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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第37話 護衛とお出かけ


 パンを抱えて通りを歩く。

 今日購入したのは塩漬けしたソーセージとハーブが練りこまれたパンと、デニッシュにココア生地を挟んだパンだ。

 男性と女性で好みが分かれるから、それを口実に色々種類を試せるのが嬉しい。


「本当に俺が持たなくていいんで?」

「だってジョシュアは俺の護衛でしょ。両手が塞がってたら守れないでしょ。いい加減毎回聞くの、やめてくれる?」

「いやぁ、一応主家の坊ちゃんなんでね。大事にしてるってことを周囲に分かってもらわないといけないかなって」

「地味に無礼なこと言ってるね」

「そうです?」


 両腕にパンを抱えたオリトの後ろを歩くジョシュアをちらりと振り返り、オリトはため息を吐きながら前をむく。

 ジョシュアはアシュヴァル家に仕える兵士の一人だ。成神せいじんと同時に兵士になり、五年目のニ十歳。

 丁度ジルストと同じ年だということで、ジョシュアから勝手に親近感を持っているらしい。

 適当な態度と適当な言動で適当そうな人間に見えるが、職務にはとても真面目である。

 少なくともそのはずだ、と身を守ってもらっているオリトは信じている。


「また、あそこに?」

「うん。だってあそこが確実だから」


 ジョシュアの問いに、オリトは確実な足取りで目的の場所を目指す。

 リュウストによる調査と、周囲の聞き込みによってあの半分カミオチした男性の行動範囲は大まかに絞ることができた。


 この一ヶ月あまりで、あの人のことが少し分かってきた。

 王都で兵士をしていたことから、カミオチの経緯は分かっていない。

 ただ本人は騎士道精神を持った人らしく、あの容貌になっても人助けをたびたびしていたようだ。

 たとえば、夜道で襲われそうになった女性を助けたり、下水道に落ちた子供を救ったりなど。

 しかしその度に女性に悲鳴を上げて逃げられたり、子供にはギャン泣きされて親には武器をつけつけられたりしたというから、どうにも可哀そうで仕方がない。

 まあ、あの男性もこの町のいたるところで小さな窃盗を繰り返しているようだから、どっちもどっちだ。


 今オリトが通い詰めているこのパン屋も、以前助けられた側だという。

 なんでも、商売敵にショーウィンドウを汚されたりごみを店先に捨てられるなどの嫌がらせをされていた時、あの男性が犯人を捕まえて店先に転がしておいてくれたんだとか。


 思えば最初にオリトが彼に遭遇した時も、御者のそばに不審な男が転がっていた。

 パン屋の中から見ていた店員の話によれば、危うく御者がスリに遭うところだったらしい。

 助けられた。

 が、パンは取られた。

 喜んでいいのか微妙なところだ。

 しかし盗まれたかもしれない財布の中身と、買いなおしたパンの値段を考えれば、安くすんだと言えるだろう。そう納得するしかない。


 今二人が向かっているのは、町の外れの路地。

 今日ですでに四回、ここにパンを運んでいる。


「さて、待ちますか」

「だね」


 路地の奥に置かれた木箱の上に、買ってきたパンを並べる。

 続いてオリトはポケットから折り紙を取り出し、形を整えてパンの包み紙の間に挟む。


「今日のは、何です?」

「今日は猫。尻尾あり版」

「なるほど」


 なんでもいいから、こちらからのメッセージが届いてほしい。

 折り紙一つでは何も変わらないかもしれないし、変わるかもしれない。

 何もないよりは、あったほうがいい。それくらいの意識だ。


 次に二人は、パンを置いた場所が視界に入るぎりぎりのところまで距離を取る。

 だらだらとジョシュアの恋人遍歴の十六番目の彼女の話を聞きつつ、オリトは相手が現れるのを待つ。


「ミューシャはちょっと照れ屋で、褒めると腹を思いっきり殴るんですよ。おかげで付き合ってる間は腹筋が鍛えられました」

「……そう。幸せだったんだね」

「ええ。でも俺よりも筋肉の分厚い男に奪われました。やっぱり筋肉がないとモテないんですかね」

「僕に聞かれても」

「ですよね~」


 十歳の子供に聞くことではない。

 それにオリトの前の自分も生涯独身だった。

 記憶を失っていく母の面倒を見る男にそんな余裕はなかった。

 そもそもそんな男のところに嫁いでくるなんて人はいないだろう。そんな天使な女性はきっともっといい男の元にいる。


 ベンチの代わりに柵に腰かけ、膝に肘をついてオリトはぷらぷらと足を揺らす。

 その時、視界の隅に黒い影が入った。

 パッと顔を上げたオリトの横で、ジョシュアは目の上にひさしを作って「来ましたかぁ」とのんびり呟く。

 目を凝らして路地の暗がりを見つめる。

 ゆっくりと建物の影に溶け込むように入ってきたのは――あの人だ。

 周囲を警戒する姿に、オリトの中に緊張が走る。


「さすが王都の騎士。足の運びが一流」


 一方で全く緊張感のないジョシュアは、変なとこに目をつけて感心している。

 カミオチしても騎士としての能力が失われなかった場合、自分一人ではオリトを守れないだろうと初日に断言した。

 潔すぎるだろう。

 しかもジョシュアは正直に上に報告していた。

 そして父と兄からは以前と同じ忠告をされた。


『カミオチと遭遇したら命を守るためにその場から逃げるように』


 この忠告にはジョシュアの命は含まれていない。

 彼はオリトの命を守るためにいるのだから。


(つまり、あの人のカミオチを防がないと、あの人の命だけじゃなくってジョシュアの命も危ないってことなんだ)


 飄々としているジョシュアだけれど、彼は忠実な兵士で失いたくない存在だ。

 パンの包みを抱え、現れた時と同じように素早くも静かな動作で黒い影が建物の裏に消える。


「行くよ」

「はいはい」


 オリトの声に、ジョシュアが先だって進む。

 ここから先はオリトよりもジョシュアの仕事。

 オリトの足では追いつくどころか影を見失ってしまう。

 現に、オリトが五十メートル進むころにはジョシュアは路地の奥に消えていた。


(護衛が護衛対象から離れていいのかな。あ、でもカミオチから守るっていう意味ではいいのかも?)


 トテトテと短い手足を動かし、オリトはジョシュアを追う。

 あらかじめ渡しておいた赤く塗った手裏剣の折り紙が、地面をぽつぽつと彩る。

 途中、手裏剣が直進と右手のどちらにもあるのを見つけ、相手が尾行を撒こうとしているのに気づく。


(さすが騎士。そんなにすぐに居場所を悟られたりしないってか)


 足元の手裏剣を拾う。

 恐らく尾行を撒く際に、相手もこの手裏剣が落ちていることに気付いただろう。

 ということは今日はここまでが限界だ。

 目につく範囲に落ちている手裏剣を拾い、オリトは元の場所に戻って柵に上る。

 ここにいればジョシュアが来るだろうと待っていれば、五分も経たずに彼が帰ってきた。


「ダメですね。撒かれました」

「だね。今日はここまでにしよう。パン屋でパンを受け取って帰るよ」

「はーい」


 すでにさっき男がもっていったものと同じパンを購入してある。

 それを受け取ったら今日の任務は終了だ。明日のパンがまた楽しみになる。


「ねえ、貴族と同じパン食べてるカミオチがいるって考えると面白いね」

「そんな変な事を考えるのはオリト様だけですね」

「そっかぁ」


 首を傾げるオリトに、ジョシュアは頭の後ろで手を組み、「そっすね」と軽く返した。



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