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驚くナターシャをよそに、アリストはなんの躊躇いもなく足を踏み出す。
すると、アリストの身体は黒い歪みに飲み込まれるように消えてゆく。
その時、ハッとしたガネットが勢いよく走り出した。
「あ、あたしも行くっ、待ってお兄様ーー!!」
しかし、時すでに遅し。
ガネットが到着する直前、アリストを飲み込んだ空間は刹那の間に縮み、跡形もなく消え失せた。
おかげでガネットは、なにもない空間を走っているだけの状態になった。
しかも、ものすごい勢いで走り出したため、なかなかブレーキが効かず、やがて直線上にあった壁に正面からぶつかった。
それを見ていたパトリックが、あーあといった表情を浮かべる。
「大丈夫ですか、ガネット」
壁の前でペタンと座り込んだガネットは、膝に置いた両手を握りしめ、プルプル震えた。
ある程度減速していたので、壁にぶつかった痛みはそれほどでもない。
ガネットが震えている理由は痛みではなく、悔しさや寂しさなどの複雑な感情のせいだった。
「……ぜんっぜん、大丈夫じゃない! なによ、なによっ、みんなで勝手に決めて、楽しんじゃって! お兄様の付き添いならあたしがするもん!!」
「勝手にうろついてチミチミ池にハマって呪われて、自分のこともまともにできないような子供が、団長のサポートなんてできるはずがないでしょう」
「うっ……」
怒りを露わにするガネットを、冷静に嗜めるパトリック。
正論すぎて反論できないガネットは、壁を向いたまま言葉に詰まった。
ここで一連の流れを黙って見ていたナターシャが口を開く。
「あ、あの……一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんです?」
「今、アリストが使ったのって……法で禁じられている転移の魔術では……?」
「ああ、そうですよ」
……やっぱりーー!! とナターシャは思った。
先ほどのアリストの魔術に、ナターシャは覚えがあった。
見たことはないが、魔力で出入り口を作り、好き場所に移動することができる、そんな魔法……もとい、魔術が存在すると、修道院にいた頃、習っていたのだ。
しかし、転移魔術は法で禁止されている。犯罪に利用できたり、人のあるべき暮らしを乱してしまう……ということもあるが、一番の理由は太るからだ。先代の王……現テレス王の父が、宮廷魔術師の転移魔法に頼りすぎたため、運動不足になり、激太りした上早死にしたということで、法が改正されたのだった。
と、まあ、禁止された理由は少しおマヌケではあるが……法であることに変わりはない。
それなのに、このパトリックのあっさりした態度といったら。
「え、いや、ああって……」
「バレなきゃ問題ありませんから」
子供の教育に一番悪いワードをさらっと述べるパトリック。
人間、誰かしらそんな気持ちがあるだろうが、こうもあけすけに言われてしまうと、ナターシャはポカンとするしかない。
そんな彼女を前に、パトリックはさらに続ける。それはもう、癪に障る顔で。




