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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第17話 お礼



「んで、なんか、質問は?」


 変わらぬ無愛想な顔のままで尋ねられ、オリトは首を横に振ろうとして止める。

 これだけ素晴らしい技術を見せてもらったのならば、それに見合ったお返しをしたい。


「シュークラさんは、好きな動物とか虫とか花はありますか?」

「へ?」

「好きな花とか動物とか虫とか乗り物とか鳥とか」

「いや、質問の意味は分かるから」

「はい」


 途中で止められて、オリトは大人しく黙る。

 じっと答えを待っていると、シュークラの目が忙しなく動き、最後に観念したようにギュッと強く瞑ってから開いた。


「……さぎ」

「さぎ? 鳥の?」

「違う。う……うさぎだ」

「ああ、うさぎ」

「おう。んだよ、何でそんなことを知りたい?」

「素敵な技術を見せていただいたお礼を、と思いまして」

「ああん?」


 訝しむシュークラの前から、オリトは一歩後ろに下がる。

 胸の目で両手を上に向け、ふっと息を吐く。


(紙の神様、書の神に素敵なものを見せていただいたので、お返しをしたいです。いつもよりちょっと大きめで、コシのある紙がいいです。可愛いうさぎを作ります)


 普段より早口で、オリトは祝詞を捧げる。

 相変わらずただの「紙が欲しい」というだけの内容だが、目を開けた時には希望通りの紙が両手の上に乗っていた。

 望み通りの大きさと手触り。

 オリトは「なにをするんだ」と興味よりも怪訝な雰囲気を漂わせる周囲を置いてけぼりにして、視線を彷徨わせて一点で止めた。


「その椅子と机、あいてます?」

「ええ、いいですよ」


 オリトに慣れてきたセディックが一つの机を手で示す。

 礼をしてオリトは机の前に座り、早速折り紙を折りはじめた。


 角と角をきっちりと合わせる。

 多少ずれても問題はない。

 ただ、仕上がりの美しさは大きく変わる。

 小さなずれが作品の立ち姿が傾いたり、左右均等で無くなったりにつながるのだ。

 手早く、でも正確に。


 オリトは職人たちが徐々に徐々に机の周りに集まってくるのにも気づかず、無心で手を動かす。

 周囲から見れば、四角い紙を追っては広げ、角度を変えてはまた折るオリトが何をやっているのか見当もつかない。

 ただの子供の手遊びかと思うものの、本人の様子から何かを作っている、目指す姿が見えているのが伝わる。


 それは何か?

 先ほどのシュークラとのやり取りから、ウサギだ――恐らく。


 一枚の紙から?

 折っては広げて、規則性があるようでない動きの果てに、どうやってウサギが?

 そんな疑問が職人たちの瞳の中に浮かんでいる。


 職人ではないセディックは一歩離れた場所に立ち、口元に手を当てオリトとその周りに集まった職人を眺める。

 不思議な光景だ。

 写本と製本だけを淡々とこなしてきた職人たちが、たった十歳の子供がすることを真剣に見つめている。


 紙の神の加護を受けた子供。

 この場所では関りが深いものの、そんなに存在感のある神ではない。

 そんな神の加護を受けた子供は、一枚の紙を出し、それを不敬にもオモチャのようにして折って遊んでいるように見える。

 しかし確実な意図をもって動く両手は、職人には”無駄のようで、無駄ではない。次の工程のための布石”に映った。


 よくあることだ。

 こんな面倒なことをして何が変わるのか。この工程を省けば楽になるのではないか。そんな作業が。

 役にも立たないような細かな工程が、本の寿命を十年長くする。

 それを実際に計って立証する者がいなくとも、職人はその工程を大切に守るのだ。


 子供の手のひらより大きな紙に幾重もの折り目がつき、小さな指が折り目を摘まみ上げて膨らみを作り、それを圧し潰す。


「……ふむ」


 誰かが小さく合点したように唸る。

 そこはそんな風に曲がらないはずだと思える角度で、紙が曲がる。

 それはすべて、無駄のようにも見えた一本の折り目のおかげだ。

 何手も前に、置かれていた布石のように。

 展開が変わってから初めて気づく伏線のように。


「ほお」


 オリトの手が動いて、ただの紙が立体になっていく。

 その度にかすかなうなり声や、感嘆が職人の間から漏れた。


「あれは、耳か?」

「しっ!」


 なんとなく判別できるようになったその物体に、一人の職人が声を出す。

 だが邪魔するなという視線が突き刺さり、申し訳なさそうに肩をすぼめた。

 セディックはくつりと喉奥で笑う。

 本当に不思議な光景だ。

 

 今朝、貴族の子供を案内するというとてもどうでもいい役を割り当てられ、今日一日の仕事が後ろに押されることを嘆いた。

 だがそれは半分正解で、半分不正解。

 もちろん、このあとに仕事は詰まっている。

 でもこの時間をどうでもいいとは思わない。

 一つ一つ、子供のまだ丸みの残る指先が、まるですべての工程を熟知した職人のように動く。

 その動きに目が引き寄せられる。


 芸術だ。

 作っている物ではなく、それを作る者の存在が。

 シュークラの美しい写本技術に並ぶ芸術である。


 セディックはじっと、オリトの手の中で完成に近づいていく折り紙を見つめていた。




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