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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第15話 職人たち



 続いてセディックがオリトを案内したのは、他の等級の紙が保管されているという倉庫。

 上級紙は湿度管理もちゃんとされたスペースに置かれ、残りの普通紙と下級紙は棚にサイズごとに積み上げられている。

 あまりの量に、オリトは詰みあがった自分の身長よりも高い山を見たまま「これ、全部紙の神の信徒が生成するんです?」と口にしてしまう。

 セディックは丸い頬をぷっくりと膨らませて、朗らかに笑って説明し始めた。


「昔は数十人で毎日紙を作るような時代もあったそうですが、今は製紙技術も進み、普通紙と下級紙は機械で製造可能です。紙の神の信徒の方は、主に最高級紙と高級紙を販売いただいています」

「なるほど」


 それで紙の神の人気が下火になったと。

 平民であれば、毎日紙を作る仕事ができる環境は良かっただろう。ただ技術の進歩を押しとどめるわけにはいかない。


 だが考えようによっては今がチャンス。

 紙が安定的に供給されたのであれば、今後、折り紙やクラフト系の需要も出てくるのではないか。

 姉フレーシャの前でバラを作った時、フレーシャは「実は紙の神様の不敬を買うのではないかとハラハラしていた」と教えてくれた。

 新しい紙の使い方を広めるにはちょうど良い時代に生まれたと言っていいだろう。


 ニマリ、とめったに動かないオリトの口元が上がる。

 幸い、十歳の子供の口元はセディックからは見えなかったようで、彼はそのままオリトを高級紙が保管された場所へと導く。


「ここの紙はすでに既定のサイズに切られています。時に特注で大きなものを求められる方もいらっしゃいますが、ここにあるのは一般的な書類や製本に使われる大きさですね」

「なるほど。なじみのある大きさです」


 家の図書室にある本に使われている紙が並んでいる。オリトが初めて作った紙をだいたい半分に折ったより、ちょっと大きいくらい。

 セディックの説明によれば、ここから書を写したり製本で裁断するので。やや大きめになっているとのこと。

 基準は分かった。今後紙の納品が必要になる時には、家の本を参考に作ればいい。


「ああ、各種紙の大きさのサンプルをお渡ししますよ」

「それはありがたい」


 しっかり大きさを覚えようとしているオリトに、セディックが気を利かせてくれる。

 領主の息子だからか、それともこの商会の良い取引相手になりそうだからか。あるいは両方か。


(紙の神様に仕えるからには、紙の販売ルートを熟知していないと。あとは、ああ、神官にならなくても最高級紙が作れるのかな。野良の信徒から紙を買ってもらえるのかも……心配になってきた)


 一ヶ所で身元が保証されている状態なら、問題なく紙を購入してもらえる。

 しかし都市を移動したり、職業を変えたりした場合、どのようにして売買を行えばいいのだろう。

 そんなことを次の場所に移動し始めたセディックに並び、尋ねてみる。

 すると彼はオリトの心配を取っ払うような柔和な笑みを浮かべて、心配いりませんと言った。


「それぞれの町には商工議会があります。そこで持っている技術が証明されれば証明書が発行されます。もちろん、こちらも紙の神の祝福がある証明書です。それを保持していればどこの町に行っても身分証明になります。紛失してしまったら再判定、再発行となりますので注意は必要ですが」

「なるほど。ありがとうございます」


 頷いたオリトに、上からどこか戸惑うような、聞こうかどうか迷うような視線が降ってくる。

 オリトが上を向きつつ首を傾げると、セディックは「失礼ですが」という前置きの後、質問を続ける。


「オリト様は、子爵領に残るつもりはないということでしょうか?」


 貴族の子女で、人気はなくとも需要はある神の信徒であれば残るはずだと考えていたのだろう。

 セディックのもっともな疑問に、オリトは首を反対方向にまげて簡潔に返答する。


「気楽な次男ですから。神官と同じ品質の紙を納品することができると証明できれば、自領にいなくとも良いかなと思いまして」

「……オリト様は、お若いのに柔軟なお考えをお持ちですね」


 曖昧な笑みを浮かべるセディック。

 お若いというか、幼いというか。

 十歳にしては冷静に表情も崩さず将来のことを語るオリトに、セディックはうすら寒いものを感じる。

 冷静というか、正確には過去の記憶のせいで大人びているのと、表情に関しては本人の表情筋が労働拒否をしているだけなのであるが。


「将来のことを僕の年で決めてしまうのはもったいないという、ただの我がままなだけです」

「子供らしい一面を見れて安心しました」


 セディックは心底安堵したというように胸に手を当てて、ほっと息を吐く。

 そんなにも心配されるようなことかといぶかしみつつ、オリトは曖昧に首を縦に振った。


「こちらが本日ご案内する最後の場所となります。複製依頼を受けた本の制作をする工房です」

「おお……」


 開かれた扉の向こうに広がった情景に、オリトは思わず小さく感嘆の声を漏らす。

 どっしりとした作業机が並び、作業着を着た職人が真剣な表情で本を作っている。

 いくつもの武骨で年季の入った道具、削られた紙の匂い。表紙に使われているのか、革の匂いもする。

 そして、写本には欠かせないインクの匂いも。

 図書室と似ているようで違う。もっと原始に近い匂い。


 職人たちはあらかじめオリトの来訪を告げられていたのか、ちらりと入り口に視線を向けただけですぐに作業に戻っていく。

 これが高位の貴族だったら大問題になるところだが、兄ジルストによって大仰な対応は要らないと通達していたのでこれが正解だ。

 オリトとしても子供の自分のためにわざわざ作業の手を止めて欲しくなかったから、兄の配慮に感謝する。


 一瞬通り過ぎた静寂は、すぐに小気味良い作業音にとって代わる。

 職人たちの集中を邪魔しないゆったりとしたセディックの歩みに続き、オリトはさりげなく机の上や職人の手元を観察する。

 束ねて糊付けした紙を板で挟み、万力のような工具で両側から圧を加えていく。

 ねじを軽快に回し、グッグッと強く押さえる職人の見事な手さばき。隣に座って一日中見ていたい。

 ほぼ完成に近い本には、職人がカンナのような道具で端を削って揃えている。細かな粒子が空気に舞って、キラキラと踊る。

 職人の手元も真っ白で、フッと手を払った職人が笑顔を向けてきて、オリトは慌てて視線を逸らす。


「オリト様、こちらが写本の担当者です」


 その時、丁度セディックに呼ばれ、オリトは助かったとばかりに走らない程度に急いで彼の元へ移動した。




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