第33話 日常の一部
「また来たか」
「また来ました」
ふんっとわざとらしいほどに不愛想な顔で告げられた言葉に、オリトも無表情鉄仮面で返す。
周囲もまたかとばかりに苦笑を浮かべ、それぞれの作業にすぐに戻っていく。
月に一度、ジルストがフェーバ商会を訪れるのに合わせて、オリトも足を運ぶようになってすでに半年。
初日で職人たちに気に入られたオリトは、来るたびにそれぞれの神の祝福による作業を見せてもらっている。
無表情なくせにキラキラと目を輝かせる貴族の子供オリトは、最初こそは腫物扱いだったものの、遠慮の全く見せないシュークラのおかげで最近ではただの見学者扱いだ。
あるいは見習い以下の扱いともいえる。
「な、オリト、ネコはどうだ、ネコ」
「作れますよ。あ、シュークラさん、こっちの文字ってこの国の言葉じゃないですよね。なんでそんなに綺麗に書けるんです?」
「んなもん、基本のアルファベットが書ければできるだろ」
「……なるほど。書の神の祝福があってこそなんですね」
意味は分からずとも、それが”文字”である限り、書の神の祝福で書き写すことはできるようだ。
これはオリトがもらった加護だけではできない気がする。
ふむふむと相変わらず芸術レベルに美しいシュークラの文字を見て、オリトは納得する。
神の加護と祝福。
この違いが少しずつ分かってきた。
加護だと人間でも鍛錬すれば追いつけるレベルの技能だ。例えば綺麗に書く、書いたことを忘れにくくなるなど。
祝福はそれこそ神の御業に等しい奇跡がある。言語が分からずともすらすらと書き写せるような芸当だ。
書の神と火の神に加護をもらい、オリトは日々の生活の中で紙の神の祝福との違いを改めて理解してきている。
他の人に聞いたり、書物を読んだりすれば分かるなど甘えた考えは早々に捨てた。
そもそも自分が祝福を受けた神以外から加護をもらうなんてこと、滅多に起こらないのだ。
気軽にそんなことを聞いたら、オリトの異常さがばれてしまう。
書の神の加護を受けていることはフェーベ商会のセディックも知っているので、ここでは隠していない。
一方で、火の神の加護については家族だけの秘密である。
「オリト坊ちゃん、こっちの紙って強くしたら製本もしやすいと思わねえ?」
「んー、でも分厚くなると開きにくいような」
「んだがよ、めいいっぱい開かないでいいような本ならばいけると思うんだが」
「そんな本だったら補強する必要あるのかな?」
「あー、まー、そうかー」
せっかく紙の神の祝福を得ているオリトがいるのだから、と職人たちと共に紙質や製本の改良のための知識を出し合ったりもする。
まだ何も画期的なアイデアは出ていないものの、前向きに意見を出し合うのはとても楽しい。
革の表紙を縫い付ける作業をする職人の隣に立ち、手際の良さに見惚れながらもオリトは質問してみる。
「裁縫の神様の信徒が服以外を作るって珍しいんです?」
「いや、そうでもないぞ。俺みたいに男で裁縫の神に祝福をもらうと、男もんの服を作るのに興味がない奴は技術をいかせる職につくからな」
「靴や武具を縫うやつもいたな」
「俺、人の腹を縫うやつ見たことあるぞ」
「うげ、まじか」
手早く作業をしつつ、口も忙しい職人たち。最初ここを訪れた日は黙々と仕事に向かっていたが、あれは外面だったようだ。
得た祝福でどう生きるか。それぞれの道の選び方がバラバラで面白い。
商会という様々な立場や職種の人たちが行き交う場所は、教師から話を聞くだけの授業よりもはるかに魅力的だ。
「オリ坊も好きなことすりゃいい。商会に入ったら同僚だな!」
「その呼び方はどうかと思うよ。ウリ坊みたい」
「可愛らしくていいじゃねえか! オリ坊よりもウリ坊の方がまだ愛想があるってな!」
「……余計なお世話だし」
どんどん容赦なくなっていく職人たちのコメント。
オリトは手元でパクパクと折り紙を遊ばせながら、口を尖らせる。
表面を取り繕った貴族然とした会話とは程遠い、感情むき出しの職人たちに揉まれてオリトの顔には少しは表情が出てきた……なんてこともなく。
ただ感情を言葉に表す頻度は増えたようにも思える。あくまでオリトの自己申告によるものではあるが。
「さあさ、仕事の手を緩めないで。オリト様、そろそろジルスト様の打合せも終わる頃ですので」
「セディック、ありがとう」
仕事のために席を外していたセディックが戻り、オリトに声をかける。
オリトが職人たちと仲良くなってからは、自由にさせても問題ないと思ったようで最近はもっぱら放置気味だ。
培った信頼の証だと捉えるようにしている。
扱いを良くしろなどと面倒な貴族っぽいことは言わない。オリトはしがない子爵家の次男だという自覚はたっぷりあるのだ。




