5-17
完全に塞ぎ込んでしまったアリストは、遠い日の悲しき記憶に飲み込まれそうになる。
どうしようもなくなってしまった時、アリストは必ずこうなる。
自分が世界にたった一人になったような、真っ暗な底に閉じ込められる感覚。
ここまで来たら後は、ただ時間が経つのを待って、自分で立ち直るしかなかった。
今までは――。
ふと、アリストの頭に、なにかが触れた気がする。
なんだろう、温かい、優しく上下するように動くそれ。
次第に現実味を増してゆく感覚が、アリストの暗くなった視界をゆっくりと開いていく。
床に蹲っていたアリストが、少しずつ顔を上げると、目の前にいる人物が明らかになる。
金色のさらりとした髪と、アメジストのようなキリッとした瞳。
アリストはそれが誰だか、ちゃんと認識することができた。
「……な、ナタ……」
アリストの前に両膝をついて、にこやかな表情をする彼女。その名を口にしようとした時、アリストはようやく自分がなにをされているのか気づいた。
頭を撫でられている。
そう自覚した途端、アリストは急に恥ずかしくなってきた。
今までこんなことをされたことがないので、どうしたらいいかわからない。
しかし、アリストの戸惑いをよそに、ナターシャの頭なでなではさらに勢いを増していく。
アリストがしゃがんだ拍子にフードが脱げ、露わになった白髪を、しまいには両手でこれでもかというほど撫で繰り回す。
その勢いで両耳から手を離したアリストは、「わ、わ、なになに」と小さな声を漏らして、頭に大量の疑問符を浮かべている。
だが、決して悪い心地はしなかった。
「ふふふっ!」
ナターシャの弾けるような笑顔を目にした瞬間、アリストの曇った世界が一気に晴れる。
初めての感覚に驚いたアリストは、動きを止めてナターシャに見入った。
ナターシャはようやく頭を撫でるのをやめると、手を離して自身の膝に置いた。
そして柔らかく微笑みながら口を開く。
「アリスト、あなたはロッドベリルのみなさんや魔獣たち、そしてわたくしにとっても……必要とされている大切な人です」
ナターシャの穏やかな口調にのせられた言葉は、アリストの聴覚を通じて心深くに届く。
「あなたがご自身を卑下することでしか自我を保てないなら、わたくしにとやかく言う権利はありません。ですが、今後あなたがご自分を卑下する数だけ、わたくしがそんなことはないと、否定し続けますわ。あなたに、いつかわかっていただけるまで」
まるで陽だまりのようだ、アリストの目には、ナターシャがキラキラ輝いて見える。
さっきまでの暗闇が嘘のように、アリストの心は温かく、そして軽くなっていた。




