第32話 火の神様
「オリト」
頭上から低い声が降ってきて、オリトは勢いよく顔を上げる。
言いたかったことを、全て他の家族に取られてしまって渋面をしたリュウスト。
その表情にオリトは何か怒られるのだろうかと体を固くする。
「……あちらの折り紙をここに持って、いや、お連れしなさい」
「え、あ! はい」
この短時間ですっかり忘れていた。
いつの間にか礼拝堂の最前列まで来ていた赤い鶴と白いカエル。
明らかに風とは違う方向に揺れる二体の折り紙。
オリトは小走りにベンチまで行き、「失礼します」と声をかけて両手で二体を掬いあげる。
「おっ、ととと」
歩くたびにふわりと浮き上がる折り紙に、オリトはハラハラしながら進む。
パタパタと翼を羽ばたかせる鶴と、ぴょっこんぴょこと宙返りをするカエル。
「……楽しんでません?」
パタ、ピョコっと折り紙が動く。
神々の威厳とは......と遠い目になりつつ、オリトは家族の前に戻って両手を差し出した。
「火の神様の鶴と、紙の神様のカエルです」
「うむ」
「まぁ」
「おおっ」
「うわぁ」
前かがみになり、四人がオリトの手の中を覗き込む。
するとさっきまで賑やかに動き回っていた折り紙が、スンッと折り目正しく静止する。
(神様、ちょっと、僕の扱いが適当すぎません? それとも親しみを持ってくれてるって思っていいんでしょうか)
心の中で呆れながらも、オリトは家族の反応を待つ。真っ先に状況把握に乗り出したのは父だ。
「火の神様から加護を頂いているとは知らなかったぞ」
「僕もすぐには気づかなかったので。それに加護はいただいていても、僕の前に現れるようになったのは、ほんの数日前です」
「……顕現されるのはものすごく光栄なことなのよ。大神殿にいらっしゃる神官たちでも成神後に十年以上神にお仕えしてやっとと聞いているわ」
「それは、紙の神様がとても、その、飾らないというか、えーっと、気さくな方だからではないでしょうか」
絞り出したオリトの答えに、リュウストはふるふるとかぶりをふる。
「それならば納得できる。だが火の神に関しては違う。私たちの一族は長く火の神様にお仕えしているが、その歴史の中で火の神様に顕現いただいた者は片手で数えられるほど少ない」
「……おお、なるほど」
つまり火の神はオリトに加護を与えた上、こうやってオリトの作った折り紙を動かしてみせるようなことをするような気さくな神ではないのだ。
赤い翼をピンッと伸ばしてオリトの手の上に鎮座する鶴を見る。
加護をくれたのは純粋に嬉しい。アシュヴァル家の一員として、堂々と胸を張ることができる。
「なんででしょうか。そもそも僕は紙の神の信徒なのに」
オリトが火の神の信徒でもないのに、この礼拝堂で祈っていたからだろうか。でもオリト以上に熱心な信徒は大勢いるはず。
「火の神が、オリトの中に祝福を与えたいと思う要素があったということだろう。人の目では見えぬ何かが」
「……そうなのでしょうか」
「そう納得するしかないだろうな」
「なるほど」
人間があーだこーだと考えを巡らせても、結局神の考えに至ることは無理だ。
ある種の思考放棄だが、正解はそれこそ神のみぞ知るということである。
「赤い鳥、とても綺麗ね。火の神様、フレーシャと申します。オリトに祝福を授けてくださりありがとうございます。紙の神様も、お会い出来て光栄です」
「私からも、礼を。火の神の信徒ならずとも、祝福があることがこの子の心の支えとなっていると信じております。紙の神様も引き続きこの子を見守ってください。この子はきっと良い信徒となります」
小さな小さな赤い鶴に向けて、兄と姉が挨拶をする。
なんともくすぐったい。
オリトは両手を震えさせて唇を引き結ぶ。
ひらりと翼を揺らす鶴も、ぴょこんと小さく跳ねるカエルも投げ出してどこかに隠れてしまいたい気分だ。
「オリトはすでに火の神の加護がどのようなものかは知っていると思うが、今一度学びなおすように。信徒ではできる範囲が異なるであろうから、違いも把握しておくことが必要だろう」
「ありがとうございます。先生に相談します」
信徒である父や兄はカミオチと出会った時にも対抗できる手段がある。
だが祝福をもらったとはいえ、オリトはあくまで紙の神の信徒であり、攻撃も防御も他と比べればそれこそ紙レベル。
父の言葉に見え隠れする、決して無謀、無茶、無理をするなという思いをしっかりと受け止めてオリトは頷く。
「さあ、屋敷に戻りましょう。今日は返神の儀の祝いメニューだそうよ」
「デザートが楽しみだわ」
話が終わったのならばと母親が場を仕切って、父親の腕に手を置いて歩き出す。
その横にフレーシャも並ぶ。
トンッとオリトの背を押すのはジルスト。
それに合わせてオリトは数歩進み、ぴたりと足を止める。
クルリと振り返り、オリトは両手を高く掲げて礼拝堂の正面にある火の神の像へと語り掛ける。
「神様、これからも、よろしくお願いしますね」
ふわりと赤い鶴が手の上から飛び立つ。
鶴はオリトの目の前を一周して、額に当たる直前でパチンッと小さな火花を散らして消えた。
「うわ!」
激しく体を揺らした瞬間、今度は白いカエルがピョコッと手の上からジャンプする。
そしてオリトの腕をピョコピョコと跳ねあがり、まるで頬に口づけるかのようにしてオリトの顔に向かって飛び込んで消えていった。
「全く……神様たち、絶対僕をからかって遊んでるに決まってる」
スリスリと頬を撫で、オリトは前を行く家族を追いかけた。




