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「……あの、マッドボーン伯爵……先ほどは大変失礼いたしました。その……怒っていらっしゃらないのですか……?」
一瞬なんのことかわからなかったアリストは、頭に疑問符を浮かべ首を傾げた。
しかし、すぐにナターシャの言いたいことに気づくと、目を伏せて人差し指と人差し指の先っちょをツンツンしながら答える。
「……う、嬉しかった」
――え、まさか、彼もドMですの……!?
アリストの一言に、ビンタされたことが嬉しかったのかと疑ったナターシャだったが。
「じ、自信持てって、言ってくれて……」
――ああ、そっち、でしたのね……。
アリストの言葉の続きに、ナターシャはホッとした。ドMはパトリックだけで十分だ。
確かに、ナターシャはアリストを罵ったわけではない。しっかりなさい! という意味で、肯定するために喝を入れたのだ。
とはいえ、初対面の相手にいきなりぶたれたら、普通はなんらかの罰を与えたくなるだろう。
しかし、アリストはナターシャの一撃に目が覚め、力強い言葉に心打たれたのだ。
さすがはソリスティリア王国の大魔術団の長、単なる陰キャではないと、ナターシャは嬉しくなった。
それと同時に、今の非力なナターシャであることに感謝した。前世のナタリーが全力でぶっていたら、確実に頬骨までいっていた。
「わたくしの言動の本質を見抜いてくださった、マッドボーン伯爵、あなたは常識に囚われない素晴らしい魔術師ですわ」
ナターシャは席を立つと、一歩下がってアリストを始め、テーブルに座った団員たちと向き合う。
そして右足を左足の前に置き、軽く膝を折ると、指先でスカートの裾を持ち上げ、丁寧にお辞儀した。
「改めまして……ティルバイトの専属聖女となりました、ナターシャ・リアン・ブランビスクと申します。ロッドベリル魔術団の皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
今世のナターシャと前世のナタリーが重なるような、確かな品格と存在感が滲み出る一幕に、テーブルに座っていた団員たちが少しざわついた。
「本当に下級聖女なのか?」
「なんかオーラが……なあ?」
団員同士の話が耳に入ったナターシャは、しまったと思い、急いでお辞儀をやめる。そして口元に手をあてると、非常に申し訳なさそうな顔をした。
「残念ながらすずめの涙のような魔力しかございませんの……申し訳ありません。ですが、ロッドベリルの皆様のお邪魔にならないようにいたしますので、ここに置いていただけたら嬉しいですわ」
今まで通り不出来な聖女を演じるナターシャだが、周りの反応は今までとは違った。
団員たちはみんな頬を染め、戸惑うような優しい目でナターシャを見ている。
そう、ナターシャは美人なのだ。
目つきがキツいのが玉に瑕ではあるが、涼しげで秀麗な顔つきをしている。
修道院は女性しかいなかった上、セシリアが前に出ていたので、ナターシャの容姿を特別視する者はいなかったが。
ここに来てナターシャの美貌が効力を発揮した。ただ一人を覗いて。




