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可憐な笑顔のまま、アリストの呼び方を即座に却下するナターシャ。
ナターシャだからナタ…シャ、ナタしゃ、ナタしゃん…ほう、なるほどよく考えたな、とはならない。
アリストに好感を持っているのは確かだが、それはそれ、これはこれ。前世で『豪傑の悪役令嬢』とまで言われた彼女が、ナタしゃん呼びはさすがにキツい。
ナターシャの無言を圧を感じたのか、アリストも大人しく引き下がった。
「では、アリスト、改めて、これからどうぞよろしくお願いいたしますわ」
ナタしゃん呼びを回避したところで、ナターシャはアリストの膝辺りに置かれた右手に両手を伸ばす。
そしてそれを包み込むように、キュッと優しく握った。
その白く冷たい手に、生の証である脈を感じ取ると、ナターシャは妙に安心した。
しかし、なぜかアリストの反応がない。
ナターシャのすぐ目の前にあるアリストの顔は、時が止まったかのように固まっている。
「……あ、アリスト? アリスト??」
不思議に感じたナターシャが首を傾げながら凝視しても、やはりアリストはナターシャを見たままびくともしない。
が、そのうちアリストに変化が現れる。
すっと筋の通った鼻の片穴から、ツウ…と流れ出る赤い雫――。
それに気づいた途端、ナターシャは驚いてアリストを食い入るように見た。
「あ、アリスト!? 大丈夫ですか!?」
「だ、だっ、だいじょぶっ、ち、ちかづくと、よけい」
「動いてはダメですわよ!」
心配してさらに距離を縮めるナターシャに、アリストの鼻血は量を増すばかり。
まずいと思い焦って身を引くアリストだったが、ナターシャの右手でローブの袖を掴まれ阻まれる。
「じっとしてくださいませ、すぐに治しますわ」
ナターシャは落ち着いてそう言うと、アリストの顔に開いた左手を寄せた。
するとすぐに溢れ出す、黄金色の光。
まるで陽だまりに包まれているかのような、温かな癒しの感覚をアリストは味わった。
「さあ、これでもう大丈夫ですわよ」
あっという間に治療が終わると、ナターシャはアリストから手を離す。
するとアリストの白い肌を汚していた赤は、綺麗に消え失せていた。
「あ、ありがとう……」
「いいえ、そもそもわたくしのせいですもの……ねぇ?」
アリストの前で正座をして、妖艶な笑みを浮かべるナターシャ。
鼻血が出た理由がナターシャにバレていると悟ったアリストは、情けないやら恥ずかしいやらで地面に埋まりたい気持ちになった。
――手を握っただけでこんなことになるだなんて……キスでもしたら、一体この方はどうなってしまうのかしら……?
癖が強すぎる団長とそのメンバーの領地で、ナターシャの追放生活が幕を開けた。




