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「それは、マッドボーン伯爵が?」
「う、うん」
ここを守っているのは、アリストの魔力だとわかる。となれば、不思議な植物や地面の色合いは、彼の魔力の影響かと思われた。
「毎日術をかけられているんですの?」
「う、ううん……な、何年か前、一度、か、かけたきり、だけど、う、薄れてないから」
聖女のバリアーでも長い時間保ち続けることは大変だ。大聖女の力であっても、時の経過とともに薄れるため、定期的な魔力の補充が必要とされる。
それを黒魔術師でありながら、白魔法のように応用した上、継続と保持を実現するとは。本家の聖女かたなしの実力である。
さすがは最強と謳われるロッドベリルの魔術団長。
アリストの能力は……正直大聖女である自分にも計り知れないと、ナターシャは思った。
それにしても、嵐や猛暑の日でも、ここは平穏を保っているなんて、本当に浮世離れした不思議な場所だ。
「天候に振り回されなくていいなんて、素敵ですわね」
「き、君も、バ、バリアーを使えば、できるんじゃ」
アリストの言葉に、ナターシャはいささか疑問を感じた。
なぜ『下級聖女』としてここに来ている自分に、そんなことを言うのだろうと。
「まともな聖女であれば一定時間、狭い範囲を守ることは可能でしょうが……ティルバイト一帯を包むほどの力は、大聖女でもない限り不可能でしょう……残念ながら、わたくしのような下級聖女は論外ですわ」
聖女について、よく理解していないのだろうと考えたナターシャは、アリストにわかるように説明した。
しかし、アリストはそんなこと重々承知していた。
その上で、ナターシャがバリアーを使えると思った理由は……。
「……ねえ」
「はい?」
「ど、どうして、嘘をついてるの?」
アリストは一体、なにを言っているのか。
ナターシャがその理由を考査するより先に、アリストが続いて薄い唇を動かす。
「ほ、ほんとは、す、すごい力があるのに」
凍りつくナターシャの瞳に、アリストの不思議そうな顔が映る。
あまりに突拍子のない、予想外すぎる台詞に、ナターシャはすぐに対応することができなかった。
――今……わたくしにすごい力があると……そう言ったんですの……? なぜ? どうして? いつ、どこで、そんな結論に?? いや、そんなことはこの際どうでもいいですわ。わたくしの能力に気づいているとしても、きっとまだ疑いの域は出ていないはず、ここはしらをきって、きってきって、きり倒すしかありませんわ。
僅か数秒の間でそれだけのことを脳内に巡らせたナターシャは、極めて自然な笑顔に切り替えた。
「嫌ですわ、マッドボーン伯爵ったら、そんなご冗談を……本当にわたくしにすごい力があるのなら、今頃大聖女に任命されていますわよ」
「……す、スフェンの目、な、治ってる」
アリストのさらなる追撃に、ナターシャは冷や汗が滲み出す。
たった一頭、野生の魔獣のケガを治したところで、誰に認識されることもないだろうと、ナターシャは考えていた。
まさか、ロッドベリルの団長が、こんなふうに魔獣たちとの憩いの場を設けているなんて、知らなかったのだから。
決まった日時に魔獣たちと戯れているアリスト、毎日同じ魔獣が来るとは限らないが、スフェンのことは名前をつけるくらい親しいのだろう。
となれば、スフェンの傷がないことにも当然気づく。長年の傷が綺麗さっぱり消えたことを考えると、聖女の回復魔法のおかげと思うのが自然かもしれない。
恐らく、アリストはそこまで考えた末、自分の正体に気づき始めたのだと、ナターシャは思った。
しかし、ナターシャの読みは外れていた。実はアリストはそこまで深く考えておらず、もっと単純な理由で真実に辿り着いていたのだ。
そうとは知らないナターシャは、なんとか誤魔化して、この場を切り抜けようと足掻く。




