第5章:ナターシャとアリストの力-1
翌朝、ナターシャは目を覚ますと、白い天井をぼんやり眺め、重たい瞼を擦った。
すると黒い袖口が目に入り、一気に昨日の出来事を思い出す。
――そうでしたわ……ここは、修道院ではなく、ティルバイト……。
見知らぬ土地に来て、初対面の相手にビンタして、謎の料理を食べたり、たくさんの魔獣に出会ったり、早速自分の正体がバレたり……一年分の経験をしたのではと思うほど、充実した怒涛の一日だった。
ナターシャは昨日あったことを振り返りながら、ゆっくり身体を起こすと、ベッドを下りて床に立つ。
そしてカーテンを開けると、小窓のガラス越しに、朝靄に煙る景色を見た。
修道院とはまったく違うそれに、本当に新生活が始まったのだと実感する。
夢ではなかったと嬉しくなったナターシャは、窓を開け放して森に大声で話しかけたいくらいだったが、朝っぱらから魔獣を驚かせるのも悪いので自制した。
その代わりフンフンと調子よく鼻歌を奏でながら、机の引き出しを開けると、小さくなった荷物を摘み出した。
そしてナターシャが手を翳すと、チョコレート粒のようになっていたそれが、みるみるうちに大きさを増し、元の革カバンに戻る。
呪いを解く要領で、小さくなる魔法をキャンセルしたのだ。
アリストに正体がバレた今、もうカバンを小さくする魔法をかけたことを、隠す必要もないだろう。
そう思ったナターシャは、堂々とカバンを床に置いて開くと、中から新しい聖女服を取り出した。
見習いの時より立派な素材になって、胸元に金の装飾が増えた、真っ白なそれに袖を通す。
昨日着てきた聖女服は机の上に置いたままだ。浄化の魔法で汚れを消すことはできるが、ここの洗濯事情がわからないので、とりあえずそっとしておく。
着替えが終わったナターシャは、床に膝をついて漆黒のローブを丁寧に畳んだ。なんとなく返し難い気がしたのは、それだけアリストに好感を持っているということだろうか。
ナターシャがそんなことを考えていると、ドアがコンコンとノックされた。
素早く確認した時計は、朝の七時過ぎを示している。時間帯的に朝食の知らせかもしれないと思いながら、ナターシャは立ち上がって歩くと、ドアノブを引いた。
するとそこには、眠る直前まで一緒にいた人物が立っていた。
朝っぱらからフードを目深に被り、瞳を左右にコロコロと忙しなく動かしている。
「おはようございますアリスト、いい朝ですわね」
「お、おはよう……」
約五時間ぶりのアリストは、長い袖から覗かせた両手の指先を、胸の前でコチャコチャと弄っている。
しかし、不意にナターシャに視線を留めると、手の動きも止めた。なにかに気づいたようだ。




