第29話 負けるが勝ち
強い陽の光を受け止める大木の下、くるり、くるりとレースの日傘が踊る。
オリトは小走りに姉のフレーシャの元へと近づき、声をかけた。
「姉上、お待たせしました」
「オリト! 授業は終わった?」
「はい。最近、覚えが良いと褒めていただきました」
「さすがね。オリトは頑張り屋さんだから」
日傘を傾け、フレーシャは柔らかくオリトの頭を撫でて微笑む。
オリトは機嫌のよい猫のように目を細めて彼女を見上げる。
茶色の髪にハイライトのように交ざる赤い信徒の証。
白い傘の向こうに見える木の緑と青い空。
色が、眩しい。
「どうしたの?」
「姉上は美しいなと」
「え!? どうしたの、急に!」
突然のオリトの脈略の無い発言に、フレーシャはぐるりと体ごと回ってオリトをまじまじと見つめる。
無表情鉄仮面の末っ子は唇をきゅっと尖らせてから、「ちょっと思うところがあって」と大人びたことを言い出す。
一体何があったのか、とフレーシャは視線をオリトの頭のてっぺんからつま先まで三往復させ、大きく息を吐き出す。
兄ジルストから「カミオチと遭遇した」と聞いて以来、次男の様子には気を配ってきたつもりだった。
しかし十歳の彼の中でどんな消化の仕方をしたら、今の言葉が出てくるのか。
フレーシャは日傘を傾け、オリトも影の中に入れる。
自分を見上げて目を細めるオリトの額にかかった髪を指ですく。
「オリトは、いつかこの町から出ていっちゃうのよね」
十歳とまだ幼い。
でも彼は自分の道を見つけ始めている。
いつまで一緒にいられるのだろうかと、フレーシャは姉としてというよりも母親のような気分だ。
「……姉上の方が、僕よりも早く結婚して出てっちゃうかもしれないじゃないですか」
口をへの字に曲げてすっと視線を逸らすオリト。
フレーシャはたまらなくなって、両腕でオリトを抱きしめた。
はずみで白い日傘が転がる。
「あ、姉上?」
「もう! もう! もう! どうしてそんなに可愛いの!」
「え、ええ……?」
「オリト、あー、うちの弟、可愛いわぁ」
「えええええ……」
同じ言葉を繰り返すフレーシャに、姉が壊れたとオリトは焦り、その細い背に精一杯両腕を回す。
その間も上から降ってくる「あー、可愛い。本当に。もうダメ、最高。うちの弟」の呟きがどんどん耳から脳内に詰め込まれていく。
降り注ぐ太陽の光よりも強い熱が、オリトの体温を上げた。
「ちょ、姉上? 姉上!」
「ね、オリト。大好きよ」
「はい。姉上。僕も姉上が好きです」
「ふふっ、両想いね!」
「えーっと、はい。そうですね。そういうことになります」
一体何のお芝居なのか。
それでも自分を見て幸せそうに笑う姉に、オリトは負けを認める。
何の勝負なのかも分からないが、きっと自分はどこにいたとしてもこの姉には負け続けるのだろう。
そんな未来が見えて、でもそれも悪くないとオリトは姉の腕の中で小さく微笑んだ。




