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オリガミ様は神にあらず  作者: BPUG


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第14話 フェーベ商会


「オリト様」


 名を呼ばれ、ジルストの背中を見送っていたオリトは体の向きを横にする。

 去っていった馬車の代わりにそこにいたのは、一人の男性。

 兄よりやや年上、二十代中ごろで、ぽってりした鼻にかかる丸い眼鏡のせいか柔和な印象を与えている。


 オリトは彼が自分の元にたどり着くよりも先に数歩進み出て、「オリト・アシュヴァルです。本日は宜しくお願いします」と告げる。

 商会の職員は丸眼鏡の奥の両目をぱちりと瞬かせ、にこやかに笑って


「仕入れ担当のセディックです。こちらこそ、新しい紙の神に仕える方にお会いできて嬉しいです。ぜひ、気になることは何でも聞いてください」


 と言った。

 これで面倒なガキとは思われないだろう、とオリトは安堵しつつ「こちらへ」と言って建物の入口へと足を向けるセディックに続く。


「僕が担当しているのは紙の在庫管理と発注なので、大体の紙の種類や必要とされる枚数は頭に入ってます」

「なるほど。この商会では何種類ほどありますか?」

「紙の種類自体は多くなくて、最高級紙、これは契約に使われる祝福がついた紙ですね。それと、高級紙。これは貴族の方々や重要な取引の手紙や帳簿などで使われます」


 そこで確かめるように視線を送られ、オリトは頷いて続きを促す。


「上級紙は、裕福な方ならば日常的に使われるものですね。次が普通紙。本やメモ帳などで一般的に流通しているのがこれです。あとは下級紙。これはだいぶ質が粗く、新聞、焚きつけ、清掃など幅広い範囲で使われます」

「なるほどなるほど。分かりやすい説明ありがとうございます」


 全部で五種類。

 用途によって明確に紙が区別されているならば、価格も安定していると考えてい良いだろう。

 そこでオリトはポケットから今日の朝に出した紙を取り出して広げる。

 今回は正方形ではなく、選神の日に初めて作成したものと同じ大きさ、品質の紙だ。

 四つ折りにしたその紙を歩きながらセディックへと差し出すと、彼は礼儀正しく失礼しますと言って受け取って広げる。


「これはどの等級になりますか?」

「おお、これは普通紙ですね。ただ一般的なものよりはやや上級寄り近いです」

「なるほど。ありがとうございます」


 丁寧に折りたたんで戻された紙をポケットにしまい、オリトは頷く。

 A4サイズの日常使いの紙であればそんなものだろうと納得はいく。あともう少し品質を上げれば上質紙、というのが分かったのも嬉しい。

 安定的な収入は得られそうだと、わずか十歳であるはずのオリトはニマリと心の中でほくそ笑む。


「こちらはオリト様が作成された紙ですか?」

「はい」

「それは素晴らしい。選神を受けてまだ日も浅いと伺っていたのですが、それなのにすでに上級紙に近い品質の紙が作れるとは。領主様が最高級紙を作る神官の道を進むように期待されているのでは?」

「父もそう望んでいるようです」


 神の祝福がついている契約用の紙の需要は高い。

 重要な取引ならば最上級紙を用意することで、相手の信用を買うに等しいとも聞いている。


 しかし人生の選択肢が神官一択になるのもなあと、オリトは考える。

 以前の自分は母親の介護のため、仕事と病院の行き来ぐらいしかしていなかった。それに不満はない。

 でもせっかくならば、この世界の一部でもいいから見て回れるような仕事がしたい。

 鉄道が敷かれている地域をめぐり、船に乗り、様々な神々の加護を受ける人たちと出会ってみたい。

 無表情鉄仮面の自分では上手く会話をできるとは思えないけれど、工夫すればなんとかなるはずだ。今は何のアイデアも出ていないけれど。


「ではこちらが紙の保管所となります。この部屋は最高級紙のみとなり、鍵の管理も徹底しています」

「なるほど」


 万一にも最高級紙が盗難に遭い、不当な契約に使われでもしたら目も当てられない。

 もちろん最高級紙には紙の神の祝福が付されているため、意図して不正したり騙そうとしたりすると契約書は無効になる。

 それでも商会として、貴重な商品を厳重に管理する姿は好ましいものだ。


 セディックはまず腰に下げた鍵束の中から取り出した鍵で扉を開けて進み、次は懐から別の鍵を出して壁際まで歩いていく。

 そこにある棚を鍵で開けると、いくつもの引き出しが並んでいた。


「こちら、最高級紙となります」

「引き出しで分けられているのはなぜですか?」

「一部、すでに契約の様式が書き込まれているものがあります。頻繁に契約が発生する商会や個人店などは最低でも五枚を保管しています」


 そう言いながらセディックは戸棚の中から手袋を取り出し、引き出しを一つ引っ張り出した。

 すぐに中身が見えると思えば、貸金庫のようにこれにも蓋がされていて鍵がかかっている。

 どうやって開けるのかと見ていると、入り口のカギを縦に、そして扉の鍵を横に差し込んだ。


(なるほど、二本とも持っている上に、使用方法を分かっていないと開けられない仕組みか!)


 うんうんと納得したように頷くオリトに、セディックは箱を開けながら鍵について説明する。


「この鍵も、鍵の神様の祝福を持つ従業員によって、毎年一回、祝福が付されています。祝福の薄くなった鍵は役割を十分に果たせませんから」

「ほお、鍵の神様もいらっしゃるんですね」

「ええ。貴重な品を扱う商会や、貴族の使用人として雇われることが多いため、平民では人気のある神様ですね」

「なるほどなるほど」


 貴族平民に関わらず人気の神様もいれば、階級によって変わる神様もいる。

 そんなことを記憶のメモに残しつつ、オリトは開かれた引き出しを覗き込む。

 そこには見覚えのある名前が書かれていた。

 思わず顔を上げてセディックを見る。


「これはオリト様のアシュヴァル家がお使いの契約書のひな形となります。紋章は僕たちでは入れられませんので、定型文のみになります」

「なるほど! ここに紋章が入って、ここに子爵の名前、相手の名前と、あ、こっちがサインですね」

「その通りです」


 オリトは空欄となっている部分を指さし、契約書の内容を流し読みする。借用書に近いもののようだ。


「もちろん、特殊な契約は両者で契約内容を何度もすり合わせ、書の神の祝福を受けた者が記すことになっています。あくまで、使用頻度が高い契約書は常に準備しておくという形です」

「なるほど。書の神様の信徒もこちらにいらっしゃるということですね」

「はい。希少本や、需要が低くとも複製が必要な書物などの作成、契約書の作成などを担当しています」

「ありがとうございます。大変勉強になります」

「いえいえ」


 セディックは引き出しの鍵をかけなおし、戸棚の扉を締める。

 紙を見るだけのつもりできたが、それ以外にも関わる多くの仕事が学べる。来て良かったとオリトは鉄仮面のまま何度も頷く。


 家庭教師に学ぶ一般的な教育では見えない部分は多くある。社会に出てから学ぶのでは、すでに道が決まっているようなもの。

 今のうちに自分ができることを増やし、将来の道をたくさん用意できるようにしたい。

 オリトは期待を込めた眼差しをセディックに向けた。




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