第3話 祝詞
「紙の神からの恩恵は言われるまでもなく、紙を生み出すことだ。本人の信仰および集めた信者により、生み出す紙の質や量は変化する」
「なるほど」
それは火の神について幼い頃から学んできたことと同じだ。
ただこの世界では貴族や平民に関わらず誰もが選神の儀を受けるため、一言に「信者を集める」と言っても非常に難しい。改宗させるのと同じなのだから。
つまりほとんどの場合、自分の信仰の質を高めていくことでしか力を強くすることができないのである。
「選神の儀を受けたばかりの加護では紙一枚が精一杯だろう。修練を重ね、神に信仰と供物を捧げることによって、私のように祝福を付された紙を生み出すことができるようになる」
「なるほど。ちなみに供物とはどんな物が好まれるでしょうか?」
「私の場合、生み出した紙に経典の句を記した物を捧げている」
「なるほど! 力への感謝を表すに最適ですね!」
「そうであろう。では、私の力を見せよう」
オリトの言葉に気分を良くし、神官は部屋に入ってきた時の陰険な態度とはうって変わってにこやかに頷いた。
そして両手を胸元に当ててから、手のひらを上に向けて祝詞を唱え始める。
「至上の神、紙の神よ、白き頁に光を宿したまえ。言葉は風となり、想いは形となる。我らの祈りを受けて、やさしき奇跡を描きたまえ。奇跡の賜物である紙をここに表し示したまえ」
最後の一節が紡がれた直後、広げられた両手の上にひらりと一枚の紙が現れた。
ほのかに光をまとったその紙は、紙の中で最上級とされている祝福付きの紙だ。
「なるほど」
ほおっと嘆息しつつ、オリトは次々と浮かぶ質問を飲み込んで顔を上げる。
無表情鉄仮面の中で、興奮したように両目を爛々と輝かせて。
「素晴らしいです。大変美しい祝詞でした。僕にもそんな祝詞が唱えられるでしょうか? それに祝詞によって紙は変わりますか?」
「う、うむ。祝詞は個々人で異なる。心より湧き出る神への賛美を言葉にすればよい。祝詞の質というより、そこに乗せる信仰心によって授けられる紙は変わるであろう」
「なるほどなるほど、ありがとうございます。あと、声に出した方がいいんでしょうか。僕のつたない祝詞を聞かれると、ちょっと……恥ずかしいかもしれません」
「さっきも言ったが、祝詞は心より湧き出る賛美。心の中でも神は使徒の声に耳を傾けてくださるであろう」
「なるほど」
オリトは顔を両手を組み合わせ、大仰なほどに何度も首を上下に振る。
祝詞といえど、仰々しい言葉、しかも自作を人前で口に出せる気がしない。
どれだけ自己陶酔に浸っていても無理だ。
火の神を信奉するアシュヴァル家では、”火の神最高!”みたいな仰々しい内容の華美な言葉を重ねる祝詞を毎日どこかで必ず耳にする。
しかし大人だった頃の記憶が蘇って冷静になった今思う。
ちょっとしたことにでも祝詞を使うのはどうなのか。
ろうそく一本つけるのに、いちいち長い祝詞はいらないのでは?
すでに火が付いたろうそくを持ってきて、近づければいいだけのことでは?
それに紙の神の加護を得るための祝詞を誰かに聞かれるのは、なんだか気まずい。
あの家にいると声に出すのが当たり前だと思ってしまっていたが、今こそ洗脳から解き放たれるべき時だ。
(僕は祝詞は心の中で唱えることにしよう)
オリトは誓いにも等しいほどの覚悟を決めて深く頷いた。
そして、これで最後だと前置きをしてから質問をする。
「紙の神様にご挨拶したいのですが、どこに行けば良いでしょうか?」
神殿には神々を奉る祭壇がある。アーヴェル神官もオリトを案内すると提案してくれたのだから、紙の神の祭壇も必ずあるはずだ。
そう考えて尋ねたのだが、神官は急に機嫌が悪くなったようで、「あー」とだるそうに口に出してから告げた。
「紙の神は本殿ではなく、旧殿のほうだ。あっちに行けば案内人が連れて行ってくれるだろう」
「なるほど。分かりました。お忙しい中、ありがとうございました。神官様のように立派な信徒となれるよう精進いたします」
「ふむ。殊勝なことだ。その態度でおればまあまあの力を授かるであろう」
「ありがとうございます」
オリトが頭を下げると、これ以上の用はないと神官は踵を返して去って行った。




