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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第16話 書の神


 セディックに紹介されたのは、無表情で愛想のない女性。

 顔からは「作業を邪魔すんじゃねえ」という感情しか伝わってこないのだが、果たして大丈夫なのだろうか。

 オリトは自分のことは盛大に棚に上げて、女性と目を合わせる。


 彼女の元々細められていた両目が、さらに「見えているのか?」と言うレベルまで細められ、すいっと逸らされた。

 その拍子に後ろで結ばれた長い髪の毛の中に、緑の髪をひと房見つける。あれが書の神の信徒を表す色なのだろう。

 それにしても、目を先に逸らすのも負けた気がするが、逸らされても悔しい気がする、とオリトはもやっとするお腹を無意識に擦る。


「オリト様、こちらシュークラ。先ほどもご説明した、書の神の加護を受けて写本を担当しています」

「シュークラさん、作業の手を止めてしまって申し訳ありません。簡単に作業の手順や内容を教えていただいた後は、お仕事に戻ってもらって構いませんので少しだけお時間をいただければ嬉しいです」


 流れるような言葉が、十歳の無表情鉄仮面な男児の口からこぼれ出る。

 苦笑いをこぼすセディックと、細めていた目を何倍にも広げて驚きを見せるシュークラ。

 近くにいた職人もふと手を止めてこの貴族らしく、そして子供らしくないオリトを凝視する。


 オリトは周囲の空気が微妙になったのを感じ、首を傾げる。

 その拍子に髪の毛がさらりと流れ、さりげなく耳に掛けなおした。そしてスッと息を吸い込んで口を開く。


「えっと、それで、シュークラさんは写本をする際に、書の神の祝福を祈ってからされるんです? 効果はどれくらい続くんでしょうか。一冊? 一章とか? あ、書ということは各文字の美しさが対象ですか? それとも内容?」


 普段は心の中だけに留めているオリトの饒舌さが、今日この日、ついに人前で爆発する。

 花弁の落ちる音さえ聞こえそうな、しいんとした静けさが部屋を支配する。

 はっと小さく誰かが息を吸った。

 それはオリトの目の前にいるシュークラだった。


「ふっ、ははっ、はっ! 面白れぇ、坊主だ」

「こら、シュークラ、言葉には」

「あ、セディックさん、気にしないでください。ご迷惑をかけているのはこちらなので」


 シュークラの粗い言葉遣いを注意しようとしたのを、オリトは止める。

 何度も言うが、自分はまだ十歳のガキ。

 仕事場に乱入して手を止めさせている身で、貴族がどうのこうの、言葉遣いがどうのこうの言うつもりは毛頭ない。

 そうやって本心を語れば、セディックはほっと息を吐き、シュークラはふんっと鼻息を飛ばした。

 それから厚めの唇をにやりと上げ、獰猛な野獣のように舌なめずりをしてから己の仕事道具であるペンに手を伸ばす。そして写本用の紙ではなく、隣に置かれた分厚いメモ帳の上にペン先を置いた。


「ま、見てな、チビ」


 その言葉に促されるように、オリトの視線がペン先へと吸い寄せられる。

 ペンがワルツを踊るように滑らかに紙の上を滑る。

 美しい文字が、レース飾りかのごとく、ごくありきたりなメモ用紙を芸術品へと昇華させていく。


(これ、祝詞だ)


 オリトの目に力が入る。

 シュークラの手元を反対側から覗き込んでいるから、すぐには分からなかった。

 それにあまりに美しすぎる文字に見とれ、文字を文字として読み取れなかったのだ。


 シュークラが書き出したのは、聖典の一節だった。

 オリトが見とれている間に、シュークラは一節を書き終わり、途切れる間もなくペン先を写本用の紙に移動させた。


 瞬間、オリトにも<見えた>――ペン先に祝福が発現するのを。

 美麗な文字そのままに、内容はまったく異なるどこかの作業指導書、いわゆるマニュアルを書き上げていく。

 写本なのに、元となる原本を全く見ることなく。

 滑り、踊り、跳ねるペン先は止まることもせず、一枚のページを美しい文字で埋め尽くしていった。

 オリトはただ始めの一文字目から、最後の句点が書かれるまで、終始ペンの動きをひたすら追い続けていた。


「んで、どうだ?」

「……え?」


 掛けられた声に、オリトの視線が上がる。

 立っているオリトの顔を、下から覗き込むように傾げられたシュークラの顔。

 無表情でいて面白がるような目の中に、自分の顔を見つけオリトは口を開く。


「凄かった」

「だろ」

「うん」


 こくりと頷く。


(すごい。祝詞も書くんだ。写本なのに、見ないで一ページを書き写すって、神業。あ、神様からの力を借りてるんだから、神業で正しいんだ。字も信じられないくらい綺麗だし、内容を読むより字に見とれて中身が入ってこなさそう。いいな、この文字、どっかに飾りたいくらい)


 ドクドクと煩い心臓に負けないくらい、オリトの心の声はダラダラと続く。

 いつの間にかオリトの視線は再びシュークラの顔から、紙を飾る文字へと引き寄せられていた。それほど、彼女の書く文字は美しかった。


 感動し続けるオリトだったが、ふと一つのことに気づく。

 書とは、上質な紙があってこそ輝くもの。

 もし紙がなければ、ペンも必要ない。

 書の神は、紙の神の後に生まれたのだろうか。

 そんなことを目の前にいるシュークラに言えるわけないものの、オリトはいつか機会があれば神々の関係性について調べてみようと心のメモに書き留めた。



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