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「ほ、ほんとは、こ、こんなことがあったら、す、すぐに、王都に、ほ、報告、すべきなんだろう、けど……」
――ええ、ええ、ですわよね、そうですわよね。
悟りを開いたかのように、アリストの決定的な一言を待つナターシャ。
しかし、なぜかその続きはなかなか出てこなかった。
「……ない」
ポツリ、アリストが発した言葉の断片に、遠くを見ていたナターシャが、ゆっくりと横にいる彼に視線を向ける。
すると感じる、異様なオーラ。
晩餐の時、パトリックに命令した時と同じような、圧倒される空気を纏ったアリストは、銀灰の瞳を妖しく光らせた。
「絶対に、君を王都へは返さない」
アリストはやや俯いた状態で、ナターシャとは目を合わせていないので、大きな独り言のようにも見えるが。
その歯切れよく、ハッキリとした口調で放たれた一言は、確かにナターシャの耳に届いた。
そして鼓膜を貫くように、脳髄に達し、全身に行き渡る。
ゼッタイニ、キミヲオウトヘハカエサナイ
それはつまり……ここにいてもいいということ、すなわち、ナターシャの生還を意味していた。
――な……な……なんかよくわかりませんが上手くいきましたわーーーー!?
救いの言葉を認識した瞬間、ナターシャの離脱しかけていた魂が一気に現実に戻ってくる。
「ぜ、絶対に、き、君を、ぜったい、ここから、どこにも……」
大歓喜するナターシャをよそに、アリストは右手親指をガジガジと噛みながら、低い声でぶつぶつと呟いている。
先ほどのドSオーラは一瞬にして消え、陰気で粘着質な空気を漂わせている。
パトリックの時もそうだったが、不意に見え隠れするもう一人のアリストは、長続きしないようだ。
アリストの二重人格説はさておき、ナターシャはこの好機を逃すまいと、頭をフル回転させて、先に繋がる発言をする。
「わたくし、実は修道院で陰湿ないじめに遭っていたのです」
アリストは親指を噛むのをやめ、ゆっくりと真横に視線を移した。
するとそこには、長いまつ毛を伏せ、憂いを帯びた表情のナターシャがいる。
「わたくしは聖女の素質検査の判定がよく、最も期待されて修道院入りしましたわ。それを気に入らないとある人物に、目の敵にされ、いびられ続けていたのです。……しかしわたくしは、大聖女になることなんて望んでいません。ただ誰にも妬まれず、静かに暮らしたいだけ……」
まさか自分は転生者で、前世破滅エンドしたので、それを回避するためだ、とは言えないだろう。
そんなことをしたら、妄想癖か精神疾患者として追い出されるに決まっている。
だからナターシャは、違和感がないよう今世の事実だけを話した。
同情を誘うために大袈裟に弱々しく見せてはいるが、言っていることはすべて本当である。
ナターシャの話を、アリストは真剣な表情で聞いていた。
初対面の相手にビンタするほど気が強いナターシャが、黙っていびられ続けていたなんて考えにくい気もするが、修道院という特殊な環境を知らないアリストは、きっと抵抗できない理由があったのだろうと考えた。
集団心理が生み出す狂気に似た悪意……それを身を持って経験していたアリストは、ナターシャに同情し、そして共感した。




