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「要するに……ここの穏やかな暮らしを守るためには、参加した方がいいと?」
「その通りです……団長、聞こえていましたか?」
「……ない」
「え?」
「き、聞こえない、な、なにも、知らない、ぼ、ボクは、か、関係ない」
どう考えても聞こえているのに、明らかな現実逃避だ。
先ほどのドSモードが解除されたアリストは、陰気なオーラを纏いながら、片手の親指をガジガジと齧っている。
パトリックは眉をハの字に曲げながらも、アリストの丸くなった背中に話しかける。
「今回は大きな祭典ですから、なるべく参加された方がよいかと……」
「……ぼ、ボクが、無理なこと、わ、わかってるくせに、い、言うんだ……」
アリストの震える声に、パトリックはハッと目を見開くと、急いで頭を下げる。
ずいぶん小さく見えるアリストの後ろ姿に、パトリックはこれ以上強く言うことはできなかった。
「も、申し訳ありません、出過ぎた真似を……では、今回も私から王都に断りの書面を送っておきます」
いつも通りあっさり引き下がるパトリックに、アリストが喜んだかというとそうではない。
その証拠に、アリストは背中をどんどん丸めて前屈みになっていく。
「そ、そうだよね……ど、どうせ、ぼ、ボクには、で、できないんだ、み、みんな、わかってるから、ぼ、ボクに期待なんかしない、さ、最初から、い、行くわけないって」
どこを見ているのかわからない目で、ぶつぶつ独り言のように口を動かすアリスト。
怖い。道端を歩いていてこんな人物に出会ったら、各地の護衛騎士団に通報するレベルだ。
さらにアリストのすごいところは、ただ怖いだけでなく、めんどくさいということだ。
行けと言えば嫌がり、行かなくていいと言えば、どうせ最初っから期待してなかったんでしょ! とくる。
こうなってしまっては、もう手の施しようがない。
長年の付き合いである団員たちはそれをよくわかっているので、ただ黙って見ているしかできない。下手に刺激して、さらに拗らせては大変だからだ。
アリストのそばにいるガネットはといえば、魔術をかけられ拗ねていたことも忘れ、彼になにか声をかけようとしては、やめるを繰り返していた。
ピリピリとした空気の中、まるで暗闇に侵食されているかのように、アリストの視界が狭くなっていく。
ついにアリストは両耳を塞ぐと、勢いよくその場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうせ、どうせ、ぼ、ボクはっ、み、みんなと同じようにできないんだっ、そ、それで、ま、周りに迷惑をかけてっ、ぼ、ボクなんか、ボクなんかっ、き、消えてなくなればいいんだぁぁぁ……!!」
カツ――
不意に響いたのは、革靴の低いヒールの音。
静まり返った室内で、ナターシャだけが動き、アリストの元に歩き出していた。
しかし、その音も、気配も、アリストには届かなかった。




