第13話 兄ジルスト
朝起きて、オリトが真っ先にすること――それは鏡のチェック。
それは決して自己陶酔やナルシストではない。
オリトは紙の神に十日以上毎日折り紙を作って捧げている。その影響が出ていないかの確認のためだ。
(よし、大丈夫)
鏡の前で右側の横髪を持ち上げ、白いインナーカラーが広がっていないことを確かめる。
それから念入りに耳にかけなおし、左右に振っても落ちてこなければ問題なしだ。
それでも心配になって一日に何度も髪を直してしまう。これは癖になっているとオリトはもう諦めるしかない。
(紙の神様には、祝福は嬉しいけど、髪の色が変わるのは大事になるから控えてって言ってあるから大丈夫だと思う。たぶん、あの時のカエルの動きは、了承したって感じの反応だったはず)
紙の神様は初日に宿ったカエルの姿が一番のお気に入りのようで、シンプルにピコピコ動き回る様はなんとも可愛らしい。
見ている感じでは、複雑すぎない造詣の方が動きやすいようだ。
(関節が多くなると動きがスムーズになる一方で、制御する神経が複雑化するみたいなものかな。神様の力が増したらそれも可能かもしれないけれど、今のところ成長する兆しはなし、と)
ピョコピョコしたカエルの動きを読み解いて出した結論だが、大きく外れてはいないはず。
直接神様と意思疎通ができるのはありがたい。
強力な神様だと神官と会話することも可能と言われているが、オリトにとっては今の感じが丁度いい。
直接神様と言葉を交わすだなんて、異世界の自分ならば恐れ多くて死んでしまうところだ。
「今日はよろしくお願いします。ジルスト兄上」
「ああ」
屋敷の前に準備された馬車の前で待っていると、ジルストが出てくる。
もうすぐニ十歳になるジルストは、領地内の仕事の一部を父親から任されており、今日はオリトもその仕事に同行する。
決してオリトがその仕事を手伝うことを見据えて、とかではない。期待されていない次男には領地の経営が回ってくることはない。
今日オリトがジルストと共に訪れるのは、領地内の商会である。
紙を取り扱っているとのことで、オリトは商会が求める紙の種類や品質を学びに行くのだ。
神官になるにしろ、紙の販売に携わるにしろ、需要を知っておくのは必須なのである。
アシュヴァル子爵の治める領地は小さいものの、交通の要所が近いおかげで貧乏ではない。ただ通り道なだけで、人や金が集まる場所でもないのが悲しい。
「多くを求めすぎるのは良くない。子爵が多くを持ちすぎても同等、あるいは上の爵位の貴族から反感を買うだろう」
「なるほど」
馬車の移動中、領地経営についての考えを聞いたところ、返ってきた兄の冷静な言葉にオリトは素直に頷く。
「領民が飢えずに生活を続けていけるのが一番だ」
「同感です。兄上は立派な領主になると思います」
無表情鉄仮面の顔の中、尊敬を眼差しにたっぷり込めて送れば、柔軟な兄の頬が緩む。
ふいっと視線が逸れた後、小さな「ありがとう」という声が届く。ジルストは表情は豊かだが、照れ屋なのである。
神々が身近なこの世界では、王族や貴族と平民という階級の垣根は案外低い。
神の祝福や恩恵があるおかげで、支配階級が横暴になったり、絶対的な権力を振るったりできないのだ。
もちろん統治や領地経営を助ける神の力もある。
しかしそれはあくまで神の力であることを、祝福を受けた側は忘れてはならない。それを忘れ、神のことをないがしろにした報いは自分に返ってくるのだから。
年が離れているせいで普段あまり会話の多くないジルストと話すのは学びが多い。
馬車に揺られながらゆっくりと会話を楽しんでいたら、馬車が三階建ての四角い立派な建物の前で止まった。
「着いた。ここが領地で最も多い紙の種類を取り扱っているフェーベ商会だ」
先に馬車から降りたジルストに続き、オリトは地面に足を下して建物を見上げる。奥には倉庫も並び、なかなか繁盛しているように見える。
「なるほど。大きな商会ですね」
「ああ。私は商会長に用事があるが、オリトの案内に人をよこしてくれる予定だ」
「それはありがたいです」
オリトとしては兄の仕事を邪魔するつもりはない。
恐らく送られてくる人も、子供が職場をウロチョロしないように見張るためだろう。
十歳の貴族の子供など、扱いが面倒だと思われているかもしれない。
愛想を振りまくのは得意ではない、というか壊滅的に下手だが、邪魔などしないと分かってもらえるように努力しようとオリトは自分を鼓舞する。
「では、オリト。もし何か不安に思ったらすぐに私のところに来なさい」
「ありがとうございます。ジルスト兄上。お仕事、頑張ってください」
「……ああ、行ってくる」
オリトの言葉に、ジルストは真面目な顔が半分崩れたような笑みを浮かべ、足早に去っていく。
意外にも、ジルストは弟に弱いのだった。




