第24話 救いはない
オリトの言葉に、父リュウストは悲哀の滲んだ眼差しを一瞬向けてから、視線を落とす。
強引な家長の印象が強い父のそんな姿に、オリトは戸惑いを覚えて無意識に両手でズボンをこする。
「我々が神々の心情を推し量ることはできない。だが、一般的には、お前が感じたように捉えられている」
かなり遠回しな回答ではあるが、神を代弁することは不敬と考えたのだろう。父親が言えるのはそれで精いっぱいなのだとオリトは悟る。
「なるほど。分かりました。少し……驚いたので」
「オリトの気持ちは私も分かる。カミオチを見た時の驚きに加えて、自分では抱いたことのない感情で涙まで出てくるし、それでパニックになってしまった覚えがある」
「兄上も経験したんですね」
言葉の足りない父親に代り、ジルストが末っ子を安心させるために自分の体験を共有する。
こういうさりげない配慮は嬉しい。
無表情鉄仮面なオリトの内面を母、兄、姉は優しくくみ取ってくれる。つまり、父以外は配慮してくれるということだ。
オリトの父への苦手意識は、ここから来ているのかもしれない。
客観的に自分と父親の関係性を分析しつつ、オリトは父親と目を合わせて話の続きを待つ。
「カミオチと戦闘には神の加護が必要となる。オリトは剣を習ってはいるが、持っている神の加護が戦闘向きではない。よって、カミオチと遭遇した時は戦闘には参加しないように」
「分かりました」
なぜ神の加護が戦闘に必要なのか。
すぐに質問を口にしようとして一旦留まって考えを巡らせる。
そしてオリトの頭の中から離れない光景につながった。
「それはカミオチを……倒した時に、残された体が人間に戻ったことと何か関係がありますか?」
「そうだ」
今度はすぐに帰ってきた答え。
オリトの喉がぐっと締まる。
人ならざるものになったカミオチは、死をもって人となる。
理不尽な悲劇という以外、言葉が出ない。
窓からの光に赤く浮かび上がる父親の髪を見る。
祝福の証であり、信徒である証。
それを失ったカミオチを救うのは死だけなのか。
「カミオチを人に戻すことができるのは、神の祝福のみ。それがカミオチを救う唯一の術だ」
「攻撃以外で、神々の祝福を用いてカミオチを救えないのですか」
「こちらに襲い掛かってくるカミオチを、攻撃に使えない祝福でどう対応するというのだ。理性のない、言葉の通じない相手から自分を守ることもできないのに」
父親の厳しい言葉に、オリトは膝に置いた両手を握りしめる。
正論過ぎて、何も言えない。
「オリト、余計なことは考えるな。カミオチに会った時、自分の命を優先しろ。お前にはカミオチから自分を守る術がないのだから。他の者が対応するのを邪魔せずに待て」
「分かりました」
悔しさに目の奥が熱くなる。
結局、誰も救えない。
神を信じて、神の加護を身近に感じるこの世界でも。
肩を落とすオリトに、父リュウストと兄ジルストは素早く視線を交わす。
サラリと流れたオリトの茶色の髪の間から、白い一房の髪が覗く。
両腕を組み、重々しい溜息をわざとらしく吐いてリュウストはオリトの注意を引いた。
のろのろと顔を上げた末っ子の暗く沈んだ眼を見て胸が痛み、リュウストは意識して唇を引き結ぶ。
その表情がオリトにとっては怒っているように見えるのだが、リュウスト本人は気づかない。
「それで、だ。お前のその髪についてだ」
「はい」
来た、とオリトは縮こまっていた背筋を伸ばす。
知られたからには正々堂々、真実を話すだけだ。
「その髪は、いつからだ?」
「選神の翌日からです」
「そんなに前から? 理由は分かるか?」
「紙で色々折ったら喜んで下さったのだと思います」
「紙で折った? どういう意味だ?」
訝しむ父親と兄の様子に言葉で説明しても意味がないと悟り、オリトは一言断りを入れてから実践することする。
紙の神に短く状況を説明して一枚の紙を生じさせ、「これが折り紙と呼ばれる正方形の紙です」と前置きをして折り始める。
「あの日の夜、紙でカエルを作ったら動き出したんです。多分、紙の神様が僕の元に来てくださったんだと思います」
素早く辺と辺を合わせ、折り目をつけて行く間もオリトは説明を続ける。
「とても喜んでくださっているご様子だったので、色々折ってみせたんです。確かあの夜はカエルの他にも馬なども折ったと思います」
何千回も繰り返した工程。
喋りながらでもオリトの手は滑らかに動く。
一方のリュウストとジルストは、現れた信徒の証から末っ子が紙の神に愛されているということは分かるのだが、オリトが一体何をやっているのか分からない。
ただ小さな手がくるくると器用に紙を回しては、折っていく姿を黙って見つめる。
「紙の神様、カエルが一番気に入ってるみたいです。ぴょこぴょこ動く姿がとても可愛らしいんですよ。神様にこんなこと言うのは不敬かもしれないですけど」
ささっと羽を広げ、首を丁寧に曲げる。
一羽の鶴。
初めて紙の神の加護を求めた時に作ったのも、鶴だった。
オリトは角度を変えて出来栄えを確認し、そっと二人に見えるようにテーブルに置いた。
「これが、神の紙様から信徒の証をいただいた前日に僕がしたことです」
そう告げ、オリトは姿勢を正して父親を見る。
男子が折り紙で遊ぶのは女々しいと思われるかもしれない。でもそもそも折り紙の概念がないならば、そんな偏見もないという期待もある。
リュウストは細めた目で白い鶴を見つめ、そこから視線を逸らさずに口を開いた。
「お前は神官になりたいのか?」
「……まだ、決めかねています。兄上に商会に連れて行っていただいて、進む道の可能性を見ることができましたから」
「そうか」
口元を覆い、考え込むリュウスト。
すぐに否定の言葉が来ないことにオリトは安堵する。
幼くして信徒として認められるのは嬉しい。だけど将来をすぐに決めてしまうのはもったいない気がするのだ。
「神官にならずとも、契約のための紙が出せるようになるかもしれないということだな」
「そう……ですね。いえ、神からの祝福を勝手に期待してはいけないとは思うのですが、これからも誠心誠意お仕えしようと思っています」
「なるほど。お前の考えは正しい。今後もその態度を崩さずに精進しなさい」
「ありがとうございます」
父親としてはこの子爵家に契約用の紙が提供されるのであれば、オリトが神官になろうがならまいが頓着しないということか。
放任とも取れるものの、神官という一つの道だけを強要されない、自由な道を選んでいいと言われているようにも感じる。
オリトは感謝の言葉を述べた後、深く頭を下げた。




