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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第34話 目標とする姿


 さて、兄がフェーバ商会を屋敷に呼びつけるのではなく、自身が足を運んでいるのはなぜか。

 次期子爵ならば呼びつけるのは簡単そうなのに。

 そう思った時期がオリトにもありました。


「商会はあらゆる場所と繋がっている。情報を集めるのは一番いい場所だ。外出して領内を見る理由にもなる。ここ以外の商会や他領の商会の支店にも顔を出している」

「なるほど。素晴らしい考えです」


 これが伯爵となると商会側が委縮してしまう。

 子爵という貴族階級では真ん中より下ぐらいの立ち位置のおかげで、程よい敬意と気軽さをもって領民と交流できるようだ。

 兄の顔は、父親の強面度合いから四割減なのもよい働きをしているはずだ。

 残念ながら、オリトは顔は整っているのに表情がないせいで人形過ぎるため、人と関わるには不向きだと自覚している。

 ムニムニと自分の頬を柔らかくしているとジルストが笑う。


「ははっ、何をしてるんだ?」

「顔の表情筋を緩めようと」

「表情筋?」

「頬や口の周りなどにある筋肉です。表情を作るために動きます」

「表情を……」


 オリトと一緒になってジルストまで両方を指先でもみほぐす。


(兄上は十分表情が豊かなんだけどな)


 無表情でモミモミしていると、兄と目が合う。

 兄弟そろって頬を揉んでいるおかしな状況に気付き、ジルストはふっと柔らかな息と共に笑う。

 自然で優しい笑顔だ。


(ああなりたいものだ)


 近くに目指したい姿があるのは恵まれている。

 十歳という年の差のおかげで羨望よりも憧れが強い。


「オリト、あともう一軒、診療所に顔を出しに行くがいいか?」

「はい」


 すでに動き出している馬車に揺られ、オリトは町の様子を観察する。

 神々の助けのおかげで、文化や生活水準は高い。

 下水道も敷かれているし、恐らくガスに近い熱源も利用されている。馬車が通る道も整備されているし、道を歩く人たちの服も綺麗だ。

 ただ完全に機械化されないのは、それぞれの神からの祝福を受けた信徒たちが機械にも劣らない技術を持っているからだ。

 紙を作る技術もあるけれど、実際の契約の場で信用されるのは紙の神の信徒が作成した最高級紙、ということからも分かる。


「あ、美味しそう」


 綺麗に磨かれたガラス窓の向こう、ショーウィンドウの奥に見える焼き立てパン。

 流れ込んでくるバターと香ばしい小麦の香りに、オリトは鼻をヒクヒクさせる。


「もうそろそろ目的地だ。オリトは馬車で待っているか? それともこのあたりを見ているか?」

「お店を見ててもいいんですか?」

「このあたりなら問題ないだろう。ああ、馬車は診療所に預けて御者も連れて行きなさい」

「分かりました。ありがとうございます」


 保護者役として御者がいれば万一迷っても戻ってこられるだろう。

 兄に続いて馬車から降り、御者が診療所の馬番に馬車を預けるのを待って町へと繰り出す。


「さっきのパン屋さん、見たいな」

「あそこはパンの神様の信徒がいるので、このあたりだと一番美味いですよ」

「へぇ、パンの神様なんているんだ。うちの料理人も?」

「アシュヴァル家の料理人は料理の神様の信徒です。幅広く質の高い料理を作れますね」

「なるほど。特化型と汎用型って感じかな」

「そんな感じでしょうね~」


 意味を理解しているのかしていないのか、軽すぎる御者の相槌。

 だがオリトは周囲を見るのに忙しくて気にしている暇などない。

 あまり見ないオリトの十歳の子供っぽさに、御者は日に焼けた頬を緩める。


 子爵領は内陸にあり、海までは馬車で一週間以上かかる。

 肥沃とまではいかなくとも森や田畑を潤してくれる川が流れ、農産物に命を与えてくれる。


「最近の天候はよいから、今年は豊作かな」


 野菜や果物が並ぶ店先を眺め、オリトは御者に尋ねる。


「ええ、そのように皆も言ってます」


 御者の同意にオリトは頷く。

 安定した作物供給は市民が安心して日々を過ごす土台であり、ひいては安定した領地経営につながる。

 父と兄が頑張っても天候はどうにもできないので、災害もなく過ごせることに感謝だ。


「オリト様、あちらの角の先がパン屋です」

「あ、いい匂いがしてきた」


 温かな風に乗ってパンの匂いがオリトのところまで届く。

 走りそうになるのを押さえて、オリトは御者がパン屋のドアを開けるのを待った。


「いらっしゃいませ」


 一歩、店に足を踏み入れると全身がパンの匂いに包まれる。オリトは思わず深呼吸して、はあっと息を吐いた。


「幸せだ」

「はは! 手軽ですね」

「こういう身近にある幸せが一番安心するんだよ」


 大人ぶったことを言うオリトに、御者は虚を突かれたような顔をする。だがすぐに「確かにそうですねぇ」としみじみと呟いた。

 店内には数人の客がおり、御者と共に入ってきたオリトを見て壁際に寄る。

 供を連れて歩くような身分だと悟ったのだろう。


(あまり長居すると邪魔になっちゃうな)


 店の奥から出てこようとする店員を手で制し、オリトはパンが置かれた棚の前に寄る。

 一人分よりも大きなサイズのパンが多く、家族で分けて食べるのが市民の間では主流なようだ。

 しかしそれにしても艶々としたパンたちは美しく、そして魅惑的な香りを放っている。

 オリトは無意識に再び大きく息を吸い込んだ。


「全部美味しそう。いっぱい欲しいけどあまり買うと、家の料理人が困っちゃうよね」

「大丈夫だと思います。残ったら翌日使用人たちで食べますから」

「もしかしてそれを狙ってる?」

「ばれましたか」


 貴族の食卓に出されるパンにありつけるチャンスだと、御者は笑う。

 もちろん、料理人がそんなに差をつけるはずがない。

 王族やもっと高位の貴族ならばいざ知らず、アシュヴァル子爵家で食べている食材は一般市民のものとほぼ同等だ。

 違いがあるとすれば、料理が乗る皿の質や盛り付け方くらいだろう。

 オリトと御者の気さくな会話に、店内の空気が緩む。少なくとも庶民を見下すようなガキでないことは伝わったはずだ。


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