第11話 姉として
「そっか。オリトは強いわね。私よりずっとしっかりしてる」
オリトの返事に、フレーシャはくるりと日傘を回して遠くを見つめる。
らしくない、というのは変だがなんとなく暗い顔に見えて、オリトは足元へと視線を移す。
火の神の加護を受けることはこの家では”当たり前”だった。オリトだって、前の自分の記憶がなければもっと落ち込んでいたかもしれない。
なんで自分にこんな記憶があるのか。
紙の神の加護があったからこの記憶が蘇ったのか、それとも記憶を元々無意識に持っていたのを神が引き出したのか。
卵が先か鶏が先か。そんな無駄な問答をしそうになって、オリトはふるりと頭を振る。
「姉上は、成神の儀の後はどうされるのですか?」
十五歳の成神で一人前として社交界に出られる。もっともその前から多少の社交はするが、あくまで親の監視がある場に限られている。
フレーシャは恋人を作りたいみたいだけど、それ以外にもしたいことはないのだろうか。
無邪気な質問を装ったつもりだったのに、やはりオリトの無表情鉄仮面では無理があったようだ。フレーシャは指先を口元に当てて小さく笑う。
「そうね。まずは子爵家の産業を支えてくれる方との縁を繋ぎたいわ。本当はお隣の伯爵領の縁者の方が良かったのだけど、お兄様の婚約者の方がすでにそちらとのつながりがあるから」
「……なるほど」
「ふふっ、結婚の話はまだオリトには早いかしら?」
「大丈夫です。分かります」
恋人、結婚、家の繋がり、貴族として――オリトは理解している。でも頭の片隅でどうしても自分には関係ないものだ、という考えが浮かんでしまう。
責任感の薄い第三子だからか、それとも過去の記憶のせいか。
また無駄なことを考え出しそうになって、オリトは立ち止まる。
釣られたように足を止めたフレーシャを見上げ、オリトはおもむろに二人の間で両手を広げた。
「紙の神様の加護を、お見せしても?」
「まあ! 見せてくれるの!? ぜひ見せて頂戴!」
顔を輝かせてわずかに前かがみになったフレーシャの勢いに押され、オリトは体を引く。
それから心を整えるために深く息を吐き出し、軽く目を瞑った。
(紙の神様、祝福をありがとうございます。髪の毛の色が変わったのは驚いたけど、きっといいことだと思うようにします。でもほどほどでお願いします。姉に折り紙を見せてあげたいので、正方形の形で一枚お願いします)
もしオリトが祝詞にしてはストレート過ぎる神様へのお願いを声に出していたら、弟に寛容なフレーシャでも慌てて止めていただろう。
しかし祝詞はオリトの心の中に留められ、フレーシャの心の平安も保たれた。
「わぁっ!」
姉の声に、オリトは伏せていた瞼を上げる。
両手の上には、重さを感じさせない小さな正方形の紙一片が乗っていた。
それは昨日オリトが最初に出した紙から作った折り紙と同じサイズだ。神様が配慮してくれたようである。
「……なるほど。ありがとうございます」
口の端をほんの少しだけ緩めるオリト。
普段鉄仮面の弟しか知らないフレーシャは、大きな目をさらに開く。だが一瞬で消え去ってしまったその表情に、幻だったかと目を瞬かせた。
「オリト、凄いわ。選神の次の日に、祝詞を口に出さずに祝福をもらえるなんて」
「え……紙の神の神官様は、心の中でも神様は聞いてくださると教えてくださいました」
違うのか、頭半分ほどオリトより背の高い姉を見上げる。
フレーシャは傘も体も首も同時に傾けて、考えるように視線を空中に向けた。
「んー、そうね。私も一年くらいしたらなんとなくできるようになったけど……選神の直後って、神様とのつながりがまだ弱くて他の人の祝詞に負けちゃうから、声に出した方が聞いてもらえるって教えられたわ」
「それは火の神様だからでしょう。紙の神様に新たに祝福をもらう人数とは比べ物になりませんから」
「あら、オリト、それは神様に失礼だわ」
めっというように指先を向けられて、オリトは視線を落とす。
小さな正方形の紙片。
せっかく折り紙サイズで出してもらったのだから、これで何かを折りたい。
何を折ろうかという迷いはすぐに消える。
ここは庭園。目の前には、姉というひいき目をとっぱらっても美人だと断言できる女性。
それならば送る作品は一つだけだ。
手にした紙を三角形に折り、さらにもう一度小さな三角に。一辺を開いて押しつぶし、逆も同じ。
途中までは鶴の折り方と同じ。
こう考えると、鶴を折るのは基本の折り方を学ぶのに大きく貢献している。
「オリト? ……なに、してるの?」
突如紙をやたらめったらに折りだした弟を見て、フレーシャは眉を顰める。
そんなにも折り目を付けてしまったら、もう紙として役に立たないではないか。
紙とは書き物をするためのものであり、そんなにもぐしゃぐしゃにしてしまうのはせっかくの神様からの祝福をないがしろにしている。
神様に背く行為だという思いが、フレーシャの臓腑を冷たくする。
止めなければ。
大事な弟が、背神者となって、カミオチになってしまう。
「オリ……」
「できました」
止めようとしたフレーシャの手の先に、反対からオリトの手が伸びる。
十歳の小さな手の中、指先で中心を押さえるようにして差し出されたそれを、見たくない気持ちを抑えてフレーシャは恐る恐る覗き込む。
一体弟は何をしたのか。
ごくりと唾を飲み込んで目に映ったものは――
「お花?」
「はい。バラです。姉上、お好きでしょう?」
普通の子供ならここで朗らかで無垢な笑みを浮かべそうなところだが、オリトの無表情鉄仮面には一ミリの変化もない。
ただ、子供らしい大き目の瞳には、相手が喜んでくれるかという期待が透けいる。
思わずフレーシャは口元をふわりと綻ばせて笑った。
「ええ、好きよ。ありがとう、オリト。こんな素敵なものを作れるなんて凄いわ」
傘を持つ手とは反対の手を差し出すと、オリトがそっとその上に紙でできたバラを置く。
抑えていた中心が膨らみ、バラの花びらが広がった。
「本当は、ここの真ん中を糊付けすると形が保たれるんです。あとで糊付けしに行きますね」
「これだけでも十分なのに」
「初めて姉上に作ったバラは、ちゃんと完成させたいです」
真剣なまなざしで見上げられ、フレーシャは今度こそ声に出して笑う。
愛おしい弟。
ハサミも使わず紙でこんなものを作ってしまうなんて、なんて才能だろう。
もしかしたら彼の才能を異端だと思う人がいるかもしれない。でもフレーシャはずっと味方でいようと心に誓う。
「ありがとう、オリト。大好きよ」
紙でできたバラを胸元に引き寄せ、フレーシャは愛情をこめてオリトを見つめる。
「フレーシャ姉様……僕も、大好きです」
両手を後ろで組んで、戸惑いがちに小さな唇が可愛らしい言葉を紡ぐ。
白い頬が子供らしく赤くなっているのに、顔は相も変わらずの無表情で、フレーシャは耐え切れずに噴き出した。




