第2話 紙の神の神官
儀式が終わり、オリトは子供たちが三々五々に神殿を出ていく後ろ姿を見送る。
すぐに帰ってもよいのだが、選神の結果を告げれば両親は落胆するのが目に見えている。
帰りたくない気持ちが、オリトの歩みを遅くした。
「オリト君、帰らないのですか?」
名を呼ばれ、顔を上げる。
そこには先ほどまでの選神の儀を執り行っていた神官が立っていた。
「……アーヴェル神官、選神の儀、お疲れさまでした。今すぐに出ても、出口が込みそうなので」
「ふふっ、ありがとうございます。確かにしばらくは馬車が混雑しそうですね」
大人びたオリトの返しに、アーヴェル神官は柔らかく微笑んで視線を出口に向ける。
この神殿での選神の儀は貴族が主だ。そのため爵位の高い者から順番に馬車で帰っていく。
しがない子爵であるアシュヴァル家の順番は、もうしばらく……だいぶ先なのだ。
「アーヴェル神官、この神殿に紙の神に仕える神官はいらっしゃいますか?」
「おりますよ。紙の神の祝福を受けた契約書用の紙の作成などをしてくださっています」
「なるほど。確かに重要な神典や契約には、紙の神の祝福による紙しか認められていないのでしたね」
「ええ、その通りです。オリト君は物知りですね」
一般常識に近い知識であるのに大げさな神官の反応に、オリトは曖昧な笑みを浮かべる。
先ほどの選神の信託の直前に蘇ってきた、自分であって自分ではない記憶。
それによれば、過去の自分は四十歳をはるかに超えていたはずで、目の前に立つアーヴェル神官よりも年上だった可能性が高い。
元々のオリト少年は引っ込み思案で自己主張の少ない性格だった。それが、記憶の影響か、こうやって大人と堂々と会話できるようになった気がする。
自分の変化に戸惑いを覚え、オリトは緩くかぶりを振った。
(記憶の整理のためにも、今すぐには家に帰りたくないな)
それに、神殿にいる間に紙の神について調べたたい。
家に帰ったらゆっくり調べる時間もないだろうし、そもそも紙の神のことが書かれた書籍などアシュヴァル家には無いだろう。
あの家では、火の神以外に仕えることは恥であるからだ。
「アーヴェル神官。紙の神の神官様にお会いすることはできますでしょうか」
「今からですか?」
「はい。家に帰ってしまえば、今度いつここに来られる分かりませんので」
「ああ……確かに、そうですね。では一緒に来てください。もし彼が忙しい場合には、神殿の中にある紙の神の祭壇までご案内しましょう」
「ありがとうございます」
アシュヴァル家が信奉する神に心当たりがったのだろう。アーヴェル神官はかすかに同情を瞳に浮かべてオリトの頼みを快諾した。
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「紙の神の加護を受けた子供だそうだな」
「はい。オリト・アシュヴァルと申します。紙の神の神官様にお会いできて大変光栄です」
「心にもないことを」
紙の神の神官を迎えに行ったアーヴェル神官を待っていると、しばらくして一人の神官がオリトの元にやって来た。
どこか陰鬱な空気を背負ったその神官はオリトを一瞥し、暗い表情のまま長々と深いため息を吐いた。
どうやらこの神官は紙の神に喜んで仕えているわけではなさそうだ。
神官ならば紙の神に仕えることの良い面を熱く語ってくれそうだと思っていたオリトの期待は、一瞬で萎んでしまう。
「何が聞きたい?」
やる気がなさそうに尋ねてくる神官の髪はほとんどが茶色だが、顔横の一房だけが不自然に白い。
これは十五歳で成神して神の信徒となった時に現れる証だ。受けている祝福の大きさによって、色の違う髪の量が増えるとも言われている。
神によって色が異なるため他人からも仕える神が明確に分かり、誤魔化すことなどできない。
ちなみに火の神の信徒であるオリトの両親は、髪の一部が赤くなっている。
(白か。紙の色だからかな)
年取って白髪になったらどうするのか、また全て髪が抜け落ちた場合もどう信徒を見分けるのか。
疑問が湧いてくるが、今はそれについて尋ねるべき時ではないだろう。
ふんっと鼻を鳴らすように立ったまま見下ろされ、オリトは一呼吸を置いてから基本の質問をすることにした。
「紙の神の加護を使う方法を教えていただければと」
そう言いながら、ポケットの中から一つの硬貨を差し出す。
価値としては高くないものの、この神官に良心があるならば十歳の子供からこれ以上の金を取ろうとはしないだろう。
「ふん、まあ良いだろう」
多少の罪悪感を覚えたのか、神官は硬貨を受け取ることはせず、軽く咳払いをして頷いた。




