変わっても指が覚えている。
「できた……」
十歳の子供の小さな手で、器用に鶴の首を作り、両翼を広げて形を整える。
手のひらに乗った一羽の鶴。
白い紙でとっても素朴だけれど、満足のいく出来だ。
オリトは片手でやんわりと折り鶴を握り、旧殿へと続く小道に駆け戻った。




